第36話 鍵を探して②
それから二時間が経った。
手を繋いで、ただひたすらに歩いて。
ロキースが唐突に、「ここだ」と言って立ち止まった。
隠れるのにちょうど良い低木を見つけて、二人で隠れる。
木々の隙間から、目的地を覗き込んだ。
「うわぁ……!」
思わず、エディの口から感嘆の声が漏れる。
だって、こんな素敵な光景は、初めて見た。
エディの目に映るのは、一面の花畑。
秋の空のような、真っ青な色の花が、ずっとずっと向こうまで続いている。
もしも季節が冬でなく秋だったなら、もっと幻想的な風景になっていただろう。
魔の森に囲まれた、花畑。
ここだけは特別だというように、魔素も薄くなっていた。
「きれい……」
うっとりと呟くエディに、ロキースがクスリと笑みを浮かべる。
少年のような格好をしていても、やはり彼女は彼女だ。花が綺麗だと、少女の顔で微笑むのだから。
ロキースは再び、地面に手をついた。
当たり前のように使っている力だが、今日は特に気をつけて使いたい。
だって、エディにとって大事なことだから。エディにとって大事なことは、ロキースにとっても同じこと。
全精神を集中させて、彼は殊更慎重に鍵の場所を探った。
「エディ。鍵は、奥にあるみたいだ」
そう言って、ロキースは花畑の奥を指さした。
真っ青な花畑の先に、何があるのだろうか。
今のところ、見えるのは花ばかりである。
「俺が先に行って、様子を見てくる」
「僕も行く」
「大丈夫だ。置いていったりしない。少し様子を見て、それから一緒に行こう」
「絶対だよ?」
「ああ、もちろん」
まだ納得しきれていないエディの頭をクシャリと撫でて、ロキースは花畑へと足を踏み入れた。
踏み込んで、改めて綺麗だとロキースは思った。
幻想的な風景だ、と。
青い花しかないと思っていたが、よく見ると白い花も混じっている。
空は夕焼けに染まり、青と赤のコントラストが美しい。
長年魔の森に住んでいたロキースだが、ここへ来るのは初めてだった。
「まるで、意図的に隠されているような……」
静かに呟いた、その時だった。
ざぁぁぁぁぁ、と。少し強めの風が吹いて、花を攫っていく。
ハラハラと舞い上がる花弁を見つめていると、森の向こうから一頭の狼がゆったりとした足取りで花畑にやって来るのが見えた。
「あいつか……」
鍵の気配は狼から、厳密に言えば、狼の腹から漂ってきている。
警戒を強めて睨みつけるように見ていると、狼の方もロキースに気がついたようだった。
ロキースを見ると、挨拶をするようにペコリと頭を下げてくる。
それから、狼はロキースの後ろの方も見た。
ロキースの後ろには、エディが待機している。
もしや襲うつもりかと身構えるロキースに、しかし、狼は少し前へ進んでは振り返るという行為を繰り返すだけだった。
どうやら、どこかへ案内したいらしい。
狼の意図は分からないが、少なくともすぐに何かするわけではないようだ。
これならとりあえずは大丈夫だろうと、ロキースは踵を返し、エディを呼びに行った。
呼びに来たロキースと一緒に、エディは花畑へ踏み込んだ。
はやる気持ちを抑えて、ゆっくりと足を前に出す。
しばらく歩いたその先に、白銀色の魔獣──魔狼が伏せて待っていた。
──カサリ。
花を踏む音に、魔狼の耳がピョコピョコと動く。
伏せていた体をゆっくり上げて、魔狼はじっと二人を見つめた。
『よく来たな、ヴィリニュスの娘。
魔狼の言葉は、当然だがエディには分からない。
何か訴えている様子なのは分かるが、それだけである。
助けを求めるようにロキースを仰ぐと、安心してと言うように穏やかな笑みを向けてくれた。
「あの狼は、ヴィリカスという名前らしい。エディが来てくれるのを待っていたと言っている」
「待っていた?」
狼は、目の前にある小さな山を見つめた。
それから物言いたげに、エディを見てくる。
『そうだ。己は待っていた。娘よ、そこを見ろ。それは、エマ……お前の祖母の墓だ』
狼が、また何かを訴えた。
どんな言葉を聞いたのか、ロキースが息を飲む。
蜂蜜色の目が、悲しそうに伏せられる。
エディはそれを見て、妙に納得した。
(あぁ、もしかして、この山は……)
「ロキース、狼は何て言っているの?」
「その山は……エディのお祖母様の墓だと、言っている」
「そう……」
エディはポツリとそれだけ言うと、ゆっくりと山に──エマのもとへ歩み寄った。
「おばあちゃんは、ここに眠っているのね?」
『そうだ』
花に囲まれた、素敵なお墓。
狼が毎日
百合の花に倣うように、エディは近くに咲いていた白い花を一輪摘んで、墓に手向けた。
ロキースもそれに倣うように、白い花を摘んで、墓に手向ける。
生前の祖母は花が大好きだったから、きっと喜んでいることだろう。
「お花がいっぱいで、綺麗ね、おばあちゃん」
それは、嬉しい。
嬉しいけれど。でも。
「おばあちゃん……」
もっと、お話ししたかった。
もっと、一緒にいたかった。
もっともっと、やりたいことがあったのに。
恩返し、したかったのに。
厳しいけれど、優しい人だった。
両親の代わりにたくさんの愛情を注いでくれた、大切な人。
ずっとずっと帰りを待っていた。
いつか帰ってくるのだと、信じていた。いや、思い込もうとしていた。
(本当は、気付いていた。おばあちゃんはもう、帰ってこないって)
エディは墓のそばに座り込んで、涙した。
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