第26話

バッカス侯爵が捕縛され、早いことに一週間の時が流れた。


バッカス侯爵は裁判にかけられるはずだったが、子を攫われた貴族の親たちが中心となり、即刻死刑を嘆願した。


酷く珍しいことに子を失う親の気持ちに身分などないと思ったのだろう。


その嘆願には平民の子の親も含まれていた。


親を持たない子供たちも多くいたけれど、親を持つ子ももちろんいた。


……元凶の死を願う事しかでしか怒りを拭うことはできなかったのだろう。


何せ、子供たちは誰一人として生きてはいなかったのだから。


親たちの嘆きが大きく、バッカス侯爵は気づけば処刑されていた。


そう、気付けば―――――――


「あの、リア。そろそろその……私を出勤させてほしいのですが……。」


バッカス侯爵との対峙。


その際私は手を酷使していたのか、バッカス侯爵に眠らされている間ぞんざいに扱われていたのか、興奮していて当時は気づかなかったが怪我が悪化していた。


バッカス侯爵邸から変えるや否や、私は能力を使ったことでの疲労により倒れた。


氷の精霊の力を操るにはそれ相応の力を使う。


過ぎたる力を使うのは相当疲れるのだが、それも随分と使いすぎた様だった。


(バッカス侯爵が心底許せなかった……。あのような薄汚い男のすべてを破壊したくて仕方なくなった……が故に力を使った結果、まさか手の怪我の事までばれてしまうとは……。)


リアは最初、何故私が倒れたのかわからず酷く混乱した。


仕事が忙しすぎるのではないかとセバスチャンに詰め寄ったそうだ。


するとそうこうしているところに皇太子からの使いでおしゃべりなブライアンが私に報告をするよう城へ来いとの呼び出しをしに来てしまい、うっかりバッカス侯爵を捕縛したことをばらし、なし崩しにばれていったらしい。


そのせいで私は――――――


「ダーメ。怪我が完全に治るまでは絶対どいてあげないから。」


リアの監視の元添木を手首に付けた状態でベッドに横たわり続けていた。


無理に仕事に行くこともできるのではないかと思われるだろうが、それはひどく難しい。


何故なら――――――


「どうせ俺なんて重くないんでしょ。だからずっと動けないよう乗っかっててやるんだから。」


頬を膨らませ不貞腐れるリアにのしかかられてしまっているからだ。


確かに重くはない。


が、これでは私もリアもひどく退屈というものだ。


何をするでもなく、ただただリアは私の身体の上にのしかかっている。


そして―――――――


(……なんて言葉をかけるのがいいのだろうな。)


私は私に見せまいとそっぽを向いているリアの表情からいろいろ考えこんでしまう。


恐らくリアは今、私を”巻き込んだ”事を後悔しているのだろう。


バッカス侯爵におとりに使われそうになった事。


それは流石に誰もリアに話してはいない。


けれどリアはバッカス侯爵に関する今回の件に関わったことは自分にも遠からず関係のあることだと察しており、そしてそんな件に関わる際に手を負傷してしまった理由。


それが自分によるものだという事にどうしても心が晴れないのだろう。


恐らく、きっと……――――――


(何故自分に守れるだけの力がないのか……そう言った無力感を感じているように思える……。)


ヘタに慰めの言葉はかけてはいけない気がする。


だから私は口を閉ざし、本当は今すぐにでもこの程度の怪我であれば出勤したいのだが、それすらも口にせず甘んじて罰を受ける。


(……リアが本当の意味で幸せになるために私は……何をしてあげられるのだろうか。)


数日前、ブライアンに言われた言葉を思い出す。


”惨めになる”。


まさに私は今、そんな感情をリアに抱かさせているような気がしてならないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る