閑話/何かを望む大司教
カタカタ揺れる窓から、冷えたすきま風が部屋を凍てつかせる。布団に籠った初老の男は、何を考える訳でも無く天井を見詰めていた。
コンコンと戸が鳴る
初老の男が小さく入れと言うと、一拍置いて身なりの整った黒い聖堂服の男性が現れた。
「殿下。御加減は?」
「どうも無い」
「こんなにも憔悴してしまって…薬は飲みましたか?」
「あぁ。お前が持ってきた黒い粒の奴だろう」
「それは何より。他の司教達にはわたくしから伝えさせて頂きますので」
「…あぁ」
すると、そこへ駆け込む一人の司祭が現れる
「大司教様、予定が押しています」
「解りました。ありがとうございますキール。殿下、失礼します」
「あぁ」
男性はゆっくりと、寝室を去っていった。
初老の男は震える手付きで、隠し持っていた薬包を取り出す。
「…もう少し早くに気がついていればな」
薬包の中に入った黒い粒をベッドの下に投げ捨て、初老の男は床に伏した。
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「それではわたくしはこれで」
「お疲れ様でした!大司教様!」
数名の司祭と教徒に見送られ、大司教は城へと帰って行く。
そのはずだが、彼は城門を叩くこと無く、町外れにある寂れた教会へと訪れた。
割れたステンドグラスから差し込む極彩色の光を受けた女神の像は、何も言わずに微笑んでいる。欠けた腕と片翼の無い姿は、見るものによっては残酷にも見えるだろう。
大司教は像へ手を向けると、数度言葉を呟き、無垢な魔力を像へと注ぐ。
すると辺りが一変し、世界を塗り替えるようにして教会という世界の一部が反転していった
そこは夥しいほどの本に囲まれた空間だった。ラベルに書かれているのはどれも魔術の教本だ。
彼は朽ちた祭壇へ赴き、そこにある読み掛けの本へと食い入るように望む。
「あぁ…あと少しだ」
カツン
テーブルからロケットペンダントが落ちる。
しかし男はそれに気が付かない。
それ程までに狂える本。
その本のタイトルは”ネクロマの書”
彼が開いたページには、朱いマグマの様な液体の絵と”マニグルの涙”と言う単語が載っていた。
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