第25話 やはり君は勇者にしか見えない

 星宮妃咲希に勉強を教わることが決まった翌日、俺は早速寝坊しかけることに。


「昨日は少し早く起きたっつ〜のに! なんで今日は二十分も遅刻なんだよッ!」


 制服のボタンを締めながら口の中に食パンを放り込み、玄関から飛び出す。

 昨日はあの後、星宮をバス停まで送った俺は真っ直ぐ帰宅したものの、勉強しなければならないという危機感に駆られ、結局午前2時を回るまで数学の復習をする羽目になった。

 このままノンストップで走り続ければHRまでには滑り込めるとは思うが、正直間に合った所で身体が一日持つ気がしない。放課後からは星宮に勉強を教えてもらう予定なので、それまでに何処かで仮眠でも取れればいいのだが……。

 視界が朦朧とするなら、なんとかHR五分前に教室に滑り込む。息が上がる中、最初に目を合わせたのは銀髪の少女だった。


「んっ、頼人っちおはよ〜。今朝はギリギリだね?」


「おはよー美由紀、久々にやらかすとこだったわ……ギリギリセーフ」


「最近はなんだかんだで遅刻してなかったもんね。もしかして頼人っちの癖に夜遅くまで勉強でもしてたとか? まぁ流石にそんなわけ――」


「あぁ、そんな感じ」


「え……、まじ? 冗談のつもりで言ったのに……」


「数学の問題集をちょびっとだけどな。気づいたら午前2時でビビったよ」


「「うそ……」」


 美由紀の後ろからやってきた直人と三谷の二人もUMAでも見るような表情で俺を見詰めているではないか。たまにやる気を出すとすぐこれだ。


「頼人お前……熱でもあるんじゃねーか? 正直昨日、俺達はお前が泣きながら勉強教えてくださいって懇願しに来るのを予想してたってのに、結局なんの連絡もなかったし、なにかあったのか?」


「別になんもねーよっ。大体お前らは人がやる気出してんのに不思議な動物を見るような目で見つめてんじゃねぇ」


 まぁ、確かに今まで勉強して来なかった奴が急に真面目になったら驚くなと言う方が無理があると思うけど、こればっかりはしっかりとテストで結果を出すしかないだろう。


「一応伝えとくけど、ボク達はも含めて、いつでも待ってるからね?」


 一限が始まる前からノートに向かってペンを動かす咲優の背中を指さして、三谷は微笑む。


「あぁ、ありがとな」


 たとえ関わらないと決めていても、俺の事を心配してくれているのは背中越しでも伝わってくる。でもだからこそ、出来ることならテストが終わるまでは四人には頼りたくないので、俺は再び心の帯を固く締めて、自分の席へと着く。


「やってやろうじゃねぇか、一睡もすることなく六限までな――」


 ※


「ってな訳で、丸一日中睡魔との格闘を制したぜ星宮……。後は今からお前に勉強を――」


「馬鹿か君は」


 強烈な手刀が俺の頭部に振り下ろされて、そのまま机に落下する。一日授業に耐え凌いだ俺は、放課後の図書室で彼女と合流した。もちろん体力はもう限界に近い。


「そんな風に自分を追い込んでも何も得られるものはないと思うよ?」


「大丈夫、健康ドリンク三本くらい飲んで繋いでるから」


「それは一ミリも大丈夫とは言わないから」


 再び俺の頭に手刀を落とし、ため息を着く星宮。彼女は呆れながら自分の勉強を進めていく。


「え、教えてくれないのか?」


「そんな身体の状態の人にまともに暗記や計算ができるとは思わない。少し仮眠でもとりなよ」


「いや、俺は全然平気だぞ?」


「私も自分の勉強を先終わらせるから、その間だけでも寝なさい。これは臨時家庭教師からの命令だぞ〜っ」


 ペンを動かしたまま落ち着いた顔付きで言う。醸し出すその空気は言われなくても聞こえてくる。「今集中してるから邪魔するな――」と。


「分かった。星宮がキリのいいところに行くまで寝ることにするよ。終わったタイミンで起こしてくれよな?」


「うん。もちろんそのつもりだから安心して寝ていいよ。おやすみ」


 静かに瞳を閉じて、顔を星宮の方に向けて伏せる。僅かに目を開いて彼女の勉強に打ち込む姿を目に焼きつける。

 真っ直ぐにノートを直視する碧眼と、透き通るような金色の長髪。こうして至近距離で見つめると、やはりあの世界の彼女――シャルを思い出してしまう。何故ならそっくりや瓜二つのレベルではなく、体型から細かい仕草、発せられる声の隅々までそのままなのだから。

 今俺が確信していること、それは彼女が絶対にシャル・ジークフリートの生まれ変わりだということ。

 どういう奇跡が働いたのかは分からない。が、もし仮に彼女が俺を、魔王アレスの生まれ変わりだと気が付いているのなら、もう少し動揺していてもおかしくは無い。

 記憶があるまま転生したのか、身体のみが転生しているのか、どうにかしてそれを確かめなければならない。

 そんな事を考えている内に俺はぐっすりと眠ってしまった。





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