第5話

国王陛下とのお茶会が終わり仕事へ戻る。


私の常の仕事は騎士団のトレーニングメニューの考案、監督、そしてちょっとした事柄の対処を現場、執務室での書類作業で行っている。


そして本日の昼からのメニューは終業時刻までトレーニングをすること。


「そこ、打ち込みが甘いぞ!もっと懸命に剣を震え!!今この瞬間の鍛錬は未来のお前たちの生死を分けるのだぞ!!!」


声を張り上げ甘い打ち込みをした騎士団員たちを叱責する。


鍛錬とはいえいつでも本気で打ち込まなければ成長はない。


甘ったれた鍛錬をするものは決して見逃さない。


だが――――――


「おい、お前。確か先月より青薔薇騎士団に入隊したものだったな。顔色が悪いが大丈夫か?」


不調の者に無理をさせることが間違いだという事はしっかりと理解している。


私は不調そうに剣を振るう隊員に声をかけ、尋ねた。


「も、申し訳ありません。前の警備隊とは違う訓練メニューにその、体がまだ追い付かず……。」


「うむ、正直でよろしい。しばし休むといい。他人の剣筋を見るのも勉強になる。そこの木陰ででも訓練を見学していると良い。」


普段容赦のないメニューを課している分、隊員の限界の見極めだけは誤らないようにしている。


だがそれがいつか彼らの命を救うことになると私は信じている。


だからどれだけきつかろうと鍛錬のメニューを甘くすることはない。


ないのだが―――――――


「お~い、リーリス!愛しのレディがお前に会いに来てるぞー!」


「なっ!?」


遠くより聞き覚えのある声がとんでもない言葉を発しているのに気づいた私は急ぎ声の主へと振り返る。


するとそこには幼少期より馴染みのある侯爵家の令息であるブライアンとカリア殿の姿があった。


その姿を見た私は急ぎカリア殿へと駆け寄る。


そしてカリア殿に急ぎ尋ねた。


「カリア殿、傘もささずこのような炎天下に出歩かれて大丈夫なのですか!?」


私は今日がとても暑いこともあり、白魚のように白く、今にも折れてしまいそうな弱弱しい腕を見てひやひやしながら自分の隊服を脱ぎ、カリア殿に影を作る。


そんな私の行動に一瞬目を丸くするカリア殿。


だけどその後すぐに面白おかしそうに笑い始めた。


「心配性すぎですよ、公爵様。私はそこまでか弱い令嬢じゃありませんよ?」


笑いながら私の行動が過ぎたるものだというカリア殿。


しかしどうもそんなふうに思えない私は「しかし」と言い返したくなるが、面白おかしく笑うカリア殿を見ていると声が出てこなかった。


「実は差し入れを持ってきたんです。私、お菓子作りが趣味なんです。よければ公爵様と公爵様の大切な青薔薇の騎士団の皆さまに召し上がっていただきたくて。」


「か、カリア殿……。」


何と心優しい方なのだろう。


そう思いひどく感動する私。


そんな私を見てカリア殿が何かに気づいたような表情を浮かべる。


そして――――――


「汗がすごいですね。水分はちゃんととられていますか?」


ポケットから取り出したハンカチで優しく私の汗をぬぐうカリア殿。


そんなカリア殿からひどくいい匂いがしてきてくらりと来てしまう。


カリア殿の一挙手一投足が愛らしすぎて全身の血が沸騰し、熱で倒れそうな気分だ。


「令嬢とはたまたま赤薔薇の騎士団の近くで会ってな。青薔薇の騎士団に差し入れしたいってきたといってたんで連れてきた次第だ。一応青薔薇の騎士団は厳格で差し入れとかは受け入れていないとは言ったんだが、リーリスの大切な婚約者様をそのまま返すわけにもいかないからな。」


幼馴染のブライアンはそういうと「で、どうする?」と聞いてくる。


確かに厳格な青薔薇の騎士団は鍛錬に集中するためにも就業中に令嬢の好意を受け取ることはしない。


が――――――


「こほん。……お前たち。お前たちの中で休息が欲しいと思うものは素直に手をあげろ。」


私は普段なら聞かない言葉を少しバツが悪そうに団員たちに問いかけてみる。


言ってしまえばいつもは夜会の時の好意的な態度とは裏腹に就業中は頑なに令嬢たちの好意を拒絶するからだ。


そんな私がこんなことを聞くと浮ついているなどと非難されかねない。


と、思いつつもカリア殿の好意も無下にしたくないという思いの板挟みで問いかけた。


そんな私が見た団員たちの反応は驚くべきものだった。


「「団長の奥様万ざ―――――い!!!!」」


団員たちはひどく嬉しそうな反応でカリア殿を称賛する言葉を叫んだ。


その様子を見る限り誰もが休息を望んでいるのはすぐに理解できた。


呆れた気持ちとカリア殿の好意を無下にしなくて済むという安心感にまたも複雑な心境になりつつも私は「感謝して頂くように!!」と、団員たちに声をかけ休憩時間をとることにするのだった。


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