第10話
翌朝、私は自分の食事を食べ忘れていたこともあってか空腹で目が覚めた。
まだ日が昇り始めたばかりの時刻でカリア殿はぐっすりと眠っていた。
(軽食にしてもらっていたおかげでまだ食べれそうだな。)
カリア殿が少量しか食べないのに自分だけが良いものを食べる気にもなれず、昨晩肉と野菜をたっぷりサンドしたサンドウィッチを用意してもらっていた私は一晩経って少し乾燥はしたものの、問題なく食べれるパンを口に頬張った。
(さて、カリア殿が私を選んだ経緯はわかったが、これからどうしたものか……。)
確かにカリア殿の言う通り国王陛下と密なつながりがある私であれば伯爵も下手に動けないはずだ。
出会った翌日に聞いた話なのだがカリア殿はこれでももうすぐ16歳という。
そんな彼が年齢よりも若く見えるほどに未発達な体をしている。
だが幸いにももうじき16歳になるという事は幸運だともいえる。
16歳になれば親の意志に結婚、離婚は左右されなくなるというものがある。
これは政略結婚も良しあしを判断できる歳になったなら本人同士の合意の元ではないといけないという下手な夫婦間の問題を減らすためにとられた法律で、法律上カリア殿が伯爵の力で私と引き離されることはなくなる。
また、現段階16歳にはなっていなくとも、婚姻に関してだけは権利の前倒しとして16歳の3か月前から16歳としての権利の行使を認められる。
そしてカリア殿の誕生日が来月だというのでもちろん今はその権利を行使することを認められているというわけだ。
(カリア殿が表立って伯爵家に連れ戻されることはないだろうが……伯爵は容易にあきらめたりなどしないだろうな。)
バッカス侯爵は国一番の財力者ともいわれる侯爵だ。
そんな人間から財産の譲渡を約束されていたのに諦められるとは思えない。
それこそ、私を事故や病に見せかけ殺してまでもカリア殿を連れ戻したいと考えているだろう。
(しかし屋敷は警戒しようにも私の性別の事情から信頼のおける者たち10人ほどしか働いていないからな……。)
セバスチャンに侍女のメアリー、料理長のダグラスに庭師のエドガーとその息子のラッドレイ、侍女頭のクレメリアにあとは影という私の命令を受け秘密裏にいろいろと動く人間が4名ほどいるだけだ。
(カリア殿の警備を厳重にし影全員を動かすとして……まぁ、私は自分で何とかできるか。)
私にはだれにも負けないと大口を叩けるほど剣術の才がある。
決して相手を侮ることなどせず警戒して生きていれば問題ないだろう。
(が、カリア殿を本当に自由にするためには結婚を機に伯爵家とは縁を切らせた方がいいだろう。が、手切れ金の意を込めて金品を結納金として渡すのはカリア殿を売買するみたいで気が引ける……。)
どうするべきか。
思い悩む私は一ついいことを思いつく。
一人、私の知り合いに「食えない奴」という言葉が似合う男がいる。
そいつの力を借りよう。
そう思い立った私はガウンだけを身にまとった状態でテーブルに腰を掛けた。
セバスチャンに頼めば朝一で手紙を届けてくれるだろう。
善は急げ。
そう思い手紙を書き終えた時だった。
「終わった?」
手紙を書くのに集中していた私の背後からカリア殿が抱き着いてきたのだった。
「か、カリア殿。お目覚めでしたか。」
「うん。おはよう。」
カリア殿は朝の挨拶を口にすると私の頬に口づけをしてくる。
はたから見たらなんとお熱い二人なのだろうか。
と、ちょっとカリア殿の行動に照れくさくなる。
なんて思いながら顔に熱を感じてうつむいているとカリア殿の手が私のガウンの中へと滑り込んできた。
が、特にいやらしいような手つきはなく、ただ単に私の肌にじかに触れているというだけのように感じる。
「あったかいね、公爵様。」
「あ……もしや寒いのですか?」
よくよくカリア殿の肌を感じてみると冷たいような気がする。
朝は少々冷える地域だ。
寒いのかもしれない。
そう思い問いかけるとカリア殿はより一層力強く抱き着いてきた。
「温まることしたい。……って言いたいけどそれは我慢する。公爵様は今日もお仕事だから。」
「……ありがとうございます、カリア殿。」
少しだけ不服そうに聞こえてくるカリア殿の声。
その声に少しおかしくなって笑いの息がこぼれる。
体つきだけではなくなんだか性格まで子供のようなその言い草に私は胸が温かくなってしまった。
「温まることはできませんが温まるものなら用意できますよ。一緒に早朝のお茶はいかがですか?」
カリア殿がお茶好きというのを思い出し私は早朝のお茶会にカリア殿を誘ってみる。
するとカリア殿はさらに私を抱きしめる腕の力を強めた。
「公爵様大好き!!」
カリア殿は嬉しそうに私への好意を口にしてくれる。
その口ぶりはまるで子が父に言うような「大好き」だった。
私がカリア殿から聞きたい大好きとは違うけれどそれでも悪い気はしない。
「すぐに用意しますね。意外と私、お茶を入れるのが上手いんです。」
お茶を入れるのが上手い。
これは何も冗談でも何でもない。
何一つ女性らしいことができなかった私はせめて元お茶の入れ方を学んだ。
これに関しては器用不器用関係なく知識の問題。
私にも容易に習得できた。
が、公爵という立場の私は誰にもその腕を振るうことなく、基本的に皆が寝静まったのちに飲みたくなったら自分でいれる程度だった。
だからか私は胸を高鳴らせていた。
(誰かのためにお茶を入れれる日が来るなんてな――――――。)
私の入れたお茶をカリア殿は気に入ってくれるだろうか?
なんてことを思いながら私はカリア殿に真心を込めてお茶を入れるのだった。
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