偽装結婚した悪役令嬢ですが、王子達から溺愛されています

かのん

王女になりました

目を覚ましたら、慣れないベッドの上にいた。

辺りを見渡すと、やたら部屋が広い。というか、広すぎる。

「ここ、どこ……?」

いつもと声も違う。風邪を引いたのだろうか。


だんだん目が暗闇に慣れて来た。

ベッドサイドにナイトテーブルがあり、その上に置かれたライトをつけた。

一冊の本が目に入る。表紙に『引継書』と書かれている。


前書きには「アリシア・ベルモントに転生した人へ」と書かれている。

「えっと、『スムーズにアリシアの人生を送れるよう、記録を残す』……?」

読み進めると、どうやら著者は、私の前にアリシアとして生きた人らしい。

「『必ず読め。命がいくつあっても足りないし、死亡ルート多すぎるから』!?」

その先には業務日誌のように、引き継ぎ事項がびっちりと記載されていた。


どうやら私は「アリシア・ベルモント」に転生したらしい。

有名な暗殺一家、ベルモント家の長女、つまり悪役令嬢。

アリシアの実力は「魔法を無限に使える、マジ強い、国で最強」と書かれている。


「ふーん。でも私は普通のOLだったし、人を殺したことなんてないんだけどなー」

引継書を眺めているうちに、なんだか面倒臭くなってきた。

「とりあえず、寝よう」

そうすれば、あのワンルームマンションに戻れるだろう。みじめで狭い部屋に。

しかし、それは叶わなかった。

コンコン、と控えめなノック音に、低いテノールの声が続いたからだった。


「アリシア様。エリオット様がお部屋に来るようにとのことです」

「えー?もう、寝たいんだけど」

扉の奥で、執事は黙り込んだ。

「死亡ルート」という言葉を思い出し、ベッドから飛び起きて、引継書をめくる。


「『エリオット・ベルモント。5人兄弟の長男。呼び方は「お兄様」、敬語で話すこと。彼の命令は絶対。逆らうと拷問される。言い訳も通じない』!?」

私は扉へ向かって叫んだ。

「今の嘘!やっぱり行く!」

広い部屋を手探りで進み、扉へ近付いた時。壁にかけてある鏡が目に入った。

「え?これが私……?」


艶やかな黒髪。真っ白な肌。深紅のドレス。絶世の美女だ。少し顔がきついけど。

思わず見とれていると、扉の向こうから、申し訳なさそうに執事が言った。

「アリシア様、あまりエリオット様を待たせない方が……」

「やば!すぐ行く!」



飾り気のない部屋に、いかにも高そうな家具が配置されている。

シンプルで座り心地の良さそうなソファに、エリオットは腰かけていた。

豊かな栗色の長髪。端正で、完璧な容姿。手足は長く、モデルみたいだ。

ポンポン、と隣を叩かれる。来い、という意味だろうか。


兄の隣に腰かけると、優しく頭を撫でられた。

「アリシア、おめでとう。お前は暗殺者ランキング十位に入った」

「あ、ありがとうございます。お兄様」

素直に喜べない私に、エリオットは微かに眉をひそめた。


「どうしたの?すごいことじゃないか。もっと喜ぶかと思ったけど」

「あの、私は何名程、人を殺してたのでしょうか?」

「さあ。十歳で暗殺デビューして、今、二十歳だろ?だから……数えきれないな」

お前は今まで食べたパンの数を覚えてないだろ、と言うわけだ。


「……で、もう充分に暗殺者としての力が備わったから、お前に新たな依頼だよ」

「何でしょうか」

「王子の暗殺だ」

私は息を呑んだ。引継書によると、この国は絶対王政だ。

絶大な権力を持つ王の息子、王子の暗殺なんてできるわけがない。


不安な顔をしていたのだろうか。エリオットは子供をあやすように優しく言った。

「そんな顔しないでよ。俺も、かわいい妹を死なせるつもりはないからさ。まず、王子と結婚してもらうことにした」

「え!?」

「王女なら隙をつけるだろうし。すぐには難しいから、一年の猶予をやるよ」

「……」

「どうする?嫌なら弟にやらせるよ。他の依頼も来てるしね」


このまま家にいると、暗殺をしなくてはならない。人を殺すのは嫌だ。

まだ一年は手を汚さずに済む、王女の方が良い。

「分かりました」

「さすがだ。ベルモント家の長女として、やるべきことを分かってるね」

前祝いだよ、と兄が言うと、いつの間にいたのか、執事がシャンパンを開けた。


そのシャンパンは、今までに飲んだどれよりも美味しかった。

OL時代の安月給では、一生かかっても味わえなかったかもしれない。

テーブルには、チーズやパン、ナッツなどのおつまみも並んでいる。

どれも驚くほど美味しい。今まで食べていたものは何だったのだろう。


夢中で食べていると、エリオットから見つめられていることに気付いた。

「何でしょうか?」

「別に。かわいいな、と思っただけだよ」

淡々と無表情で言う兄に、調子が狂う。

他の兄弟もおかしいに決まっている。人を殺してるんだから。

早く城へ逃げよう。そう思い、私は兄に言った。


「いつ城へ行くんですか?なるべく早く行きたいです」

「本当に?えらいじゃないか。今までは縁談も全部断って『家が居心地いいから、絶対に出て行かない!』って言い張ってたのに」

それは引継書に書いていなかったな、と思った。

「かわいかったよ。『将来はお兄様と結婚する!』って言ってね」

それも引継書に書いていなかった。


兄は執事と「明日挨拶に行くよう、王子に伝えて」と話している。

それを聞きながら、シャンパングラスに手を伸ばした矢先、

「はい、おしまい」と、兄にグラスを取り上げられた。

「じゃ、教養のおさらいね。まずは、この国の歴史から……」

「え?」

「相手は王子だよ。身分は偽装したけど、挨拶で婚約破棄されたら嫌だろ」


こうして夜通し、歴史や政治や魔法など『異世界の常識』を叩きこまれた。



世間には様々な女性がいる。

目下のところ異世界のアリシアは、完徹で婚約者の元へ向かっていた。


城へ向かう馬車の中で、兄にぺちぺちと頬を叩かれる。

「うう。眠い……」

「遅くまで頑張ったね。でも驚いたな。ほとんど忘れてたから」

確かに兄のお陰で、この世界のことはだいたい理解できた。


寝ようとすると、ほっぺをつねられた。

「ほら、今から復習。この大陸の地理は?」

「金の国、水の国、木の国、火の国、土の国。五つの国で成り立っています」

「そう。どこにも属さない『風の民』もいる。今、俺たちがいるのは?」

「水の国です。国王と王女には、五人の王子がいます」

「辺境の貴族令嬢ってことになってる、アリシアが嫁ぐのは?」

「第三王子、水の使い手。暗殺一家だとばれないように、能力は隠します」

「うん、魔法も使わない方が良いね。よくできました。着くまで寝て良いよ」


兄が肩を貸してくれ、私はもたれかかった。

さわやかな香水の、良い匂いがする。

生前は彼氏がいなかったから、男の人の匂いを嗅ぐのは久々だった。


まどろみ、瞳を閉じかける。眠りに落ちる直前、兄の視線を感じた。

それは私の腕の中にある、引継書に注がれていた。



「あー、もう。いつまで歩けばいいの……」

城の庭が広すぎて、入口の扉へたどり着けない。

門をくぐった直後は、美しい花や、豪華な噴水に心を躍らせた。

しかし今となっては早く着いて、挨拶を終えて、家に戻って寝たい。


「お兄様も仕事があるって、門の前で帰っちゃったしなー」

兄と言えば、と、彼に言われたことを思い出した。

「そういえば、アリシアは魔法が使えるんだっけ……」


この世界では金、水、木、火、土、いずれかに属する魔法が使える。

属性は生まれた時から一つ決まっていて、変えることができない。

皆は自分の属する魔法しか使えないが、アリシアは全属性の魔法が使える。

引継書にも書かれていた。それこそが、彼女が最強と呼ばれる理由だと。


辺りを見渡した。誰もいない。

「城なら1人くらいいても良いはずだけどね。ま、ちょうど良いか」

能力を隠すには好都合だ。私は引継書の、魔法のページを開いた。

そこには魔法の使い方が書かれている。ご丁寧に、属性別で、超詳細に。

前任者の細かい性格に感謝だ。絶対に上司にしたくないタイプだけど。


書かれている通り、地面を触った。

「『土を感じ、完成系をイメージして叫ぶ』ね。出でよ、ゴーレム!」

ゴゴゴゴゴゴゴ、という音と共に、一気に上に押し上げられた。

「やばい、落ちる!助けて!」

すると、何かが私をそっと掴み、上に引き上げてくれた。

それは、四メートルはあるであろう、石の巨人。

ゴーレムが肩に乗せてくれたのだった。


「ありがとう。このまま入口まで乗せて行ってくれる?」

ゴーレムは茶色い目を光らせて、うなずいた。

歩き始めて、また振り落とされそうになる。私は慌てて叫んだ。

「ゴ、ゴーレム、私を落ちないように支えて!」

大きな岩の手が、私を肩に固定してくれた。

命令は聞くけど、他のことは指示を出さないといけないらしい。


城へ急いだ方が良さそうだ。そう思い、私は言った。

「ゴーレム、走れる?一目散に、城を目指して!」

指示に忠実なゴーレムは、猛スピードで走り出した。

しかし―――

「ぎゃああああ!」「何だ、この化け物!」「やめてくれ!」


次々と聞こえてくる悲鳴に、気が付いた。

「下にいる人間を踏みつぶしてはいけない」と言い忘れたことを。


あっという間に、城の前に到着した。

恐る恐る、振り返る。そこではゴーレムに踏みつぶされた人達が、のびていた。



ゴーレムに消えてもらい、私は頭を抱えていた。

「ど、どうしよう。誰かいないのかな」

そこで門をくぐった時から感じていた、違和感の正体に気が付いた。


城には見張りがいるはずだ。1人もいないのは、何かが変だ。

家に帰ろうかどうしようか考えていると、背後から声をかけられた。

「すみません。もしかして、あなたがアリシア様ですか?」


彼は庭師だった。

美しい水色の髪。はっとするほど青い目。端正な顔立ち。

思わず見とれていると、彼は言葉を続けた。

「命を救っていただき、ありがとうございます」

「え?」

「突然の襲撃で、兵士も全員倒されて……僕も殺される直前だったんです」

「あの、あなたは?」

「あぁ、申し遅れました。僕はユーリ。第三王子です」



王子なのに庭師の服装をしている。コスプレ好きなのだろうか。

彼は気まずそうに顔を伏せた。

「こんな格好ですみません。噴水の手入れをしていたんです」

長いまつ毛が影を作る。透き通るような声で、彼は続けた。

「そうしたら、植木に潜んでいた暗殺者たちに襲われてしまって……」

ぱっと明るい顔になり、私の手を取った。

「でも貴女のお陰で助かりました。土の属性なんですね、知りませんでした」

「は、はい。土の属性なんです」

とっさに、でまかせが口から出た。魔法を使えない設定よ、さようなら。


「挨拶だけと仰っていましたが、お礼をさせてください。どうぞ、城の中へ」

「いや、挨拶だけで帰ろうかと……」

彼が手をかざすと、扉が大きな音を立てて開いた。

中には、感じの良い空間が広がっていた。装飾は派手すぎず、品が良い。


せっかくだから、見てみたくなった。

どうせ偽装結婚だ。暗殺を終えれば、二度と城へは来ないだろう。

この調子だと、彼が殺されるのは時間の問題だ。私が手を下すまでもない。


「やっぱり、お邪魔します」

「そうこなくてはね」

ユーリの微笑みに、体の力が抜けていく。

第三王子が癒し系だとは、引継書に書かれていなかった。


この後しばらく城の外に出れないことも、引継書に書かれていなかった。



謁見の間に入ると、国王と王妃が出迎えてくれた。

「おお、君がアリシアか!」

「息子の命を救っていただき、感謝するわ」

二人とも美男美女。そして、すごく歓迎してくれている。

何だかやりにくい。偽装結婚と聞いていたから、塩対応を覚悟していたから。

「食堂で、ささやかな祝いの席を用意した。良ければご一緒しよう」

王とユーリが先に向かい、王妃と私だけが残った。


ブロンド美女の彼女は、そっと声をかけてきた。

「今回の話、貴女は本当に良いの?見たところ、まだ若いから」

偽装結婚の話だろうか。答えあぐねていると、彼女は言葉を続けた。

「ユーリと結婚して、早々に子供を産むなんて……」

「え!?」


王女の話では、こうだ。

唯一の正妻の子であるユーリは、他の王妃たちから命を狙われている。

ユーリの王位継承は確実だからだ。

しかも彼が子供、つまり王にとっての孫を作れば、直ちに王位は継承される。

彼が早く子供を作れば良いのだが、その気がない。王位継承にも興味がない。


「ユーリ王子に王位継承権を破棄させれば良いじゃないですか」

「他の王子が王になると、彼の扱いがどうなるか分からないわ。最悪、処刑ね」

王妃は彼が命を狙われないように、早く結婚して子供を作って欲しいのだろう。


「今までは私があの子を守ってた。王女も守るつもりでいたけど、もう私は長くないの」

よく見ると、王妃の顔色は色白を通り越して、青白い。まさに薄幸の美女だ。

あらゆる気苦労を経験した者が見せる、人生への疲労感も漂っていた。


「そんな……」

王妃の絶望は、生前の会社のパワハラ先輩やクソ上司を思い出させた。

自分の出世のためには、他人を駒のように使い、何とも思わない奴ら。

それで潰れた同僚や後輩を、何人も見て来た。私の親友も、今まさに王妃も―――


「大丈夫です。安心してください」

無意識に口から出た言葉は、自分でも驚くほど大きかった。

「ユーリ王子と王妃は、殺させません。私も死にません」

「ありがとう。アリシアが来てくれて良かった。頼りにしてるわ、小さな王女様」

王妃は微笑んだ。笑い方がユーリに似ている。周りの人を癒す、不思議な力だ。

この微笑みを守るためなら、何だってできる。


でも王女でいるには、力を隠さなくてはならない。

暗殺一家の悪役令嬢なんてバレたら、おしまいだ。能力を隠しながら行こう。

ふと、王妃からの視線を感じた。

心を読まれたと思ってどきりとしたが、彼女は言った。

「アリシア、着替えて行かない?ゴーレムを作った偉業が、残ってるわよ」


そこで私は、ドレスが土まみれであることに気が付いた。



食堂に行くと、国王とユーリ王子が歓声を上げた。

「わあ、ドレスを着替えたのですね。アリシア!」

「先程の深紅のドレスも似合っていたが、白も素敵だな」


テーブルの上には、ご馳走が並んでいる。

それらを見つめていると、もう1人、男性がいることに気が付いた。

「お前がアリシアか!俺はイオ。よろしくな!」

彼は赤毛の好青年だった。完璧な身体で、恐ろしいくらい健康な印象を受けた。


「彼は兄の第一王子です。アリシアにどうしても会いたいと言って……」

「良いじゃないか、ユーリ。大事な弟の婚約者だろ?」

二人は仲が良さそうだ。もっと兄弟同士で、ぎすぎすしていると思っていた。

案外、親同士が争っているだけで、弟思いなのかもしれない。

和やかな気持ちで席につきかけると、ユーリは言った。

「すみません。少し、席を外さなくてはならなくて。すぐ戻りますね」

そうして家来に連れられて、足早に去って行った。


ユーリが去ると、待ってましたとばかりにイオが言った。

「なあ、アリシア。バトルしようぜ!」

「え?」

「刺客をゴーレムでぶちのめしたらしいじゃねえか!すげえよ!」

王たちから、尊敬の視線を感じる。非常にまずい。


「い、いえ。あれは偶然で……」

「謙遜するなよ。ますます燃えるな。ほら、戦おう、ぜっ!」

彼が剣を抜くと、先から炎が出てきた。

それは私が座ろうとしていた椅子に命中し、私は慌てて席を立った。

「っ、あぶな!」

「俺の剣を手から落としたら勝ちな!弟の妻として、認めてやるよ!」


剣から炎が出てきて、私は逃げ続けた。

食卓に座る王妃は心配そうに見つめている。

先程、王妃に誓ったばかりだ。「王子を守る」と。

それに、テーブルの上のご馳走が気になる。

私は空腹だった。朝は眠気と緊張で、ほとんど食事が喉を通らなかった。

「全く、どいつもこいつも……」


早く終わらせよう。そう決意して、床に手をついた。

幸いユーリはいないから、ゴーレムくらい良いだろうし。

大理石で出来た床は、ひんやりと冷たい。土の力を感じながら、私は叫んだ。

「出てきて、ゴーレム!」

地響きが起きた。先程とは違う、大理石でできたゴーレムが地中から現れた。


食卓から王たちの歓声が上がる。

「いや、感心してないで助けて欲しいんだけど……」

「さすがだな!こんなデカいの、すぐ作るなんて!」

「ゴーレム、イオ王子の剣を奪って!」

ゴーレムはイオの元へ突撃した。しかし、彼は余裕の笑みを浮かべている。

「ほら、これが欲しいんだろ?奪ってみろよ!」

イオは剣をゴーレムへ差し出した。次の瞬間、炎がゴーレムを焼き尽くした。


ゴーレムは消え、代わりに膨大な灰が、バラバラと食堂に降り注いでいた。

「灰?そういえば、引継書に書いてあったな」

属性には相性がある。火と土の相性は良い。燃え尽きた火は灰=土になる。

「ほらほら、逃げてるだけか?!」

イオの炎から逃げながら、私は引継書の土のページを思い出していた。

「相性が良い属性が交わると、新たな力を生む……そうだ!」


灰が最も多く集まっている場所を探す。先程、ゴーレムが消えたところだ。

そこへ向かって走り、灰の山に飛び込んだ。

「はっ、ヤケでも起こしたか?灰ごと燃やし尽くしてやる!」

イオが叫ぶと、灰に向かって炎が勢いよく発射される。

暑さに耐えながら、私は灰まみれになって、小さく呪文を唱えた。

「土と火より蘇れ。汝の名は……」


一瞬の沈黙が訪れ、炎は消えていった。

灰にまみれて座り込む私の元に、イオが近付いてきた。

「勝負あったな、アリシア。怪我はないか?一応、火傷しない炎にしたんだけど」

彼は私に手を差し伸べた。私は手を取らず、無言で見上げた。

「ごめんな。強い奴に会えて、嬉しくて。つい熱くなっちゃってさ」

「いえ、お気になさらず。勝負は私の勝ちなので」

「は?何を言ってるんだ?剣は俺の手に……」


突然、彼の背後から全長2メートルほどの鳥が飛んできた。

そして瞬く間に、彼の手から剣を奪って行った。

金色の冠毛を持ち、身体は真紅だが尾は青く、何本か薔薇色の羽毛もある。

「ありがとう、フェニックス」

不死鳥は、私の元へ舞い戻ってきた。くちばしでつまんだ剣を、そっと差し出す。

黄金色に輝く午後。まるで王女に、宝物を献上するかのように。



お祝いの席は場所を変え、庭で行われることになった。

夢にまで見た、アフタヌーンティー。生前には高くて行けなかったのだ。

美しいケーキや香ばしいスコーンは、まるで小さな宝石のようだ。

お腹を幸せで満たしていたら左隣から、イオの大きな声が響いた。


「だーかーらー。アリシアは俺と結婚するの!」

あのバトルによって、どうやらイオ王子に気に入られてしまったらしい。


右隣のユーリ王子は、優雅に紅茶を飲みながら平然と言い返した。

「いいえ、兄さん。彼女は僕の妻として城に来たんですよ」

「こんなすごい女、お前にもったいないから!長男の言うこと聞けよ!」

「はは。お母さんが違いますからね?」

「ユーリ、てめえ!」

ユーリは黒い笑みを浮かべている。何気なく、すごいこと言ってるし。


彼は柔和な笑みを崩さず、しかし冷たい声で言い放った。

「僕のアリシアを傷つけようとしたこと、許してませんからね」

「いや、あいつ超強いぞ。かわいい顔してるけど……」


二人の視線が、私に集まる。紅茶の茶葉を選んでいたが、中断した。

「はい、何のことでしょう?」

「しらばっくれんなよ!もう一回バトルだ!俺が勝ったら、俺の嫁になれ!」

「絶対に嫌です。て言うか、食べさせてください!」


彼らと私を眺めながら、王妃は王に向かって微笑んだ。

「こんなに賑やかなお茶会、久しぶりね」

「ああ。アリシアは、うまく城でやっていけそうだな」

王の言葉が耳に入って来て、昨晩の兄の言葉が蘇った。

―――「挨拶で婚約破棄されたら嫌だろ」


私は不安になった。婚約破棄されないだろうか。

口を開きかけた瞬間、庭の中央にある噴水から、勢いよく水が吹き出てきた。


水はくねくねと、リズミカルに形を変える。まるで求愛のダンスのようだ。

全員が見とれている。私はユーリが噴水の手入れをしていたことを思い出した。

「あれ、ユーリ王子がやったんですか?」

「ええ。僕がアリシアのために、ちょっと細工をしました」

やがて水は花火のように打ちあがり、大きなハートマークとなった。


「ようこそ、お城へ。僕の妻として、歓迎します」

彼は微笑み、私の手を優しく取った。

「もう敬語はいりませんよ。ユーリと呼んでください」

「ユーリは敬語のままなの?」

「ええ、僕は癖なので。たまに本心が出ると、敬語を忘れますが。はは」

いつか本心も聞いてみたい気もするが、聞かない方が良いかもしれない。


私はユーリの手を握り返した。

そんな私の灰まみれのドレスを見ながら、イオはつぶやいた。

「あれ?フェニックスって、土と火の属性、両方ないと使えないはずじゃ?」

「に、庭でたまたま見つけたの」

「ふーん?ま、2つの属性が使えるわけないもんな」


何とか騙せた。そんな安心感から、眠気が押し寄せて来た。

お腹もいっぱいになってきた。婚約もうまくいった。

家に戻り、温かいお風呂に入ろう。やっとゆっくりできそうだ。

そんな期待は、王の一言によって裏切られた。


「みんな。今夜、他の王子達もアリシアのことを見に来るらしいぞ!」

場が一気に湧いて、歓声が上がった。

「ゴーレムを作って、フェニックスを召喚したこと、みんなに言わなきゃな!」

「全く、ライバルが増えそうですね……」

「あらあら。みんなアリシアが大好きなのね」

喜びに沸く皆の横で、私は頭を抱えた。


「これなら家にいた方が楽だったのか……でも暗殺は嫌だし……」

ぶつぶつと独り言を呟く私を、ユーリは抱き寄せた。

「もう家には戻らせませんよ。部屋を用意してあります」

「えぇ……」

この際、誰でも良い。助けを求めて、イオの方を見た。

すると、彼はやれやれと言った様子で首を振った。


「あー。ユーリは兄弟の中で一番、執着するタイプだからな」

「愛情深いタイプと呼んで欲しいですね、兄さん」

「お、素敵な響きだな」

「二人とも、こんな時だけ意気投合しないでくれる?」

城の庭に、笑い声が響いた。


穏やかな昼下がり。太陽は真上で輝き、ぽかぽかと温かい。

大丈夫。きっと、うまくやっていける。

ここは、アリシアを溺愛してくれる人ばかりだから。

きらきらと輝く水しぶきの名残は、そんな予感を抱かせた。

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