第一章 万事、代書うけたまわります⑥
〈二〉
「藍夏月、おまえはこの泰山府君の頭を踏んだ罰として冥府に落ちた。現世の罪の申し開きをするがよい」
極光を背にして座る冥界の王が告げた。
──藍夏月、享年十六。あまりにも早すぎる死だった。
「わたしが……死んだ? 噓でしょう……」
これですべてが終わったと、夏月は冥府の法廷にくずおれた。
(今月のつけの支払いは終わってた? 幽鬼の手紙だって届けてやってないし、わたしはこれから、お姉様に会いに後宮に行く予定で……いいえ)
──もう、それらの予定を考える必要はないんだ。
冥府の光景をまのあたりにしたあとだから、自分が死者の国にいるということ自体は、すんなりと
まだ死ぬ予定はなかった。体は丈夫なほうだったし、自分の日々の暮らしが
夏月はただただ茫然と、自分の生をとりあげようとする神を見上げた。
泰山府君は
神様に対して
泰山府君が右手に開いているのは、人の運命をすべて記してあるという禄命簿だろうか。泰山府君はときおり頁をめくり、視線を落としているようだった。
「現世の罪の申し開きと言われても……泰山府君の頭を踏んだ罰というのは、なにかの間違いではありませんか?」
震える声で自分の潔白を訴えようとして、ふと記憶がよみがえった。
(いや、あれだろうか……門檻に足を引っかけたときの……)
誰かとぶつかった気がするが、足を引っかけたのは確かだ。古来、なにもないところで転ぶことを『神様の頭を踏んだ』などと言う。
「罪は罪だ。そして沙汰は私が決める。どうせ都の片隅で代書屋を開くだけの
「無為に生きてきたって……」
(この神様、なんて
怒りのあまり、夏月は言葉を失った。いくら神様とはいえ、ずいぶんな物言いではないだろうか。
「ちょっと待ってください……わたしの代書屋はちゃんとした仕事で……あっ」
訴えの途中で背後にいる幽鬼につきとばされ、夏月は白砂の上に転がった。
「
「お慈悲を……泰山府君、お慈悲を。盗賊をしてなにが悪いっ……食べていけない国を造ったやつが悪いんだぁぁぁああ……っ」
夏月がなにか言おうとしても、ほかの幽鬼に邪魔され、ままならない。
(なんでこんなに幽鬼がたくさん集まっているのでしょう……)
ちらりと、官吏たちが積みあげていく一方の竹簡に目をやる。幽鬼となった人々が次から次へと自分の罪を軽くしてくれるようにと訴え、その聞きとりを官吏が竹簡に書いて卓子の上に積みあげていくのに、いっこうに法廷にいる死者が減っていかない。どうやらそれは、最終的な判決を下す泰山府君の、禄命簿への書き入れが進んでいないからのようだった。
夏月も帳簿の書き入れを怠っては可不可から文句を言われている身だが、これはあきらかに仕事を
「
夏月は手に手を重ねて礼を尽くしながら申し出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます