親愛なる先生へ⑥
わたしは子どものころからたくさんの大人にかこまれて、その人たちのかおいろを見てきました。人のかんじょうのきびにはびんかんなほうだし、人を見る目はあるほうだと自信があります。
そんなわたしが、あなたに恋をしました。
あなたを好きになって、ずっと見てきました。だから、ひとつだけ先生に伝えたい。
先生はね、先生を好きになってくれた人じゃなくて、先生が好きになった人といっしょにいたほうがしあわせになれるとおもいます。ぜったいに。
先生はきっと、欲しいものなんてあまりなくて、手に届くものだけを見てきたような気がする。ものだけじゃなくて、人に対しても、学校以外でだって、深く人と関わってこなかったんじゃないかな。
それでも先生には好きになってくれる人がいて、先生もそれなりに好きになって。そうやって誰かとつきあってきて、これからもそうしていくんじゃないか、て私は思っていて。
それは私が何も知らないからですか? 少女漫画の読みすぎですか?
私のただの想像でもいい。もしそうでも、そうじゃなかったとしても。
先生は、先生が好きになった人と一緒にいるほうが絶対にいい。好きになってくれた人に幸せにしてもらうより、好きになった人を幸せにするほうが、先生には合ってる。断言できる。
だって。
先生は覚えていますか?
「先生はどうして教師になろうと思ったんですか?」
私が先生にそう質問したときのことを。
あれは私がすでに先生に告白した後のことでした。私は変わらず先生に数学を教えてもらいに行っていました。
職員室にいる先生はまばらで、隅のほうにある先生の席の近くには、ちょうど誰もいなかったと思います。
先生は先生だったから、私の告白の後も、授業以外の勉強の質問については、いつも変わらず、とても熱心に接してくれました。
そういう先生だったから、自分でもわからないけど、たぶん教師としての先生への、生徒の質問だったように思います。だけど言ってしまってから、勉強以外の質問に、先生が答えてくれるわけないと気付きました。何でそんなことを言ってしまったのだろうと思いました。
だけど、拒否されると思いきや、先生は黙って視線を斜め上のほうへ彷徨わせました。それは教師としての表面的な答えを考えているというよりも、ただ本当に自分でも何でだろうというように、考えを巡らせているように見えました。
自分の記憶を辿っていた先生はやがて、ぽつりと呟きました。
「教えるのがうまいね、て言われたからかな…」
先生はきっと、そのとき自分がどんな顔をしていたのか、わかっていないでしょう。あのとき先生は、本当にすごくすごく優しい顔をしていました。あんな顔、見たことなかった。
先生にこんな顔をさせる人に、嫉妬する気持ちにすらならないくらい、優しい表情でした。先生は、こんな優しい顔で笑うんだと胸がいっぱいになりました。
先生に教えるのがうまいと言った人がどんな人なのかは知らない。もしかしたらその人じゃなくて出来事が特別な思い出だったのかもしれない。
だけどね、あのときの先生は本当に優しい顔をしていて、とても幸せそうでした。先生は、思わずそんな顔をしてしまうような人と、一緒にいたほうがいい。
だってあんなに無自覚に、あんなに優しい顔になれるなら、そんなに幸せなことはないでしょう。私は先生に、いつもあんな顔をしていてほしいと、幸せであってほしいと心から願います。
それにね、誰かを想うだけであたたかくて優しい気持ちになれるのは、本当に幸せなことだから。それを先生が、教えてくれた。
私は先生のおかげで高校を卒業できて、大学にも入学できました。卒業はできそうにないけれど、それでも両親に見せられないと思っていた姿を見せられて良かった。ずっと心配ばかりさせてきたから、ほんの少しだけ親孝行できたのかなとほっとしています。
全部先生に出会えたからです。先生に出会えて、先生に恋をして、本当に幸せでした。ありがとうございました。
この手紙は、いとこに預けます。先生に届いても届かなくても、先生が読んでも読まなくても、どちらでもかまわない。先生に出会えたこと、恋をしたこと、私の想いは何も変わらないから。先生が私の奇跡だったことは、私にとって変わりないから。
先生
あなたのことが大好きです
先生はわたしのきせきでした
こまつなお
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