第21話 鍵の行方

 森守の当主の証でもある、ヴィリニュスの鍵。

 それは、魔の森と人の村を隔てる防護柵の鍵である。


 五年前、当主であったエマの失踪と共に失われた鍵は、ロキースの『隠されたものの在り処を知り、財宝を発見する』という力のおかげで居場所を特定することができた──のだが。


「鍵は、ロスティ側の魔の森の中を移動している。だが、ディンビエの国民であるエディが、気軽にロスティへ立ち入ることは出来ない。たとえそれが、有事だとしても」


 自分だけならば可能だと、ロキースは言った。


「でも、エディは嫌だろう?」


 ロキースの問いに、エディは「その通り」と頷いた。


 ロキースだけなんてとんでもない。

 ヴィリニュスの鍵を失ったのは、ヴィリニュス家の失態なのだ。部外者であるロキースに頼るなんて、筋違いである。


(そんなこと言ったら、傷つけちゃうだろうな……ロキースは僕と、その……恋人になりたいのだろうし)


 当然のように頷いたエディに、ロキースは「やはりな」と苦く笑みながら彼女の頭を撫でた。

 本音を言えば、エディを連れて行きたくはない。


 移動速度を考えれば、鍵を持っているのは明らかに魔獣である。

 ロキースの読み通りならば、それは魔狼。

 熊ほどではないが、力が強い魔獣だ。


 エディの弓の腕を信じていないわけではない。彼女の技術は素晴らしいものだ。他の追随を許さないほどに。

 だが、彼女にもしものことなんてあってはいけないのだ。万が一なんてことは、考えたくもない。


 ロキースは思う。このまま自分だけで鍵を取り戻しに行ったら、エディは勝手についてくるだろう。それならば、手の届く範囲に居てもらった方が確実に守れる、と。


 それに、この件が片付けば、エディが魔獣を見張る必要はなくなるのである。そうなれば、ロキースとの時間を増やしてもらえるかもしれない。

 魔獣の恋を応援し、元獣人を軍に引き入れたいロスティにとって、これは朗報だろう。


「ロスティの大使館へ行こう。ジョージなら、なんとかしてくれるはずだ」


 そのまま、善は急げとエディとロキースはロスティの大使館へ向かった。








 アポ無しで大使館を訪れた二人に、呼び出されたジョージは気持ち悪いくらいにこやかだった。

 だが、応接間に着くなり、顔つきがガラリと変わる。


「おい、お前ら。俺の大事な時間をよくも邪魔してくれたな?」


 魔王降臨。

 エディには、そのように見えた。


(笑顔なのに、おっかない……)


 一人称が、私から俺に変わっている。

 おそらく、こちらが素なのだろう。

 いつもかけている眼鏡は外していて、心なしか少し若く見える。

 それなのに、いつもより四割増で怖い。


 ドスの効いた声に、エディは思わずロキースに縋り付いた。

 そんな彼女を守るように、ロキースが一歩前へ出る。


 その時だった。


 ──コンコンコンッ


 控えめなノックの音がして、そろりと扉が開かれる。

 少しだけ開いた隙間から、幼い少女がヒョコリと顔を出した。


 黒い髪に、黒い目。白い肌がよく映える。

 クリクリとした大きな目がジョージを捉えた時、嬉しそうに緩んだ。


「ジョージおじさま。ここにいたのね?」


 ジョージはそれまでの怖い雰囲気をシュッと隠すと、にこやかに笑んだ。

 変わり身の早さとその柔らかな笑みに、エディは「え……」と声を漏らす。


(この人、こんな顔も出来るんだ?)


 驚きである。

 リディア曰く、「小悪魔みたいで魅力的」とのことだったが、それよりもこっちの方が断然良い。

 眼鏡というアイテムがないせいもあるのだろうが、少女に向ける表情は甘い。愛しい、とその顔にはデカデカと書かれているようだ。

 これこそ、お伽噺にでてくる騎士といえよう。相手は、少々小さいお姫様ではあるけれど。


「あぁ、ニューシャ。ダメだよ。私は今、仕事中なのだ。悪いけれど、お母様のところで待っていて欲しい」


 ツカツカと扉の前まで歩いて行ったジョージは、少女の前で跪くと、懇願するようにそう願い出た。

 誰にも懐かない猫のような男が、幼い少女の前ではデレデレしている。

 その光景は、なんだか見てはいけないものを見ているようで、エディは混乱した。


「えぇぇ。いやよぅ。おかあさまは、おとうさまにとられてしまったもの」


 ジョージの小さなお姫様は、唇を尖らせて頰をぷくっと膨らませた。

 傍から見れば不細工なそれも、ジョージにとっては可愛く見えるらしい。クスクスと楽しげに笑っている。


「……またか」


「そう、またよ。いつものこと。しかたないわ、おとうさまは、おかあさまがだいすきだから」


「仕方ありませんね。ニューシャ、私の膝の上でおとなしくしていてくれますか?」


「ええ。わたしもレディだもの、それくらいできるわ」


 エッヘンと胸を張る小さなお姫様に、ジョージは「お手をどうぞ」と手を差し出した。

 少女はその手に、当然と言わんばかりの顔で手を乗せる。


 小さなお姫様をエスコートしながらソファへ腰掛けたジョージの膝に、少女が座る。

 明らかに機嫌が悪そうな鋭い視線で「座れ」と指示されたエディとロキースは、対面のソファへ慌てて腰を下ろした。


 不機嫌な理由はよく分からない。

 だが、これからお願い事をするのだ。これ以上機嫌を損ねるわけにはいかない。


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