第20話 魔獣が獣人になった理由
「それってさ、人探しも出来るの⁉︎」
走り寄ってきたエディが、グッとロキースの顔に迫ってくる。
食い気味で質問されて、ロキースは面食らう。
だがどこかで、やっぱりなとも思っている自分がいた。
きっと彼女は、祖母であるエマを探して欲しいと言うのだろう。
当然の願いだと思う。
「すまない」
残念なことに、ロキースの力は万能ではない。
ロキースが財宝だと認識していないものは、見つけることが出来ないのだ。
逆を言えば、ロキースが財宝だと思っているもの──例えばそれはエディであったり、大好物の蜂の巣であったりすれば、すぐに分かるのである。
エディが大切に思っているエマを、ロキースだって探そうとした。
だけど、結果は……。
「探そうとはしたのだが、エディのお祖母様の居所は掴めなかった」
「……そっか」
シュンと肩を落とすエディに、ロキースはもう一度「すまない」と言った。
「気にしないで。勝手に期待した、僕が悪い。それにさ、探そうとしてくれたんだろう? それだけでも、嬉しい……だから、そんな顔しないでよ」
そう言ってエディが辛そうに笑うから、ロキースの良心がズキズキと痛む。
ぬか喜びさせてしまったと、ロキースは後悔した。
エディのことは、腕の中に閉じ込めて、誰よりも甘やかしてあげたいのに。
それが、出来ない。
出来ないどころか悲しそうな顔までさせて、ロキースの心は後悔でいっぱいになる。
慰めようと思って伸ばした手を、ゆるゆると引っ込める。
ロキースに、慰める権利なんてない気がした。
ゆるゆると離れていく大きな手に、エディは気付いていた。
ロキースの耳も目も、叱られた子供みたいに伏せられている。
(ロキースは、何も悪くないのに……)
エディは、離れていく手が寂しくて、彼の手を取った。
大きな手を、頰に押し当てる。触って良いんだよ、と言うように。
エディから触れるのは、珍しいことだ。
反省する間もなく彼女から触れられて、ロキースの気持ちが舞い上がる。
そういう場面ではないと理性が警鐘を鳴らすが、愛しいという気持ちはどんどん生産されていく。
ハートが一個、ハートが二個……。
こんな重い気持ちを押し付けたら、小さなエディは溺れてしまうかもしれない。
やはり、獣人になるのは早計だったと、ロキースは思った。
本当は、エディが成人するまで待つつもりだったのだ。
だというのに、我慢できずに獣人になってしまった。
それはひとえに、執着心ゆえの行動だった。
熊というのは、自分の獲物に対して強い執着心を示す生き物だ。
それは、魔獣であろうとただの獣であろうと変わらない。
また、熊に奪われたものを取り返すのは危険とも言われている。
他の獣人なら、恋した相手のことを想って身を引くところだが、熊の獣人であるロキースは違う。
もしもエディが他の男に取られそうになったら、ロキースはそいつを消すだろう。そして何食わぬ顔でエディに近づいて、慰めるのである。
なんというか、少々病んだ恋なのだ。熊の恋は。
それくらい、熊の執着心は凄まじいということではあるのだけれど。
つまるところ、ロキースが獣人になったのは、エディがルーシスに見初められたと勘違いしたからだった。
成人するまで、と指を咥えて待っていたのに、大事な獲物を横取りされたのである。
エディを取り返す。その為に、ロキースは予定を早めて獣人になった。
エディとリディアが初めてロスティの大使館へ行った帰り道、馬車を追いかけてきた熊は、何を隠そうロキースである。
『あの悲しげな声が耳にこびりついて離れない。あれは、なんだったんだろう……?』
エディは、そう言っていた。
それを聞いた時、ロキースはやはりエディが運命の相手なのだと確信したのだ。
だって、あの時のロキースの声は、今のように人語じゃなかった。「行かないで」と子熊のように鳴くことしか出来なかったのに、エディには伝わっていたのである。
あの瞬間、ロキースのエディへの気持ちは確固たるものになった。
同時に、エディの逃げ道は塞がれたのである。
そんなことも知らず、エディはロキースの手に自分の手を重ねた。
すり、と頰を寄せれば、ロキースの手がビクリと震える。
「本当に、気にしないで。でも……あと一つだけ、聞いても良い?」
「な、なんだ?」
エディへの気持ちを改めて確認していたら、再び質問された。
ロキースの声が、動揺に
「ついでに聞くけどさ。おばあちゃんが見つからないなら、ヴィリニュスの鍵も無理だよね?」
エディの質問に、ロキースは黙った。
その目は大きく見開かれ、驚いているようである。
「ロキース?」
ロキースは失念していた。
エディがエマの失踪のことばかり口にしていたから、彼女のことしか探していなかったのだ。
エマが持っているはずのヴィリニュスの鍵。
それを、彼は未だ探していなかったのである。
「ヴィリニュスの鍵……!」
ロキースは、大きな体を屈めて地面に両手をついた。
占い師が水晶玉に向かうように、神妙な顔つきで地面を睨む。
虚な目は、どこか遠くを見渡しているようでもある。
(もしかして、探してる……?)
ただ事ではない雰囲気に、エディは押し黙った。
もしもロキースがヴィリニュスの鍵を探しているのだとしたら、邪魔したくなかったからだ。
それから何分経っただろうか。
息を詰めていたエディが、数回目の息継ぎをした頃、ロキースは顔を上げてこう言った。
「エディ。鍵があった」
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