3章

第19話 獣人の能力

 ロキースとエディ、二人だけのお茶会はそれから何度か続いていた。

 トルトルニアには秘密の逢瀬が出来る場所なんてなかったし、それに、エディ自身がロキースの家を気に入ったせいもあった。


 ロキースがロスティの菓子店で茶菓子を用意し、エディが紅茶を淹れる。

 回を重ねて、なんとなくそんな流れが出来ていた。


 二人が出会った秋の季節は、そろそろ終わりを迎えようとしている。

 魔の森にも、じわじわと冬の気配が近づいてきていた。


 ロキースの家の周りには特別な何かを施しているのか、秋も終わりだというのに春のような暖かさだ。

 地面に生える草花の周りを、蝶や蜂が忙しなく飛んでいる。


 長閑のどかな春のような風景を、エディは不思議そうに眺めた。


「ねぇ、ロキース」


「なんだ?」


 庭先の土を掘り返していたロキースは、エディの声に顔を上げた。

 彼の足元には、作りかけの畑がある。


 庭があるなら家庭菜園でもしてみたら、と軽い気持ちでエディが提案したら、早速作ることにしたらしい。


(こういうの、尽くし系男子って言うんだっけ?)


 確か、リディアはそう言っていたはずだ。

 女の子のお願いやワガママ、無理無茶無謀な命令まで全力で叶えてしまう。それが、尽くし系男子だと。


 〇〇系男子はいろいろ種類がありすぎて、覚えるのが大変だ。エディは興味がないから尚更に。


 クワを持つロキースの手つきは、熊が川で鮭を岸へ放り投げるような感じで危なっかしい。

 エディは本職じゃないから正しい持ち方なんて分からないけれど、少なくとも、クワは横じゃなくて縦に振るものだろう。


(クワっていうより、カマみたいな使い方なんだよなぁ。まぁ、一応耕せてはいるみたいだし、いっか)


 楽しそうに農作業に励むロキースに、エディは口の中で「かわいい」と呟く。

 彼のことをかわいいと言うのは、もう何度目だろう。

 何事にも一生懸命で、かわいくて仕方がない。


「どうしてこの家の周りは、暖かいままなの? もうすぐ、冬がくるのに」


「あぁ。この家の周辺は、俺の縄張りだからだ」


「縄張りだから?」


 言っている意味が分からなくて、エディは尋ね返した。

 だって、縄張りだから冬でも暖かいなんて、そんなおかしな話はない。


「魔獣はそれぞれ相性の良い属性の魔術を、息するのと同じように使える。エディも知っているだろう?」


 森守であるエディは、「もちろん」と答えた。

 魔獣が魔術を使うのは、常識である。だからこそ、魔鳥の一羽、魔兎一羽と侮らずに確実に仕留めなくてはいけないのだから。


「俺と相性が良いのは土属性。地熱を調整して、ちょうど良い暑さにしている」


「へぇぇ、すごいね」


「そうか? 人でも、魔術を使う者はいるだろう」


 特別なことでもない。

 そう言いながらも、ロキースの耳はピンとしている。

 エディのなんでもないような褒め言葉が、嬉しかったらしい。


 目は口ほどに物を言うということわざがあるが、ロキースの場合は目より耳に出やすい。

 ピョコピョコ、ピルピル。彼の耳は、器用に動く。


「いるけど……ずっと使っている人はいないんじゃないかな。だって、普通は詠唱とか魔法陣とかいろいろ準備が必要だし。だから、ロキースのその力は、すごいものだと思う」


 キラキラと尊敬の眼差しで見上げてくるエディに、ロキースの手からクワがすっぽ抜けそうになる。

 慌てて握り直したせいで力加減が出来ず、クワの柄は無残にも真っ二つになってしまった。


「エディ……」


 困ったような、少しだけ責めるような声に、エディは苦笑いを浮かべた。


(こういうの、いいな)


 何度か逢瀬を重ねて、二人の間にあった遠慮がちな雰囲気はなくなりつつある。

 特にロキースは、エディのことを神聖化しているような嫌いがあったが、こんな風に責任転嫁することも出来るようになった。


「え、なに? 僕のせいなの? それ」


 もちろんエディのせいだと、ロキースは思う。

 責めるつもりはないけれど、そうやって不意打ちで可愛いことをするのは頂けない。


 エディはロキースが彼女に恋していることを知っているくせに、挑発するみたいに可愛いことをしでかしてくれる。

 彼女自身にそのつもりがなくても、ロキースは忍耐力を試されているような気分だった。


 だって、ここは彼の縄張り。

 すぐ後ろには自宅があって、二階に上げればフカフカのベッドがあるのだ。

 エディをそこへ連れて行って、ロキースが満足するまでベッドから出さないことだって可能なのである。


 欲が滲んだままの目で恨みがましい視線を送ったら、エディはピャッと声を上げた。


「そ、そんな目をされても、困る……」


 まろい頰をうっすら上気させて、視線が泳ぐ。

 エディの傷だらけの手は、しゃがみ込んでいる足元にあった雑草を、意味もなくブチブチと抜いていた。


 あぁ、可愛い。

 こんなに愛しくてたまらないのに、ベッドに連れ込めないのがもどかしい。


「そろそろ、泊まりくらいは良いだろうか……?」


 手は繋いだ。

 デートもしている。それも、何回も。

 ハグも……ソファの背もたれ越しだが、経験済みである。

 となれば、次なるステップはお泊まり……!


 そんなの、駄目に決まっている。

 いつでもどこでもエディを抱きしめて甘やかしたい気持ちでいっぱいなロキースが、おとなしく紳士でいられる保証なんてないのだ。


 頭の中では、常にエディをベッドに組み敷くことばかり考えている。

 たまに、可愛いなぁと愛でるだけの時もあるが、大抵はいやらしいことだ。


 だって、仕方がない。

 彼は獣人だ。獣人とは、半獣である。

 半分獣で半分人の彼らは、人よりも理性が緩みやすかった。


 ジョージが聞いていたら、鉄拳制裁だ。


「何か言った?」


「……気のせいだろう」


 口の中で呟いた言葉は、良いのか悪いのかエディには聞こえなかったようだ。

 残念である。

 もしも聞こえていたら、エディから鉄拳制裁されていたかもしれないのに。


「ねぇ。ロキースは土属性だって言うけれど、地熱を調整する以外にも何か出来るの?」


 足元の野花を摘みながら、エディは小さな手で小さな花束を作る。

 もしもそれを貰うことが出来たら、寝室の窓辺に飾りたいとロキースは思った。


「そうだな……あぁ、探し物が得意だ」


「探し物?」


「魔熊は、隠されたものの在り処ありかを知り、財宝を発見する力を持っている」


 ロキースの言葉に、エディがパッと顔を上げる。

 その顔は何故だか、焦っているように見えた。

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