第10話 呪いの発生源を探そう!

「ううん……」


 エレナは目を覚ました。

 ぼうっとするままに周囲を見渡す。誰もいない。


「はて、何があったのやら……」


 何かがあったのは間違いない。だけど、はっきりとは思い出せない。変な夢を見て、熱を出して、 アマンが見舞いにやってきて――


「あ、イタタタタタタタ!」


 そこまで思い出したところで、急に頭痛がした。記憶に靄がかかったような感じで、はっきりと思い出せない。


「ううん……何があったんだろう?」


 右手をじっと見つめてみる。右手に握られた果物ナイフが頭に浮かぶ。


(ううん……どゆこと?)


 直後に、もうひとつの『どゆこと?』が増えた。

 エレナの右手に金属製のブレスレットがついていた。


(……全く見覚えがないけれど、これは……?)


 外そうかとも思ったが、治療用のアイテムだと問題があるので様子を見ることにした。

 記憶は少し混乱しているが、体調は明らかに良くなっている。万全とはいかないまでも、普通に生活するには支障ないだろう。


(元気になったのかな? よかった……)


 そうこうしているうちに、様子を見にきたメイドがやってきた。彼女はエレナの回復を喜んだ後、状況を教えてくれた。


「アマン様がいらっしゃったときに気を失われまして――三日三晩、お眠りになられていました。体調が戻られてよかったです」


「そんなに寝てたんだ……ところで、このブレスレットは何かわかる?」


「それは アマン様が用意してくれたものですね。なんでも、グプタで使われている回復祈願のお守りらしいです」


「ふぅん……」


「それでは アマン様をお呼びいたしますね」


「え、そうなの?」


「目を覚ましたら報告するように言われておりますので……」


 一礼してメイドが出ていく。

 もちろん、起きたばかりの髪型が爆発している状態で アマンと会う選択肢はない。回復したばかりの元気を振り絞って、最低限の身だしなみを整えていく。

 やがて、ドアが再び開いてアマンが現れた。背後にムクタカを連れている。


「元気そうで何よりだ、エレナ」


「ご心配をおかけして申し訳ございません、殿下」


 そして右手を差し出した。


「ブレスレットまでお貸しいただいて。皇国に伝わる由緒あるお守りらしいじゃないですか?」


「あれは嘘だ」


「は?」


「そうでも言わないと通らないと思ったから。私が作った魔道具だ、それは」


 お手製の魔道具!?


「あなたの体調を分析して、最もフィットするものを作り上げた。うまく機能してよかった」


「……魔道具って、そんなに簡単に作れるものなんですか?」


 ムクタカが代わりに答える。


「グプタ族は付与術に優れる特性を持っていて――殿下はその中でも特級の腕前を持つお方だ」


「おおおおおお……! すすす、すごい!」


 剣の腕以外にも、こんな技術まで持っているとは。おまけに王族でイケメン。何物を与えられているのやら。


「このブレスレットにはどんな効果があるんですか?」


「呪いを退ける効果だ」


「の、呪い……?」


 唐突な、穏便ではない言葉にエレナもひるんでしまう。


「呪いって、悪魔が使うと言われている……?」


「そうだ」


 悪魔――その名の通り、異界に住む超常たる力を持つ存在である。滅多に出会う存在ではないが、姿を見せた場合、とんでもない厄災を引き起こすと言われている。

「変な夢を見た、と言っていただろう? その夢は呪いによるものだ。あなたに私への殺意を植え付けようとしたんだよ」



「アマン様への、殺意……」


 そこではっとエレナは表情をこわばらせた。であれば、浮かび上がった刃を持つ右手のイメージは――


「ええと、ひょっとして、私、殿下を襲ったりしました……?」


「襲ったな。見事に殺されかけたよ」


「そ、そ、そそそ、それは本当に、心の底から申し訳ないことを……あ、あの……ひょっとして、私は罪に問われておりますか……?」


「明らかにあなたの殺意であると証明されれば、死罪もありえるな」


「はわわわわわわ……!」


「まあ、落ち着け。そうではない、と証明するためにあるのが、このブレスレットだ」


 そう言って アマンがエレナの右手をとる。


「こいつはね、君を襲う呪いを弾くと同時に、呪いの出元を探る機能もある」


「おお!」


「君の体調が良くなった、ということは、このブレスレットが呪いを弾いたのだろう」


 そう言って、光をまとった指先で アマンがブレスレットの表面をなぞる。


「……うん。確かに、呪いを弾いた痕跡がある」


「すごい……そんなことが!」


「付与術には自信があるんだ。なんなら剣術よりもな」


 一拍の間を置いてから、 アマンが続ける。


「目覚めたばかりで悪いが、少し歩けるか?」


「……どこに行くんですか?」


「そのブレスレットが示す場所だ。そこに呪いをかけた『何か』がいる」


「へえ、便利ですねえ――って!?」


 首をぐりんと動かし、血相を変えてエレナが アマンを見る。


「ちょっと待ってくださいよ!? 悪魔が出てきたらどうするんですか!?」


「大丈夫。私が倒すから。私だったら、七罪クラスでも余裕だ」


「ほ、本当ですか!?」


 七罪というのは、悪魔でも最強格と見られる7体を指す。基本的に人の世から距離を置いているが、まれに顕現した際は甚大な被害をもたらしたと記されている。

 偉人たちが苦労して七罪に立ち向かった物語を、歴史マニアのエレナも知っている。

 ムクタカが口を開いた。


「……言い過ぎですよ、 アマン様」


「そうか?」


 はははは、と笑って アマンが頭をかく。


「互角くらいと言っておこうか。戦ったことがないから、勘だが」


 意外と適当な王子だった。


「エレナ、心配しなくていい。そんなのは出てこないから。七罪が動いているなら、もっと大きな――厄災クラスの呪いだろう」


 それはそうだろう、とエレナも納得する。七罪が絡む歴史的エピソードは常に国家存亡級だったから。

 エレナを先頭にして、3人で翠雲殿を歩き出す。

  ブレスレットの機能のおかげで、どこに向かうべきかは明確だった。まるで、見えない何者かに右手を引かれるかのように、ブレスレットが引っ張られる方向に歩いていくだけでいい。


「いやー、便利ですね!」


 心底から感心してしまう。


「どこまでいくんですか? 屋敷の外に出るかもですよね?」


「いや、おそらく屋敷内だろう」


「そうなんですか?」


「呪いを媒介する品物は、いつだって所有者の近くにあるのが常だ。外にあっても庭くらいじゃないかな」


 ブレスレットに導かれて、3人がやってきたのは、エレナたちが夜の雑談で使っている応接室だった。今は誰も使っていない。


「ほう……ここか。私が入れる部屋で良かったよ」


  アマンが目を細めている。


「う……なんかブレスレットの反応がすごく強いです!」 


 ブレスレットに導かれるままに進むと、それはエレナと アマンが対面しているときに使っているローテーブルだった。


「このテーブルから、反応が!」


「開けてみて、ひっくり返してみよう」


「私が」


 そう言って、ムクタカがローテーブルに手をかける。まず順に引き出しを開けて、中を確認する。何もない。引き出しを閉じてから、ぐるっとテーブルをひっくり返す。テーブルの裏にも、何もない。


「異常はありませんね」


「ふむ」


 首を傾げてから、 アマンがひっくり返ったローテーブルの裏側をこんこんと軽く縦いていく。一通り叩いた後、おもむろに片側の引き出しを2つ引き抜いた。


「――!?」


 引き出しの長さ――奥行きというべきか、その長さが違っていた。微妙ではあるが、小指一本ぶんくらいの差がある。


「面白い」 


  アマンは逆サイドの引き出しも2つ引き抜く。そちらは双方とも同じ長さだった。そして、合計4つの引き出しをテーブルの裏側に載せる。すると――

 長さが足りない引き出しの部分に、小さな隙間が生まれた。


「露骨に怪しいな、これは」


 小さく笑うと、 アマンは腰から短剣を引き抜き、その隙間に刃をあてる。

 エレナが慌てて声を上げた。


「こ、壊しちゃって大丈夫ですか!?」


「愛しの婚約者を守るためには仕方がない。酔って蹴り壊したとでも言って、許してもらうとしようじゃないか。弁償ですむのはいいことだ。金で解決するからな」


 そんなことを嘯いて、 アマンが容赦なく短剣でガリガリとテーブルの裏を削り始める。

 むっちゃ高そうなテーブルを。


(ひいいいいいいいいいいいいい!)


 根が貧乏性なエレナはそれだけでビビった。

 やがて、ぽっかりと大きな穴が開く。 アマンがそこに手を突っ込んで、何かを取り出した。


「はて、こんなものが出てきたが?」


 それは、ちょうど手のひらくらいのサイズの奇妙なオブジェクトだった。自らの尾っぽを喰わえる円形の蛇を模した金属のリングがあって、その中に、漆黒の宝石がふわふわと浮いている。おそらくは魔法的な力なのだろう。


(……ん……?)


 そのオブジェクトを見た瞬間、エレナは何か引っ掛かるものを覚えたが、それをすぐには言語化できなかった。


「どうやら、こいつがあなたの不調の原因らしい」


 蛇のオブジェを持つ アマンの右手が白く輝く。


「……ふぅん……精神を抑圧する魔道具のようだな……」


「わかるんですか?」


「機能を調べるだけなら造作もないことだ。あなたの精神に作用して、私への殺意を流し込んだと言うところかな。おめでとう、エレナ令嬢。君の嫌疑は晴れた」


  アマンがオブジェクトをひっくり返ったテーブルの上に置く。


「さて、こいつをどうしたものかね?」


 エレナは間髪入れずに口を開いた。


「訴えましょう!」


「なぜ? どこに?」


「国の偉い人にです! だって、これって アマン様を謀殺しようとしたんですよね? こちらの人間が仕掛けたことだと思うんですけど……そんなこと許されないですよ!」


 こちら側の人間――それも間違いなく、それなりの立場にいる人間だろう。

 でなければ不可能なのだ。 アマンが滞在している現在、この建物の出入りは厳しく制限されている。働いている人間も身元のしっかりとした人物ばかりだ。その状況下で、こんな仕掛けのあるテーブルを配して、そこに呪具を置くことなど、特権的な力を持つ人間だけだろう。

 そんな横暴を許すわけにはいかない。


 ――堂々と訴えて、悪人を探し出し、法のもとに処罰する。


「悪くはない意見で……正論だ。ゆえに却下だ」


「なぜに!?」


「和平の空気に水を差したくない。こんなことを公表すれば両国間の空気が悪くなる」


 部屋の空気が一段と凍りついたようだった。


「いいかい、エレナ。私たちに許された未来への道はたったひとつしかない。全ての苦難を素知らぬ顔のまま自力で退けて、お互いに幸せをつかむだけだ」


「ハードモードすぎなんですけど!?」


「障害があるほど愛って燃え上がるものだろ?」


「障害の使い方が違ってますー! それって、反対とかって意味でしょ!? 普通に命が狙われているとか、そういうのは含まれませんー! 私はじっくりコトコト柔らかく煮た、おばあちゃん味のある恋愛でいいんです!」


「はっはっは、あなたは面白いなあ!」


 お気楽に笑っている アマンを、エレナは、むすーっとした顔で見つめる。だけど、その裏にある真意に気づき、手をぎゅっと握りしめている。

 気楽な様子だけど、今の発言はまさに、彼の生きてる世界を端的に表している。

 それほどに危険な世界で生きているのだ。まさに薄氷の上を、無数の刃に狙われて。それでも当たり前のように受け入れている。

 和平を成し遂げる、これ以上の犠牲者を出さない。そのためだけに。


(意外とすごいんじゃない?)


 恐るべき胆力だ――そんな一面を見た気がした。

 そしてそれは、エレナに対して覚悟を求めることでもある。


 ――薄氷の上で命を狙われているけど、一緒に歩いてくれないか?


 そう言っているのと同義なのだ。


 ――大丈夫、食べたりしないから。我慢するから。


 イタズラめいた笑みを浮かべながら。


(はああああああ……歴史マニア的には燃えるところなんだよなあ……)


 いや、でも自分の命を賭けるって、ある?

 私は偉人とかじゃなくて、普通の貧乏令嬢なんですけどね?

 そんなエレナの内面を見透かしているのかどうか不明だが、 アマンがこんなことを言った。


「大丈夫、あなたの危難は私が払ってみせるから。おっかなびっくり後ろをついておいで」


 そして、 アマンが視線を手元のオブジェクトに向ける。


「手始めに、これをこっそりと無効化して、あなたの信頼を勝ち取るとしよう」


「……捨てちゃうのはダメなんですか?」


 近くにないと効果がないと アマンは言っていた。ならば、それが最も簡単な解決方法だが。


「呪いのアイテムは『執着』する。だから、どういうわけか呪いをかけた対象の下に戻るんだ」


「あ」


 呪具のその性質についてはエレナもよく知っていた。

 呪いを扱った偉人エピソードは数多あり、呪具が戻ってくることに困惑するのは『あるある』展開なのだ。


「そ、そうでしたね……」


「というわけで、私が呪具そのものを無効化しよう」


「……できるんですか?」


「できる。私の付与術師としての腕を信じてくれ。これであなたも安眠できる」


「嬉しいんですけど……でも、仕掛けた人が罰せられないのは複雑ですね」


 それが、 アマンの望む道であるとしても。


「どうだろう、そうでもないかもしれない」


「え?」


「呪いというものは無効化すると返るんだ。呪いを仕掛けた張本人のもとへと。悪魔が主体なら無意味だけど、人であれば――さて、どうなるかな?」


  アマンの口元に、性悪な実験の結果を楽しみにする学者のような笑みが浮かんだ。


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