第38話 鍵を狙う者①

 翌朝、エディはロキースと共に自宅へ戻った。

 無断外泊を二泊もしていた為、彼女を溺愛する弟は怒り心頭で待ち構えているだろうと思っていたのが、予想外にも二人を迎えたのはエディの両親だった。


 普段男装しているとはいえ、エディは女の子である。

 彼女の両親が心配するのは当然のことだろうと、ロキースは思った。


「ああ、エディタちゃん! 事情はルタさんから聞いているわ。さぞ怖かったでしょうね。でも、もう大丈夫よ。ヴィリニュスの鍵さえあれば、恐ろしい魔獣の手からあなたを解放して貰えるわ」


 ロキースと手を繋いで現れたエディを、彼女の母親が奪い取る。

 そして、呆然としているロキースからエディを隠すように、彼女の父親が立ちはだかった。


「どうしたの、父さん、母さん。何を言っているの?」


「ルタさんが教えてくれたのよ。あなたが、魔獣に付き纏われているって」


「ああ。そして、マルゴーリスさんが解決策を教えてくれたのだ。魔笛とヴィリニュスの鍵があれば、お前を魔獣から解放することが出来るのだと」


 両親の話を聞いて、エディは青ざめた。

 ルタは、もう動いていたのだ。

 エディが鍵を手に入れることを見越して、両親に偽りを教えていたのである。


「違うよ!」


 エディは叫んだ。

 両親が言っていることは全くの間違いとも言えない。

 見方を変えれば、そのようにも見える。

 だがそれは、エディが望む未来ではないのだ。


「父さんも、母さんも、何を言っているの? 僕はロキースに付き纏われているんじゃない。僕が、彼と一緒に居たいんだよ」


 エディの言葉は、ルタの言葉を信じている両親に信じてもらうことは出来なかった。

 彼らはエディのことを哀れみのこもった目で見つめて、「かわいそうに」と抱きしめる。


「そう、思い込まされているのでしょう? 大丈夫よ。全て、元通りになりますからね」


「さぁ、エディタ。マルゴーリスさんがお待ちだ、行こう」


「嫌だってば! 離してよ! 僕は僕の意思で、ロキースのそばにいるの。思い込みとか、そういうのじゃないから。どうして僕の言葉を信じてくれないの? 実の娘より、義理の娘を信じるなんて、ひどいよ!」


「あ! エディタ!」


 エディは両親の手を振り切ると、急いでロキースの元へ駆けた。

 何がどうなっているのか見定めるために沈黙していたロキースは、駆け込んできた彼女を大事そうに抱きかかえる。

 その目は両親よりも後ろ、ヴィリニュスの屋敷の入り口に向けられていた。


「おやおや。随分と洗脳されているようですな。これは、根気よく治療せねばなりませんねぇ」


 もったいぶるようにゆっくりと歩いてきた男を見て、エディの両親は安堵の表情を浮かべた。

 エディを抱きしめるロキースの腕が、より一層拘束を強める。渡さないと言ってくれているようで、エディは応えるようにロキースの腕にしがみついた。


「マルゴーリスさん」


 三揃えの上質なスーツを身につけた、いかにもエリート然した男。

 気が強そうなその顔は、ルタとよく似ている。

 彼の名前は、クレメント・マルゴーリス。マルゴーリス家の当主であり、ルタの父である。


「ああ、ヴィリニュスさん。お嬢さんは予想よりも遥かに重症のようです。一刻も早く、笛を完成させて治療しなければ、手遅れになりますぞ」


「なんてこと……!」


 マルゴーリスの言葉に、エディの母がクラリとよろめく。

 そんな彼女をひしっと抱きかかえながら、エディの父は憎々しげにロキースを見た。


「よくも、娘に……!」


 歯を剥き出しにして怒りをあらわにする父親に、エディは腹が立った。エディの言うことに耳も貸さず、勝手に失神している母親にも。


「ふざけるのもいい加減にして! 僕は洗脳なんてされていない。ロキースは誠実に、僕と向き合ってくれたよ。父さんも母さんも、僕のことを放っておいたくせに、今更なんなのさ!」


「ほら。あれが魔獣の力ですよ。恐ろしいですな。早く鍵を奪うのです。そうすれば、彼女はきっと、元の優しいお嬢さんに戻ります」


 政治家であるせいか、マルゴーリスの言葉は妙に説得力がある。

 嘘ばかりだというのに、エディの父は本気で信じているようだった。


「エディタ! 鍵を渡しなさい!」


「嫌だ!」


 奪いに来た父親の腹を、エディは問答無用で蹴り付けた。

 信じてくれない親など、こんな扱いで十分である。


「ぐふぅっ……!」


 娘からの渾身の蹴りを受け、軟弱な彼女の父は見事に吹っ飛んだ。

 ガルルと手負いの獣のように威嚇してくるエディに、尻込みしている。


「え、エディタ! 良い子だから、渡すんだ!」


 それでもなんとか父親らしい威厳を保とうとしているのか、蹴られたところを摩りながらエディを怒鳴りつける。

 その目には痛さのあまり涙が浮かび、威厳なんてものは感じられない。


「うるさい、クソジジイ! ルタに騙されて、僕の話を聞きもしない。洗脳? そんなわけあるか。むしろ、そっちが彼女に洗脳されているのだろう!」


「なんてことを言っているのだ! そんなわけ……ないだろう!」


 そんなわけないと否定する彼の言葉には、明らかに間があった。

 なんとなく嫌な感じがして、エディは汚いものでも見るように父親を見る。


(まさか……ルタは父さんにまで色目を使っていないだろうな?)


 確信はない。

 だが、こんな時に限って「ルタはいくつになっても女を感じさせてくれるいい女だ」という男たちの言葉が頭を過ぎる。

 勘、だろうか。


 もしもルタが父を唆しているのだとしたら。なんだかんだ父を愛している母は、そういうものなのねと納得するだろう。良くも悪くも、母は素直すぎる。


 ロキースはといえば、エディの父親ということもあってか、反撃するべきか悩んでいる様子だった。

 困ったように眉を寄せて、どちらかといえばエディの方の動きを制御する動きをしている。


 その時だった。

 ロキースの目に、ある人物の姿が映る。

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