第21話 友達だから、友達を辞める

 一限目を終えた後、俺は事前にメールを送っておいた三人と放課中に落ち合うことに。


「はぁ!? さゆっちと友達をやめたァ!?」


 体育館倉庫の中に、美由紀の大声が響き渡った。


「うっさいぞ美由紀……、本人は居ないんだからもっと声のボリューム落とせよな」


 両手で耳を抑えながら、三谷は軽蔑の眼差しを彼女に向ける。


「うっさい三谷、普通にヤバいことなんだから仕方ないでしょ!? 文句あんの!?」


「文句しかないって言ってるのがなぜわかんないかなぁ?」


「まぁまぁ少し落ち着け二人とも。俺はあの後に告白されたことすらビックリだけど、次の日に友達やめるって……どういうことなのかさっぱりわからん。とりあえず頼人が全部話すまでは黙って聞いてようぜ?」


 睨み合う二人の間に割って入ったのは直人だった。冷静に状況を判断して俺に話を続けるよう促す辺り、流石は親友だな……ついつい感心してしまうが、生憎今はそれどころでは無いので、お言葉に甘えて話を続けさせてもらうことに。


「まずはその、友達やめよ……って言われたことについてなんだけど、その後にちゃんと続きがあるんだ。聞いてくれ」


 俺はもう一度、二時間前の登校時の会話を全て思い出す。


 ※


『ねぇ頼人、今から私と友達やめよっ?』


「え……っ?」


 ただでさえ昨日の夜に告白受けたばかりで気持ちの整理もついていないというのに、それはあまりにも唐突過ぎたお願いだった。


「えっと……咲優、冗談だよな?」


「冗談なんかじゃない、本気だよ」


 いやいやいや、昨日告白してきたばかりの相手に友達やめよなんて言われるシュチュエーション世界中何処を探したら見つかるんだよ。


「頼人、私ね、先生と入学当時から色々話してることがあるの」


「篠塚……先生?」


「はぁ……頼人。篠塚将司しのづかまさし先生。いまの私達の担任の人だよ」


「あ〜……そういばそんな人いたなぁ」


 確かにその名は何度か耳にした記憶がないこともないが、正直顔が思い浮かばない。

 この学校に入学してからもう二週間が経つが、俺は未だにクラスメイトの名前は殆ど覚えていないし、教師なんか一人も顔と名前が一致しない。そもそも俺は人との関わりがあまりに好きな性格ではなかったので、気を許した数少ない友達が居れば、他からどう思われようが正直構わないのだ。


「どうせ頼人のことだからまだ名前すら覚えてないんでしょ?」


「ははっ……やっぱ咲優にはバレてるかぁ」


「あんまり良くないと思うわよ? もう直ぐ入学して一ヶ月が経つんだし、二年になっても私や直人達と同じクラスになれるとは限らないんだから。というかなれる可能性の方が少ないと思うわ。先生はともかく、友達くらい増やしとかなきゃ」


「一応その時が来たらちゃんと考えるつもりではいるよ。俺は今に生きる男子だからな?」


 屁理屈を言って誤魔化すと、不満げに頬を膨らませる咲優。


「またそんなこと言って、後から後悔しても知らないわよもう……」


「まぁ、それはそれとして、その篠塚先生とやらの話を続けてくれよ?」


「あっ、そうだった」っと、気を取り直したように咲優は緩んだ表情の帯を締める。


「入学当初、クラス分けが決まった頃から篠塚先生に入学試験の得点が良かったって褒められてるの」


「入学試験の結果……でもそれって確か――」


「うん。頼人も知ってる通り、入学試験は合否の結果に関わらず、受験者に得点が伝えられることは絶対にないの」


 いくら馬鹿な俺でも流石にそれくらいは耳にしたことがある知識だった。とはいえ俺のように鼻から合格する事だけを目標を置いている受験者は結果のみにしか注目がいかないので得点を気にすることはまずない。しかしその一方で入学後の順位や進学クラスを目指す生徒も少なからず居るわけなので、彼らからしてみれば得点が教えられないのはそれなりに不安の要因になっていることだろう。


「でも褒められたって言ったよな……、もしかして咲優、得点を教えてもらったのか?」


「ううん。流石にそれは駄目だから、代わりに順位を教えてくれたんだ」


「順位……?」


「そう、これは皆あんまり知らないけど、順位なら聞けば教えてくれるみたいだよ? それで自分で言うのはなんだか恥ずかしいけど、私全体でだったんだって」


「いや、めっちゃ凄いことじゃん。だってそれって進学クラスに所属しても安定してやっていけるってことだよな」


「まぁ……一応そうなるのかな? 入学前にも事前に連絡が来て、「進学クラスに所属しませんか?」って確認されたからね。もちろん断ったから今皆と同じクラスになれてるんだけど」


 第一学年300人のうち、進学クラスに所属する権利が与えられるのは上位三十名とその後ろの予備候補生数名に分けられる。予備候補生は上位三十名の中から進学クラスへ所属することを望まない生徒が現れた場合のみ、順位が高い生徒順に教師から呼び出され、一年間授業ペースが速い中で頑張れるか否かを問われるらしい。


「だから二年進級時からでもいいからやっぱりを目指してみないかって、勧められたの」


「そっか、でも咲優がそれを本気で目指せば、今年ギリギリで進学クラスに滑り込めた生徒達はが濃厚になってくるってのに、学校側も中々酷なことするよな」


 そう、一度進学クラスへの所属を断ったからといって、もう二度と入れない訳ではない。

 一年間トータルの成績が三学期末に30位以内に入っていれば、その時点で進級と同時に進学クラスに所属することが出来る仕組みになって、それはつまり降格があることも意味している。


「まぁ、あくまで学校側は勧めてるだけのつもりだから強制ってわけじゃないんだけどね……。それにいくら入学試験で七位だったからって、進学クラスは授業のペースが桁違いに速いのに対して、私は今年一年間は普通科の授業を受け続けなきゃならないから、三学期頃には進学クラスの誰にも及ばなくなってる可能性の方が大きいのにね」


 俺も何度かは聞いた事があるが、咲優の言う通り進学クラスは教科書から授業ペースまで何もかもが他のクラスとは異なるので、生半可な気持ちで所属すれば直ぐに勉強について行けずに落ちこぼれになるとか。


「それで、肝心の咲優の気持ちは……っていうより、実際もう決めてるんだろ?」


「やっぱり頼人にはお見通しなんだね」っと咲優は苦笑する。

 結局の所彼女自身がしたい方、進みたい道を選ぶのが一番だと俺も思うし、「テストが終わるまで友達をやめる」と言った時点でなんとなく察しはついている。まぁ、どっちを選ぼうが応援するのには変わりが無いので、頑張れ。っと背中は押してやるつもりだが。


「私目指そうと思うの、進学クラス。自分が何処までやれるのかをちゃんと知りたい」


「おう。なら俺はそれを応援するだけだな。どんな形であれ、咲優を応援する。だからテストが終わるまで、喜んで友達だってやめてやるさ」


「でも私が自分の勉強に力を注いだら、頼人の勉強は見てあげられないし、補習になるかもしれないのに。それでもいいの?」


「いやいや、俺だってたまにはちゃんとやれる所を見せてやるよ。足でまといにはなりたくないからな」


「ほんとに大丈夫なの……?」


 「心配すんなって。二週間、俺の事は友達でもなんでもない奴だと思ってくれて構わない。その代わりお前は出来る事をしろよな。全力で」


 俺という重りが足枷となることで、彼女の力を半減させているのなら、喜んで友達だって辞めてやる。それが真のだと思うから。

 そうして俺と咲優は学校の門を潜った後、笑顔で別れを告げて、別々の階段から教室へと向かった。


 ※


 「ってなわけで、別に絶交した訳じゃないからな」と、事の詳細を説明し終わると、何故か三人とも話の序盤よりも不機嫌そうな表情を浮かべていることに気がついた。


「なによそれぇ……心配して損したんだけど」


「ボクも珍しく美由紀のバカと同感かなっ」


「まぁ、思ってたよりは深刻じゃなくてほっとしたぜ」


 直人はともかく美由紀と三谷の二人はシラケた眼差しで俺を見詰めているので、おそろく想像していたよりも深刻じゃない事が不満……なのだろうか。


「いや、お前らは一体何に期待してんだよ」


「「そりゃあもちろん、気まずさドロドロな展開だけど?」」


「うん、お前らシニタイらしいな?」


「「ヒェェッ」」っと悲鳴をあげて直人の後ろに隠れる二人。まぁアホは放っておくとして、


「そういうことだから直人、俺は二週間はアイツの勉強の邪魔できねぇし、なるべくお前らの輪に入り込まないようにも努力するから、何かあったら上手くフォローし合えよな?」


「頼人……、お前は勉強どうするつもりなんだよ?」


「まぁ、それは今から考えるんだけど……、高校一発目の定期テストくらい、一人で乗り切ってやるさ――」


 こうして予想外の展開が続く中、テスト初日まで残り二週間、俺一人きりで挑む絶望的な試験勉強が幕を開けた。






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