親愛なる先生へ①
親愛なる先生へ
お元気ですか?
突然のお手紙、さぞ驚きのことと思います。卒業以来、音沙汰のないわたしに、自分の言う通りじゃないか、と先生は思っていることでしょう。先生への恋心は、卒業とともに消えていく淡い錯覚だったのだと。絶対に違うと言い張っていたわたしを呆れるよりも、ほっとしていることでしょう。
だけどわたしは、今でも先生のことが好きです。先生に恋をしています。卒業しても想いが色あせることはなく、むしろつのるばかりです。
今さら何を言い出すのか、とまた先生は呆れているかもしれませんね。わたしも、こうして手紙を書き始めながら、この手紙をどうするのか、今も迷っています。
それでも伝えたい気持ちを、まずは綴っていきたいと思います。
先生はわたしが告白したときのことを覚えていますか?
西日の差す夕暮れ時、校舎には遠くから部活動のかけ声が響いていて、まるで青春映画のワンシーンみたいでした。先生はそんな放課後の教室にたまたまいて、わたしは突き動かされるように、思わず好きだと伝えていました。
「好きです。先生のことが、好きです」
あのとき思わず口にした言葉をごまかすこともできました。こういう時間が、とか、青春ぽい雰囲気が、とか。でもしたくなかった。自分の気持ちを、告白を、なかったことにはしたくなかった。
だけど先生は。
覚えていますか? なんと答えたのか。先生は、
「俺も好きだよ。小松さんもほかのみんなも、みんな大事な生徒だから」
と、優しそうに微笑みました。
先生は、わたしの告白ごとなかったことにしようとしました。なんて、ずるい大人なんだろうと思っいました。わたしはもう、この想いにふたをすることはできませんでした。
「違います。わたしは先生のことが、好きなんです。先生に、恋をしてるんです」
この恋が叶うなんて思っていたわけじゃない。想いを伝えることだって、本当は少しも考えてなんていなかった。それでも、一度あふれた言葉はもうとめられなかったから。だから、ただ伝えたかった。知ってほしかった。それだけだったのに。
先生は少し困ったように、
「ありがとう。気持ちは嬉しいよ。でも、俺は教師で、小松さんは生徒だから。ごめんな、気持ちだけもらっておくよ」
そう言って、残酷なほど優しい笑みで答えました。教師という仮面をつけた、少しも本心をのぞかせない顔。なんてひどい人なんだろうと思いました。少しも、先生は向き合ってはくれなかった。
「…そんな、そんな言葉は、聞きたくありません。教師だからとか、生徒だからとかじゃなくて、わたし自身に答えをください」
声が震えました。悲しみと、怒りと、無力感。わたしの声は、言葉は、先生をすり抜けてどこにも届かない。むなしさがこみ上げました。だけど、だけどわたしは、この想いを、告白を、なかったことにはされたくなかった。
どんな残酷な答えだとしても、先生の本当の言葉がほしかった。
先生は小さくため息をつきました。その顔からは笑顔が消えていました。
「…じゃあ言うけど、それは恋じゃない。錯覚しているだけだ。学校は閉鎖的なところだから同級生より俺が大人に見えて、恋だって勘違いしてるだけだ」
ああこの人は、わたしの気持ちをそもそも信じていないんだと思いました。それでも初めて先生の素の姿に触れた気がして、傷ついたけれど嬉しかった。こんな冷たい顔をする先生を、学校中の誰もきっと知らない。わたしだけが、知っている。
「違います、錯覚なんかじゃない。大人だから好きなんじゃない」
「錯覚だよ。卒業すれば消えていく、それだけのものだ」
「違います! だってわたしは…」
わたしは言いよどみました。先生はわたしが、返せる言葉がないのだと思ったでしょう。でも違います。言いかけた言葉を言葉にするわけにはいかなかった。あのとき、先生には絶対に知られたくなかったから。
伝えれば先生の反応は変わったかもしれない。でもそれをわたしは望みませんでした。それだけは嫌だった。
「絶対に、諦めませんから」
わたしは捨てゼリフのようにそう言って帰りました。先生のことを諦めない、振り向かせてみせる、という意味だと、先生は思ったかもしれません。だけどわたしははじめから、この恋が叶うとは思ってはいませんでした。
わたしは先生に向き合ってほしくて、わたし自身に答えがほしいと思っていたけれど、先生にとってわたしは未成年で、生徒で、対象外だということもちゃんとわかっていました。
わたしが諦めたくなかったのは、わたしの想いが錯覚なんかじゃなく恋であること、本当の、というのは嘘くさいけれど、真剣に先生のことが好きなのだと信じてもらうこと。それだけでした。
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