第24話 二人きりの相談

 学校を出て五分も経たないうちに、目的地のバーガー王国は見えてきた。

 店の外にはドライブスルーを利用する自動車の行列が出来ていて、ファストフードの絶大な人気がうかがえる。


「これ、座れるのかな」


 店内の人混みを見てゾッとした様子の星宮は、一歩後ろに下がってしまっていた。


「俺が並んで買ってくるからさ、星宮は先に席を探してくれないか?」


 レジまでの行列を見る限り五分や十分で済むレベルではないので、無理に二人とも並ぶ必要性はない。星宮には無理をせずに座っていてもらおう。


「ううん、やだ」


「……?」


「このまま君と一緒に並ぶから」


 そういうと彼女は一歩距離を詰めてきて、顔と顔の間はもう数十センチ程しかない。


「いいのか? あと何分掛かるかも分からないのに」


「全然いいよ。それより、私あんまり人混み好きじゃないから、さっきみたいにまた腕握っててもいいかな?」


「え? あぁ、どうぞ」


「ありがとう」


(いやいやいや、人混みが苦手なら尚更先に席に着いていて欲しいんだけど……!) っとツッコミを入れたい気持ちを抑えつつ、俺は右腕を彼女に差し出す。

 するとさっきよりもガッチリと両腕でホールドされて、もはや胸が当たっている。こんな状況傍から見ればカップルのそれにしか見えないだろう。


 ――ねぇあれ、すぐ近くの溟星高校の生徒だよね。青春してんねぇ〜


 ――あんな可愛い子と帰り道にデートとか、羨まし過ぎだろアイツ……


 案の定背後から妬みや嫉みの声は聞こえてきて、その度に少しづつ星宮の腕を掴む力が強くなっている気がしてきた。


「ごめん……、くっつき過ぎだよね」


「いや、人混みが苦手なら仕方ないだろ。周りの声なんか気にすんなって」


「そっか、ありがと」


「おう」


 昔からこういう外野の声には耳を傾け向けないように徹するのが一番だということを俺は知っている。

 思えば咲優や美由紀も中学の頃からそれなりに男子からの人気はあったので、毎日一緒に過ごしていた俺や直人には当たりが強い先輩達が多かったっけ。それに比べたら学校外で向けられる誹謗中傷なんて大したものじゃないし、気にする必要な一ミリもない。

 だがまぁ、そんな咲優や美由紀を差し置いて、現在学年一のマドンナとして君臨している彼女――星宮妃咲希が今俺の腕をギュッと包み込んでいるこの状況は一体何処の神様からのご褒美なのだろうな……って疑問はあるんだけど、今は深く考えるのはやめておくことにしよう。

 頭のてっぺんから足のつま先まで、見れば見るほどかつての勇者にしか俺の目には映らないが、ソレは確信が出来た時まで言わないようにと心に決めている。


「ほら、もうすぐ私たちの番だよ? 何食べるかちゃんと決まった?」


「もちろん。ここまで来たらもうアレ一択だろ」


「ふふっ、多分私たち同じこと考えてるね」


「あぁ。というか、ソレがこの店の看板メニューだからな」


【次のお客様は前にどうぞ】っと店員に手招きされて、いよいよ俺達の番がやってきた。堂々と店員と向かいあって、星宮と声をシンクロさせる。


「「特大バーガーのセットを二つで! ドリンクはサイダーで!」」


 多分お互いに「傍から見ればバカップルにしか見えないなこれ……」っと後から若干後悔したりしなかったり。


 ※


 特大バーガーセットを受け取って空いている席に着いた俺達は、とりあえず両手を合わせた。


「「いただきます」」


 セットのポテトを摘みながら、サイダーを口に放り込む。


「並んだかいがあったな」


「うん。美味しいっ!」


 星宮はその後も豪快にハンバーグ十枚重ねの特大バーガーを口いっぱいに含んで幸せそうに頬張る。


「それで? そろそろ本題だけど、友達となにかあったの?」


「あぁ……、そうだな」


 俺は食べながらここ数日間の出来事を彼女に事細かく全て説明した。もちろん咲優の許可を得ていないので、関係者ではない彼女に話すか否かは最後まで迷ったが、話さなければ相談にならないのでこれはやむを得ないと思う。


「ふーん、要するに君がモテモテな自慢話を聞かされてるのっ? 私」


「はぁ!? いまのちゃんと聞いてました!? 俺は結構真剣に咲優の件と中間テストに板挟みにされて参ってるんだよ。あとモテモテじゃない」


「ふふっ……冗談だよ冗談。君の焦った顔が可愛いから、少しからかってみただけだよ」


「勘弁してくれよなぁ……」っと俺が肩を落としているというのに、星宮は嬉しそうに微笑んでいる。


「でもそっか、赤毛の子は君の事が好きだったんだね」


 まるで以前から咲優の気持ちを分かっていたかのような口ぶりで星宮は頷いた。


「もしかして知ってたのか?」


「ううん、そんなわけ。でも、初めて食堂で顔を合わせた時から、そろそろ告白するんだろうなぁ……とは薄々思ってた」


「それってつまり……勘?」


「違う違う。思春期の乙女にはがあるんだよ――」


「通ずるもの……?」


「そう、そしてそれは男の子には絶対に理解出来ないことなの」


「そういうものなのか……」


「そういうものなのっ」


 男には理解出来ないらしいので、考えるだけ無駄なのだろうが、俺よりも先に星宮が咲優の気持ちに気が付いていたのが少しだけ悔しくもあり、なんだか複雑な気持ちだった。


「それで? 告白の返事はどうするつもりなの?」


「いや、それをここで言うわけないだろ」


「え〜、言わないんだ」


「そもそもまだ答えを出してないからな。そして――」


「その答え次第ではグループの輪に亀裂が出来ちゃうかもしれないから怖いんでしょ?」


「…………」


 ふざけているかと思ったが、星宮はちゃんと俺が一番恐れていることに気が付いている様子だった。

 そう、最悪の結末は、今の関係がなくなってしまうことだ。今朝彼女と二人で登校した時、『これからも何が起きようと、五人の仲は不滅だから』って決めたばかりだというのに、正直俺にはその自信がない。

 それは告白の結果に関わらず、返事をした後、本当に今まで通りに接する事が出来るのかどうかの心配だ。


「そんなに心配しなくてもいいと思うよ?」


「え……?」


 考え込むうちに開きっぱなしだった俺の口の中に、熱々のポテトが放り込まれた。


「……っ!?」


「そんなに悪い想像ばかりしてたらさ、本当にそうなっちゃうと私は思うかな」


「星宮……」


「君が彼女に言ったんでしょ? だって。それなのに君が怖がってたら今もその言葉を信じて頑張ってる彼女に失礼だと思う」


 こんなに返す言葉が出てこないのは生まれて初めてだった。


「もちろん返事を決めるのは君自身の問題だから余計な言葉は挟まないけど、どんな形で終わっても、君は彼女よりもいつも通りでいなきゃ駄目だよ。彼女が告白したことを後悔しないように――」


「あぁ、そうだよな。俺が迷いを見せたら絶対ダメだよな」


 今までネガティブな思考になっていた自分を殴りたくなってくる。

 今一番不安を抱えているのは咲優の方なのに、俺はなにを迷ってんだ……。真っ直ぐに彼女の気持ちに答えてあげなきゃ、それこそ約束を破る事になるし、最悪の結末を招くことになる。


「ありがと星宮。俺、なんか近くの物が全然見えてなかったよ」


「ううん、私の方こそ外野の身分で偉そうな事言ってごめんね……? 別に説教がしたかったわけじゃないんだ」


「もちろんわかってるさ。おかげで大事な事にも気が付けたし、感謝してる」


「それならこうして相談にのった甲斐が少しはあったみたいだね。問題は残るけど」


 そう、彼女からのアドバイスのおかけで咲優の返事についてはしっかりと考えることが出来そうなので、あと残る問題は一つのみ。


「咲優抜きでどうやって赤点を回避するか……なんだけど、こればっかりはもう俺の頑張り次第になるからな」


 お互いに綺麗に食べ終わった所を見計らって、俺は両手を合わせた。


「ご馳走様っと。遅くなる前に送ってくよ」


 立ち上がり出口方を指すと、グッと強引に腕を引っ張られ再び椅子に着地することに。


「星宮?」


「……終わってない」


「……え?」


「だからまだ話は終わってないから」


 頬を紅く膨らませ、不満げな顔で視線を逸らしている。


「え……あぁ、でも相談ならもう十分乗ってもらったし、後は俺の――」


「私が勉強を教えてあげる――」


「え……、はい?」


「私が君の勉強を見てあげるって言ったの」


 まるで想像もしていなかった発言に、正直自分の耳を疑ってしまいそうになる。


「……いや、流石にそこまでま迷惑かけられないって言うか」


「なに、入学試験首席の私が教えてあげるって言ってるのに、君、もしかして不服なの?」


「んなわけねえだろ……!? むしろその逆って言うか……なんていうか……っ」


「逆……? さっきから君なんか変だけど、どうかしたの?」


 違う、今こうして向かい合うだけでも緊張して心拍数が加速していく一方だと言うのに、二人きりで勉強だなんて身体と意識が絶対に違う方に向いてしまうだろう。正直その状況で俺は自分自身を抑えられる自信がない。


「い……いやだから、俺のせいで星宮の順位が下がったりでもしたら申し訳なくて切腹したくなるし、逆に頼めないよ」


「なんだそんなことか、心配要らないわよ。それが丁度良いハンデになるし、私そこまで順位に固執してるわけじゃないから」


「そうなのか?」


「えぇ。まぁ確かに一位取れればいいなぁ……とは思うけど、別に取れなくても誰にも文句は言われないし、言わせない」


 星宮は一切の曇りがない瞳でそう言い切った。確かに入学試験首席という称号は俺が思う以上に凄い事なのは間違いない。

 なんせ中学の頃はテスト無双していたあの咲優ですら七位だと言うのに(もちろんそれも凄いことなのだが)、その彼女を凌いで堂々の一位に君臨している星宮は怪物を超える怪物。もはや俺の想像が及ぶ領域ではない。


「じゃあ、そこまで言うのならお言葉に甘えようかな。結構本気で勉強がヤバいのは事実だし、俺も手段は選んでられないから」


「へへっ、そう来なくちゃ」


 今度こそ二人同時に立ち上がり、宜しくを込めた握手を交わす。星宮はニヤリと満足気な笑みを浮かべていて凄く可愛いが、俺に勉強を教える事を後々後悔しなければいいのだが。


 こうして中間テストまで残り一週間半、俺と星宮の二人きりの勉強会は開始された。






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