夢か現か・上

「・・・っ」


 不意に軽いめまいに見舞われ、目頭を押さえる。勢いよく起き上がった反動だろうか。


「なんか変な夢を見た・・・漫画の描き過ぎか?」


 狼に追いかけ回され、助かったと思ったら、契約書を渡された。どんな夢落ちだ。


 そもそも、あの女性のイメージは一体どこから来たのだろう。


 紫色のドレスに身を包んだ、白人の美女。腰まである銀色の髪に、エメラルドの瞳。異国情緒あふれるその容貌は、ハリウッド女優を思い起こさせた。


 しかし話す言葉は日本語で、しかも雰囲気まで独特。いくらなんでも、ぶっ飛びすぎではないか。


「坊や、大丈夫かい?」


 そう、こんな感じの口調で――。


「って、は?」


 僕は顔をあげ、ポカンと口を開けた。


 あの女性が、今も目の前にいる。これもまた、夢の続きなのだろうか。


「え?なんで」


「おやおや、本当に大丈夫なのかい」


「いやだって、さっきも夢に・・・っ」


「夢?まだ寝惚けてんのかい」


 理由も分からず困惑していると、女性に呆れられてしまった。


 何故だろう。先程の夢のせいか、すごく癪に障る。


「まったく、しょうがないねえ。ちょっと待ってな」


 すると女性はおもむろに立ち上がった。つられてその後を目で追いかけ、僕はある事に気付く。


「ここは・・・」


 自室ではない。いつの間にか、見知らぬ場所にいたようだ。


 薄暗い室内に、規則正しく並べられたテーブルと椅子。サイフォンが並べられたカウンター。


 喫茶店だろうか。とはいえ、マスターらしき人も、お客さんもいない。もしや、彼女が店のオーナーなのだろうか。


 女性はカウンターの後ろに回り込み、棚からいくつかの陶器を取り出した。形状からして、ティーポットとカップだろうか。


 それらをトレイの上に並べ、瓶を手に取る。中から摘んだ茶葉をポットに放り込み、お湯を注ぎ込んだ。


「これでよし」


 そして保温のカバーティーコゼーを被せ、満足げに頷く女性。その姿を見て、僕はふと親友の言葉を思い出した。


――「紅茶はね、三分蒸らすと美味しくなるんだよ」


 紅茶好きの物静かな親友、莉緒。彼女をここに連れてきたら、きっと喜ぶのだろう。


 その光景を想像し、自然と口元が綻ぶ。


 爽やかな香りが鼻をくすぐり、僕は顔をあげた。トレイを手に戻ってくる女性と目が合い、微笑まれる。ちょうどできあがったようだ。


「おや、顔つきがしっかりしてきた。まあ、せっかく淹れたんだ。お飲みよ」


 そう言って、彼女は二人分のカップに紅茶を注いだ。そして僕の目の前に置き、ニッコリと笑う。


「さあ、召し上がれ」


「いただきます」


 カップを手に取り、口元に運ぶ。ほんのりと漂う香りは清涼感があり、確かに目覚ましにちょうど良さそうだ。


(それになんだか落ち着くな)


 それからコクリと飲み、目を見開いた。


「美味い・・・」


 これまで紅茶は、渋いだけの飲み物だと思っていた。砂糖やミルクを入れなければ、味だってよく分からない。


(でも、これは違う)


 何の変哲もない、ストレート。ただそれだけなのに、味わいが全く異なる。


「気に入ったようだねえ。良かった良かった」


 思わず笑みが溢れる僕を見つめ、女性は穏やかに微笑んだ。それから目線を落とし、手に持ったカップを両手で包み込む。


「これは数少ない、あたしの趣味でね。昔、ここを訪れた子に教わったんだ」


「ここを・・・?」


「喫茶店のような見た目なのに、紅茶一つ作れないのかと、文句を言われたんだよ。それから、半ば強引に教えられた」


 喫茶店のような見た目。その言葉に、僕は疑問を抱く。ならばここは、どこなのだろう。


「その子が旅立った後も、練習は続けた。それが約束でもあったからね。だけどいつの間にか、それが生きがいになっちまった」


「なんだか、長い事生きてきたおばあちゃんみたいですね」


 そんな筈はないと分かっていながら、そんな事を言ってしまう。女性相手に失礼だったとすぐに後悔したが、彼女は怒らなかった。


 それどころか、のほほんと頷く。


「おや、よく分かったねえ」


「・・・え?」

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