第9話
「自由になりたかった。バッカス侯爵の為に受ける教育がどれもこれも嫌で、モノみたいに扱われる人生も嫌で、逃げ出したくて――――でも、そんな勇気はなかった。そんなある日可愛らしい令嬢に囲まれているのに令嬢たちをひどく純粋な目で見ている公爵様を見かけたんだ。」
カリア殿は笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
そして少し食べ疲れたのか、カリア殿が私の太ももの上に頭を置いてきた。
所謂膝枕という行為に少しだけドキリとしながらも私はカリア殿の頭を軽く撫でながら「それで?」と言葉を告げた。
するとカリア殿は目を閉じながら、まるでその私を見かけた日を思い出すように言葉をつづけた。
「最初は周りに理想の女性がいないのかなって思った。だけど目で追いかけてるうちに恋人たちを少し切なげに見つめている時の視線の先が可笑しい事に気づいたんだ。視線の先は令嬢ではなく、男の方だった。まるで自分もそんなように接されたい。そう思ってるように感じたんだ。で、公爵様も男色家なのかなって思ったら同じ男色家なら公爵様と一緒になりたい。あんなデブで如何わしい視線ばかりで見つめてくる歳の離れたおっさんは嫌だって、そう思い始めるようになった。」
カリア殿の表情から少しだけ笑みが消える。
真剣な表情になった。
そして――――――
「俺、男同士のあれこれを小さいころから吹き込まれてたからそういうことに自信があったんだ。だから男色家なら落とせるかもって思ったのと、公爵様は国王陛下の甥にあたる人だから伯爵もバッカス侯爵に売るためとはいえ下手に行動を起こせないかなって思ったんだ。それが公爵様に結婚を申し込んだ理由かな。」
都合がよかった。
その理由を語るカリア殿はすべてを赤裸々に話しているように思えた。
だからこそ思う。
本当に彼は一抹も私に好意を抱いて結婚を申し込んだのではないのだという事を。
(貴族の結婚なんてそんなものだとはわかっているとはいえ少し寂しいな。)
ほんの少しだけでもいい。
どこか条件以外に気に入るところがあったといわれてみたかったのだと思う。
ほんの少しだけ胸が苦しくなっていた。
「……でも、公爵に求婚してよかったってすごく思ってる。勉強が無駄な事ばかりじゃなかったんだって思えたからさ。無理やりバッカス侯爵の好みを叩き込まれて、でもそれの小さな反抗としてせめていつか侯爵が死んだとき男として女性とつながりたいって思って、女性を喜ばせる方法だって勉強してたんだ。じゃあいつかとは言わず今、公爵様っていう美女が釣れちゃった。ラッキーだね、俺。」
カリア殿に美女という言葉を語られ嬉しいと一瞬感じるけれど、それよりもカリア殿の言葉に違う意味で胸を締め付けられた。
カリア殿は笑いながら自分は幸運だったと語った。
が、どこが幸運なのだろうか。
望まぬ環境で望まぬことを学ばされることは苦痛に違いない。
私は男として生きることを一度も望んだことはない。
ただそうしなければいけない理由があっただけ。
それでも望むことは学べたと思う。
剣術は好きだし鍛錬も好きだ。
裁縫などには興味もあったが不器用なため向いてはいないだろう。
そう思うと私の道はこれでよかったのだと思える。
が、カリア殿はそうではない。
(……この人を幸せにしたい。)
そんな気持ちが心の底からあふれてくる。
「……カリア殿、その、私はどうも快楽というものに弱い。もしあなたがそれを知って、私と共にいるために無理に私と肌を重ねているのであればそのようなことは必要ない。私は貴方を自由にしてあげたいと心から願っている。」
例え自由になった貴方が私の傍から離れていってしまうことになっても。
そう心の底から願える。
「幸せになってほしい」と。
「……公爵様、多分俺も快楽ってのに弱いんだと思う。公爵様と肌を重ねてるとすごく安心する。だからそろそろ――――――公爵様をデザートにもらっていい?」
カリア殿はゆっくりと上体をあげ、私の顔に自分の顔を近づけながら私の頬を撫でてくる。
可愛らしいカリア殿の表情は可愛くも男らしい表情で、その瞳は熱く私を求めていることが理解できた。
「あぁ、食べ残しのないように食べてくれ。」
私は私を見つめてくるカリア殿にそっと抱き着いた。
そしてカリア殿はいつも通り慣れた手つきで私の服を脱がすと今夜もまた二人の甘い夜が始まるのだった。
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