第25話

「どういうことだ……可笑しい。」


リーリスがバッカス侯爵を引き付けている間、

バッカス侯爵の書斎に潜り込み調べ物をしていたレベッセンは

侯爵の書斎にあった書類を手にとり、疑問を浮かべていた。


(これほどまで容易に手に入るだと……?)


レベッセンが手にした書類。


それは接触リストだった。


バッカス侯爵の支援リストと言えばいいのだろうか。


行方不明になった子供たちが全員とはいかずとも

随分と支援リストに入っている。


決定的な証拠とは言えずとも疑うには十分な証拠だ。


(いくら証拠とは言えない内容でも手掛かりとなるような書類をこんなに容易に手に入れさせるとは思えない。ひどく……嫌な予感がする……!!)


レベッセンは感がいい。


嫌な予感がし、すぐさまリーリスと合流しようと書斎を後にするのだった。


リーリスが今、バッカス侯爵の本館にいないことを知りもせずに……―――――





酷く……冷たい気を感じる。


凍り付くようなという言葉など生ぬるい。


もっと、もっとはるかに冷たい空気。


わずかに吸っただけで内臓まで凍ってしまいそうなその気配に危険を感じて目を覚ます。


(どこだ……ここは……―――――――。)


目を覚ました私、リーリスの視界に映ったもの。


それはとても大きな扉だった。


(何かを隠していますと言わんばかりの扉だな……色々趣味が悪い。)


怪しさしか感じることのできない扉を前にひどく重たい身体を持ち上げる。


その瞬間だった。


「お目覚めですかな?ヴァ―ヴェル公爵。」


背後から声が聞こえ振り返る。


するとそこには――――――――――


「なっ……!!!」


酷く気味の悪い笑みを浮かべたバッカス侯爵。


そしてその後ろには若い子供から青年まで、多くの子供たちが氷漬けにされ、

まるで彫刻のように飾られていた。


(一瞬、本当に彫刻家と思う程完全に氷漬けにされている……。)


どの様な手法で凍らされたかによっては生きていることもあるだろう。


しかし―――――――


(可能性は低いだろうか……。)


どうにかして子供たちを助けなければ。


そう思いながら私はバッカス侯爵を睨んだ。


「随分と悪趣味なものだな。このような悪趣味な部屋に私を連れてきた理由はなんだ?」


まずは何故この場に招かれたのか。


それを探ろうと問いかけた。


すると――――――――


「いやはや、酷く不思議な事に私は貴方にはどうも心が動かされない。ひどく美しいとは思っているのに……体を重ねたいとは思えないのですよ。」


(……いきなりまじめな顔をして何を言っているんだ、この豚野郎は。)


まじめな顔で自分の性癖を語るバッカス侯爵。


心底どうでもいい上にむしろ光栄なことだと思っていたその時だった。


バッカス侯爵の口角が不気味に吊り上がった。


「しかしですな、貴方の美貌は見ていて飽きない。故に私のコレクションに加えたいと思いましてな。」


ニヤニヤと笑みを浮かべ、顎をさすり顎鬚を手櫛ですき出すバッカス侯爵。


その瞳はひどく不快だが嘘をついているようには見えない。


が―――――――


「それで?私をとらえてコレクションに加え……そうだな。私をエサにカリア殿でも招待しようとでも考えていたのか?」


どう考えてもおかしい。


私は貴族の子息ではなく”公爵”だ。


そんな私を攫う事はひどくリスクが高い。


それでもなおその選択をとるという事は―――――――


(作戦が上手くいけば雲隠れする気ですらいると考えるのが正しいだろう。自分が犯人だとバレても捕まらない算段があり、そしてずっと求めていたリアをここへと招き入れて攫い、共に逃亡……。そう考えれば私をコレクションに加えるリスクはこの男にとっては目的のために追うべきリスクへと変わる。)


だてに騎士団長を務めているわけではない。


多少の推理はできると自負している。


そしてどうやらその私の推測は正しかったのだろう。


バッカス侯爵は不敵な笑みを浮かべだした。


「美貌だけでなく頭脳まで。ひどく妬ましいくらい完璧なお方だ。えぇ、その通り。

貴方を捕らえたといえば彼はやってくる事でしょう。ひどく……貴方を愛しているようですからな。」


リアを”彼”と呼ぶバッカス侯爵。


つまりバッカス侯爵は私がリアが男だという事実を知っていると思っているのだろう。


普通に考えればそうだろう。


とはいえ―――――――


(それほどまでに違和感を感じているのだからいい加減女と気づいてもよさそうなものを……。)


この男は頭がいいのか悪いのか。


いや、頭は悪い方だと思う。


故に、まだこの局面を打ち破る算段が作れるというもの。


「愚か者はどこまでも愚かだというが、本当に貴様は救えぬほど愚か者なようだ。」


私は勝算を見出し不敵に笑う。


全く、酷く舐められたものだ。


「青薔薇騎士団団長の噂をまさか聞いたことがないはずはないだろう?」


青薔薇騎士団。


青薔薇騎士団は有事の際、情を捨て王室を守るだけの番犬となる。


剣術の腕はもとより、どの様な状況でも生き残り、敵を討つことを使命とする騎士団。


まるで氷のように冷酷で、そして氷のように無慈悲に標的を討つ。


が、それだけじゃない。


(私が男として育てられた……いや、育てられなければならなかった理由。それを――――――)


「貴様は二度と美しいものを見ることが叶わなくなるだろう。憐れな貴様に最後にひどく美しい氷の剣技を見せてやろう。」


遠い昔、先祖が賜り受け継いだ力。


その力を守るために私はすべてを捨て、一族の為に男として育てられた。


「存分に見惚れると良い。氷の精霊の加護により生み出されし”氷剣”と私の剣技を。」


国を治める者とヴァ―ヴェル公爵家の直径にのみ受け継がれる力。


その力で私は―――――――――





「リーリス!!無事か!?」


人々が氷漬けにされていた部屋。


その部屋に私、リーリスが”氷剣”を顕現させてからどれくらい時が経ってからの事だろう。


遅れてレベッセンと王室の近衛騎士団が到着した。


人々が氷漬けにされていた部屋の氷は解け、氷を維持するだけの冷気を作り出していた機械はすでに私の手により破壊された状態になっており、レベッセンは部屋に入るなり言葉を失った。


それもそのはず。


微妙に冷気が漂う部屋で魂が抜けた様にただただ恍惚とした表情を浮かべ、うわ言を囁くバッカス侯爵。


そのすぐ近くで立ち尽くす私。


そんな私たちの後ろには数えきれない子供たちが眠ったように床に転がっている。


もちろん、氷漬けから解放された状態で。


「皇太子殿下。存命のものがいるかの確認を。そして子供たちを攫い、死を偽装したこの部屋の主に相応の罰をお与えください。」


近衛騎士団もいる場の為、私は丁寧な口調でレベッセンに言葉を投げかけ頭を下げた。


レベッセンは静かに「後は任せろ」と、私に近寄り囁くのだった。

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