なまくら

フラフラと立ち上がった私は、壁に手を着いて歩き始める。

彼の利点であった世界からの消滅を、私の眼を移植したことによって無力化されていたら、彼はきっと剣が峰に立つ様な状況になっている筈。

だとすれば、私のすることは___


厄をその身に受けながら、私は彼女を探した。

少し歩く度、眼窩の痛みに蹲りたくなってしまう。

でも、これは私が決めた責任だから。

私は堀の底を歩いていた。


階段へ行く扉に、彼女が居た。

開いていることに気がついたのか、彼女は上へ向かおうとする。

覚束無い足取りで私は扉の中な入っていく彼女を追った。



小さな階段を昇る彼女へ手を伸ばし、衣服を掴んだ。

まるで抵抗がなく、彼女は階段を転げ落ちていった。

確実に殺したことを確認するべく、私は階段を降りて行った。

途中で、昇ってくる彼女とばったり会った。私は彼女を突き飛ばした。降りて行く途中で、昇ってくる彼女とばったり会った。


頭がおかしくなりそうだ。ここから逃げ出してしまいたかった。

ここまで一人を求める彼女の願いを組むことさえ、神は許してくれないのか。

勿論、ここを通すことだって出来るだろう。

しかし、そうしてしまえば何が起こるか想像は容易い。


キャドルはルダーの保有する呪いの貯蔵庫のような物だ。

そんな呪いが手の届く場所にあってしまえば、お父様の守ってきた国ごと、ルダーが願う呪いに呑まれてしまう。


だからこそ私は、


私は、


私は……。



外から何かが落ちてくる様な甲高い音がした。



外に出てみれば、そこには淡い光の聖剣ベインフォーリーがあった。



私は聖剣を手に取った。




例えなまくらだとしても

抵抗の無い肉体に突き刺すくらいなら私でも出来る。


私は階段の踊り場に居る彼女を掴み、押し倒して馬乗りになった。


声も出せない彼女の肉体へ、聖剣の切っ先を彼女の胸元へ当てる。


聖剣から発せられる光に、黒い染みの様な呪いが逃げていく。


服が解かれ、身体をジリジリと焦がしていく。


初めて、苦しむような呻き声が聞こえた。


耳を割くような声が鳴り止まない。


うるさい、うるさい、うるさい。



私は聖剣を強く押し込む。


貧弱な力では、一度で胸を貫けず、失敗する度、浅く刺さった痛みに呼応する様に、呻き声は音量を上げていく。


ただでさえ傷む右目に、呻き声が響く。


何度も、何度も、聖剣に体重を掛けた。


何度も呻いていた。きっと、ここに落ちた時もそうしていたのだろう。


一心不乱に押し込んでいると、等々彼女は動かなくなった。


失った人間性は取り戻され、キャドルは元の人間に戻っていた。


周りから漂うどす黒い厄と呪いは無くなっていた。


ただ、胸から小さく零れるだけの赤い血が、トキの流れを感じさせる。


私の下には、ただの人の死体があった。




後ろから指を指される

お前が殺した

私の声が聞こえる

お前が殺した

もう一人前に現れた

お前が殺した

空いた眼窩からそれが見えた

お前が殺した

真っ暗な階段だった

お前が殺した

周りから声が聞こえた

お前が殺した

ゆっくり周りを見渡す

お前が殺した

辺りには無数の私が居た

お前が殺した

全てが私に指を指している

お前が殺した

一人が私へ近づいた。

「私は人の念願を踏みにじる人間なの」

もう一人近づいた

「私はこの人よりも価値があるの?」

また一人近づいた

「こうなるなら言う事だけを聞いていれば良かったのに」

お前が殺したお前が殺したお前が殺したお前が殺したお前が殺したお前が殺したお前が殺したお前が殺した

お前が殺したお前が殺した

お前が殺したお前が殺した

お前が殺したお前が殺したお前が殺したお前が殺した

お前が殺したお前が殺したお前が殺したお前が殺した

お前が殺したお前が殺した

お前が殺したお前が殺した

お前が殺した

お前が殺したお前が殺したお前が殺した

お前が殺したお前が殺した

お前が殺した

お前が殺した


私が殺した。


そう、結論付けた。


殺してしまったのならば罪を背負ってしまう


罪を償わなければならない。


そうして私は、


なまくらを首に押し当てた


無数の私が背を押していく


早くしろと罵声を浴びせる



……その中に一つだけ、おかしなものがあった


『おい、なーにまた言いなりになってんだ』


白と灰色の塊の様な様相


『結局これまで、お前は何も変わってこなかったのか?』


色褪せた麦わら帽に、灰色と透き通った長い髪をした者が


『あんたはこんなとこで終わりたいなんて望んだのか?違うだろ』


隣でしゃがみ、顔を覗き込んでいる。


『私はここ数日貴女と一緒に居て、少しは理解したつもりだよ』


安定しない喋り口調、二人称。

[誰かに示された道を自分で選んだと思い上がるな]

その言葉が脳裏に浮かんだ。


「私はここで死ぬべき」

「違う」

「私は生きていてはいけない」

「違う…」

「私はここで死ぬのが似合っている」

「違う……ッ!」

「私は」

「私は……」

「私は」

「私はッ!!」



「「命の果てまで生き延びてやる……ッ!!」」



私は突きつけた聖剣を、見開いた眼窩へと突き刺した__

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