第11話
「セバスチャン、王子殿下にこちらの手紙を届けてもらえるだろうか。」
早朝に書いた手紙を朝の挨拶にやってきたセバスチャンに差し出す。
するとセバスチャンは深々とお辞儀をして「かしこまりました。」と言葉を残し、出かけていく。
セバスチャンは死亡平均年齢72歳のこの国では随分高齢に当たる63歳の執事だ。
が、ヴァ―ヴェル公爵家は騎士の家系。
その家系に見合う63歳とは思えない鍛え抜かれた体を持つセバスチャンはまだまだ現役と言えるだろう。
そんな彼の仕事はまさに完璧。
完璧を求める仕事を彼に頼めばいつも期待通り、もしくはそれ以上の働きを見せてくれる有能な執事だ。
「公爵様、そう言えば明日明後日は非番だよね?その、もしよかったらなんだけど……。」
もしよかったら。
そう言ってから何かを言おうとしているカリア殿は言いづらそうに口ごもりだす。
もしかすると、と思い私はカリア殿の言いたそうなことを先に口に出してみた。
「カリア殿、よければ明日は私と街へ出かけませんか?時間を気にせずゆっくりと。」
私がそういうとカリア殿は笑みを浮かべた。
そんなカリア殿を見て私まで嬉しくなって笑いがこぼれてしまう。
そんな状態でカリア殿を見つめているとカリア殿は少し困ったような表情で私に問いかけてきた。
「ところでさ、その、夫婦や家族とか親しい人間は他人行儀な話方しないって教わったんだけど、もしかして俺も敬語の方がいいのかな?……早く親しくなりたくてその、人目がないときは敬語じゃなくて俺らしく話してるんだけど……。」
もしかして無礼だったのではないだろうか。
そんな感じの事をカリア殿が思っているという事を想像することはとてもたやすかった。
(なるほど。それでレディのふりをしていないときは敬語じゃないのか。)
少しばかりどうしてだろうかと気にはなってはいたけど別に不敬だなんだと思ったことはない。
そもそもカリア殿と私は歳が近いのだから変に警護を崩さない私の方がどちらかといえばおかしいような気もする。
「……そうだな、敬語は他人行儀だ。敬語で話さなければいっそう可愛げも何もない話方になるのだが、私も私らしく話してもよいだろうか?」
私は少し困った表情を浮かべているカリア殿の前にひざまずき、顔を見ながら問いかける。
「……うん!」
カリア殿はまるで花を咲かせたように明るい笑みを向けて答えてくれる。
そんなカリア殿がまたしても一段と愛しく感じるのだった。
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「は?黒薔薇騎士団の団長が退任させられた?」
本日は事務的な仕事をすべく青薔薇騎士団団長執務室にやってきていた私は朝から「ビッグニュースを持ってきた。」というブライアンからそのビッグニュースとやらを聞いていた。
ビッグニュースかどうかで言うと確かにビッグニュースだ。
本来騎士団の団長は現役続行不可能な怪我、病、老衰のいずれかで退任する。
が、黒薔薇騎士団の団長は38歳でいずれの老衰はあり得ない。
となると――――――
「何かをやらかしたのか?」
黒薔薇騎士団の団長。
それは王宮ではちょっとした有名人だった。
酒、女、賭博を好み、それを隠そうともしない豪胆な性格。
が、黒薔薇騎士団は国の治安を乱そうとするものを見つけ、大事になる前に処理することを主な仕事としている。
どの団よりも戦略に加え実力が必要な団で、団長は団で一番力がある者がなるという団だった。
そして退任したという団長、バラハッド・ヴェン・ホーヘイム侯爵はどこぞの男色家侯爵が財力でのし上がった家紋なら戦争で功績を残し、それを讃えられ爵位を賜った家系。
つまり武に秀でた一族だ。
もちろん、我が家紋ほどではないとは思っているけれど。
それでも国の中で5本の指には入る実力の持ち主だったはず。
少し前に開かれた宮廷武術大会においては優勝は私、準優勝がブライアン、そして順々優勝をバラハッド殿がとったほどだ。
つまり武力による世代交代はないと思われ、ならば問題を起こしたとしか思えない。
というか、常日頃トラブルメーカーであったし間違いなくそれだろうとほぼ確信しているくらいだ。
だがそんな私の予想にブライアンは首を振った。
「俺も最初耳を疑ったが、先日入隊したルーキーに負けたんだとさ。負かしたのはお前同様、若くして爵位を継いだ辺境伯、ラグリス・ヴァン・ヴェルディンだ。」
(ラグリス…………。)
聞き覚えがあるようでないような気がする。
とはいえあまり他人を気にしてもなければ人付き合いもいい方ではない私。
そんな私には残念ながら思い出すことはできない。
「まぁ、お前の言うことが真実であれば次期に代交代恒例のあいさつ回りでくるだろう。だからとりあえず、お前はそろそろ自分の団に戻れ。」
人が仕事をしている目の前で優雅に休むブライアンに仕事に戻るよう促す。
が、ブライアンは笑みを浮かべへらへらしている。
「赤薔薇の騎士団の主な業務は王宮警備。そして俺の仕事は誰をどこに配置するかを決めるだけ。向き合う仕事もなければやることもないんだよね~。」
「ならば鍛錬でもしていろ、この放蕩者。」
黒薔薇騎士団の団長も厄介な人物ではあったが厄介さで言えばブライアンも厄介だ。
基本的に王宮内にはいるのだろうけど神出鬼没で気まぐれな猫みたいなやつで仕事で探している時ほど見当たらないという迷惑なやつだ。
そんなことができるのは何も彼が言う通りの仕事内容しかないからではない。
彼の下にいる優秀すぎる副団長に仕事をすべて投げてきているからに他ならないのだ。
「……赤薔薇騎士団こそ早く世代交代をすべきだと思うけどな。」
「あはは、同感。俺もラットちゃんが団長すればいいと思うんだよね~。」
私の心からの言葉をブライアンは笑いとばす。
ラット・トランディスタ子爵令息。
それが赤薔薇騎士団の副団長の名前だ。
自由奔放な人間が多い赤薔薇騎士団の中では珍しく真面目な人間だが臆病で泣き虫な気弱な性格のせいで剣術の腕をさておき、面倒な副団長職に担ぎ上げられてしまった不幸な子だ。
(今度彼と会ったらねぎらってやらないとな。)
まるで小動物のようなラット殿に私は少しばかりいつも癒しをもらっている。
いつも見かけるときは半泣き状態で庇護欲が掻き立てられてしまうのだ。
とはいえ――――――
「あまりいじめてやるなよ?いつか逃げられてしまうぞ。」
流石に彼が不憫なので仕事を楽にしてあげてほしいと心底願ってはいるのであった。
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