第22話 赤点の未来しか見えない

 六限の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


「よーし、次回の授業までに本文の感想文を完成させて提出出来るようにしとくんだぞ〜」


 未だ名前すら知らない現代文の担当教師は、あくびを浮かべながら教室を去っていく。

 六限という最も過酷な時間帯に最も眠気を誘発する授業をしておいて、どれだけ勝手な教師なんだか。

 とりあえず帰りのHRが始まるまでは机に伏せて身を休めようとすると、背後から肩を叩かれた。


「珍しく六限まで起きてたじゃねぇかよっ」


 大体の心当たりはあったが、振り返るとニヤついた笑みを浮かべた直人が立っていた。


「やっぱ咲優抜きでテストに挑むから気合い入れてんのか〜?」


「まぁ、そんなとこだけど?」


「ほぉほぉ、お前が二週間前からテストの事を考えてるなんて、明日は確定だな?」


「言ってろアホ」


 雨どころじゃねぇわ。っとツッコミを入れたい気持ちを抑えつつ、俺は直人から視線を外す。

 まぁ確かに、中学の頃の定期テストは毎晩一夜漬けで乗り越えてきたこの俺が、二週間も前からやる気を出すのって正直自分自身でも怖いくらいだ。


「ちなみに、今日もオレたちはこの後ファミレスで勉強会するみたいだぜ?」


「へ〜……、そっか」


「お前にはテスト終わるまでは関わるなと言っておいて、中々酷だよな、咲優のやつ。まぁ言い出しっぺは美由紀の奴だけど」


「全然酷でもなんでもねぇよ。告白した奴にまだ答えも貰えてないってのに、一緒にテスト勉強なんか出来る訳ないだろっ。そんなの集中力がかき乱されるだけだ」


「…………」


「だからお前も早く俺から離れてろ。今から勉強会する相手は俺じゃなくてあっちだ――」


 教室後方のロッカー前で荷物を出し入れしている咲優と美由紀を指さして、俺は直人を追い払う。

 まぁ、逆だったら嫌だよな。告白の返事を貰ってないやつと一緒に勉強とか……、気まず過ぎて捗るわけがない。そう自分に言い聞かせて、俺はHRが終わるまではこのまま伏せて、目と耳を塞ぐことに徹することにした。


 ※


 やがて教室からあらゆる音が消えていき、間違いなく自分一人になった所で、俺は顔を上げた。時刻は15時20分。


「さて……、俺もそろそろ行きますか」


 ゆっくりと立ち上がり教室のドアを静かに開ける。

 このまま真っ直ぐ家に帰ってもいいのだが、俺は自分の部屋では勉強が捗らないタイプなので、出来れば何処かに寄り道してゆっくりと自分のペースで勉強がしたい。そんなことを考えていると、廊下の先の図書室が目に止まった。

【夕方19時まで解放】と書かれているので、まだそれなりに時間はあるし、ファミレスやカラオケとは違って料金も掛からない。


「こんな近くにこんな便利な場所があるんだな……」っと呟きながら、扉をガラガラガラッと開けて中に入る。

 一歩踏み込んだ途端に古本屋の独特な匂いが鼻を刺激して、不思議と身体が落ち着いていくのを肌で感じる。

 放課後の図書室には常に図書委員会の生徒が居るのがお約束だが、辺りを見渡す限り俺以外の生徒の姿はなかった。


「まぁ、図書委員だってテストが近けりゃお家に帰って勉強したいわな」っと苦笑しながら、俺はテキトーに選んだ席に着いた。


 鞄から数学Iの問題集を取りだし、ただひたすらに解いていくことに。


「えーっと、因数分解……絶対値……解の公式に判別式……覚えること多すぎだろッ!」


 誰も居ない図書室に俺の嘆き声が響き渡る。

 そもそも単元が多すぎて全然頭に入らないし、それぞれの公式が頭の中であやふやになってしまう。

 自分一人で中間テストを乗り切ると決めたばかりだと言うのに、まるでペンが進まない。

 いっその事別の教科の勉強に移って気分転換でもしてみるかと考える、が、一つの事すらやり抜けない奴が複数の作業をこなせる訳がない。今は分からなくても、イライラしても、一度始めたこの数学を諦めたくない。その気持ちが俺の中で揺らぐことはなかった。

 そこから先はひたすら問題を解き続け、解答と示し合わせて採点をして、それを何度も繰り返した。身体に公式が染み付くまで。


「やべぇ……ここで睡魔かよ……。こんな調子じゃ赤点の未来しか見えない……な」


 一時間半が経つ頃には段々と視界が狭まっていき、気が付けば消しゴムのカスだらけの問題集の上に、顔をつけてしまっていた。

 まぶたを下ろす直前、曇りがかる視界の奥に一瞬だけ金髪の少女が見えた気がしたが、おそらくこれは幻覚なのだろう。
















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