五、叫喚

 蒙塵もうじんの一行は、輿車よしゃもなく牛車もなく、洛陽らくよう大路小路おおじこうじかちで走る。

 王城おうじょうを焼き落とすほむらで、四方よもはまた日の昇りたるが如く、赤く、明るい。

 一行の背で、年古としふりた三百歳みもとせ宮々みやみやが燃ゆ。冬官とうかんの技を競いて建てたるたまうてなが、春秋秦漢しゅんじゅうしんかん御代みよから伝わる玉器神剣ぎょっきしんけんが、聖人君子の徳恵とくけい真粋しんすいたる典籍てんせきが、篤学博雅とくがくはくが文藻ぶんそう精華せいかたる文籍ぶんせきが、なべて灰燼かいじんになろうとしている。男の絶命の喚声かんせい耳朶じだを打つ。女の陵辱りょうじょくさる叫声きょうせいが鼓膜を震わす。中華のあらゆる歴史と人倫じんりん蹂躙じゅうりんして飽くことのないえびすどもの歓楽の声が、通りに響震きょうしんす。

 一行の右方左方うほうさほうに広がりたるは、廃墟である。こわされ焼かれ、まったき形をとどむものは一つとしてない。かつての西市せいしに近き街路を一行は行くが、人のあふるる華やかりし在りし日の姿を想起そうきさせるものは、皆目かいもくない。

 宦官かんがんの足下で、軽く堅いものが踏み割れる。土器かわらけか、あるいは白いので、骨か。

 前に、人のすねを咥えし野犬が居る。一行に杖で払われ蹴散らされし野犬が落としたる脛を奪うは、廃墟から這いずり出でし、人であった。


 蒙塵もうじんの一行は、ひたぶるに洛水らくすいへ向かった。

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