教師の後悔と邂逅⑦

 彼女と再び会うことになったのは、陰謀めいた食事会によるものだった。先輩からの頼みだったということもあるが、俺はわかっていてその誘いに乗った。

 先輩はそもそも嘘の苦手な人で、奥さんに紹介したいから食事会をしたいと最初からしどろもどろで連絡をしてきた。怪しいことこの上なかったが、問い質すまでもなく、勝手に事情を白状し始めた。

 曰く、奥さんが俺と彼女が結婚式で一緒に帰る姿を見てくっつけようと画策しており、内緒でひきあわせようとしている、と。


「奥さんが彼女に仲を取り持つって申し出たらそういうんじゃないって断られたらしくて。それで騙し討ちの食事会を。お前もそんなこと言われても困ると思うけど、一回やってうまくいかなきゃ諦めると思うからさ。悪いけど一回でいいからつきあって」


 そう言って先輩に拝み倒された。俺にその気がないと思っていたからだろう。俺は了承したが、釈然としないものを感じていた。そのときは理由がわからなかったが、たぶん先輩の言葉に引っかかっていたのだ。彼女は仲を取り持ってもらうことを断った。俺はそのことに、おそらく内心がっかりしていた。


 結婚式ぶりに会った彼女は相変わらず俺への興味などない様子で、穏やかに食事会に参加していた。夫婦ホストに気を遣いつつ、さりげなく話題をふる様子は、会社の飲み会などでの彼女のふるまいが想像できるようだった。

 その日の帰り道、初めて彼女と連絡先を交換した。


 それから、たわいもない連絡をしあい、時に会うようになり、つきあうようになり、そして結婚に至った。そのきっかけはすべて俺からだった。

 彼女は時々どうしてつきあっているのか、どうして結婚したのか、「いつの間にか」の過程を心底不思議そうにしている。彼女はあまり、恋愛や結婚に重きを置いているタイプではなかった。

 俺自身もそうだと思っていたのだけど、先輩夫妻によって催された食事会で途切れなかった機会に感謝していた。執着のない彼女を繋ぎ止めたかった。


 心の片隅には、小松菜緒からの手紙があった。手紙には声なんてないのに、声が聞こえてくるようだった。


 先生は、先生が好きになった人と一緒にいたほうがいいよ、と。


 盲目的に、自分に都合のよい教師のことしか見えていないと思っていた。表面的なものしか見えていなくて、恋だなんて呼ぶほどでもないものなのだと決めつけていた。

 だけど小松は、俺には教師が合うと言った。好きになってくれる人よりも、好きな人がいいと言った。教えるのがうまいと言ってくれた人に、俺は特別な気持ちがあると言った。

 自分でも気づいていないことを見透かされていた。俺は侮っていたのだと思い知らされた。俺が思っているよりもずっと、小松は俺のことを見ていた。好いてくれていたのだ。小松の気持ちに真摯に応えることはすでに叶わず、俺は代わりにその助言に向き合うことしかできない。


 今、俺の目の前で静かに涙を流す妻がいる。俺が好きになった人が、小松菜緒の手紙を読んで泣いている。

 俺は彼女に手を伸ばした。彼女の涙を拭うために。


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