第20話 決断とお願い

 エレベーターを使いエントランスまで降りると、ウチのポストのダイアルロックを回す咲優の姿があった。

 俺に気が付く様子がないので、肩をトントンっと叩くと、「……きゃッ!?」っと声を上げて瞬時に飛び退いた。


「なんだ頼人かぁ、もう! ビックリさせないでよね!」


「いや、咲優の方こそ勝手に人の家のダイアル回してどうしたの?」


「え? あ〜……それはね、ほらっ、やっぱりダイアルがあったら解除したくなっちゃうじゃない? もちろん本気で解除出来るとは思わないけど」


「なるほど、確かに暗証番号とか数字を打ち込む物を見ると、興味本位で回したくなるのが人間の心理だよな」


「そうそうわかる!? だけど勝手に人の家のを回しちゃったのはやっぱり怪しすぎだよね……ごめん頼人っ」


 両手を合わせてウインクする姿は、いつもの彼女となんら変わらないように見える。


「別に咲優なら俺も構わないさ。それよりほら、行こうぜっ?」


 学校までの道のりを指さして、肩を並べて歩き出す。


「正直、朝はいつも皆別々に登校するから、ビックリして急いで着替えてきたんだぜ?」


「やっぱそうだよね。昨日からその……色々と迷惑かけてごめん」


「いやいや、別に謝る必要はこれっぽっちもないさ、むしろなんだか懐かしかったし」


「懐かしい?」


「あぁ。咲優が初めてウチのエントランスに訪ねてきた時の事を思い出したんだ」


「初めってって……もしかして小学五年の時のこと?」


 不思議そうな表情を浮かべて、咲優は俺の瞳を覗き込む。


「そう、俺たちあれからもう四年も経つんだぜ? ちと早すぎるとは思わね?」


「うん、まるで昨日の事みたいよね。私と頼人が出会った日」


「今となっては女子力高過ぎの咲優さんも、俺の顔面を躊躇なく殴ってたもんな?」


「もぉ……! からかわないでよ! あれは今でも時々思い返して後悔してるくらいなんだから……!」


「そうなのか?」


「うん。だって流石に顔はやり過ぎだし、もし頼人の顔に傷とかが残ってたら今頃こんな風に友達になれなかった可能性もあるから……」


「いやいやいや、流石にそれは大袈裟だろ」っと苦笑する。

 確かにあの時は一時的に頬が腫れ上がってそれなりに激怒していた記憶があるが、所詮は小学五年生のパンチ力、武器でも使わない限り生涯残り続ける傷を刻み込める訳がない。


「確かに大袈裟かもしれないけど、当たり所が悪かったらほんとにどうなってたか分からないよ。終わった後でならなんとでも言えるもん」


「まぁ、それも確かにな。けど、もし仮に傷が残っていたとしても、多分俺と咲優は友達になってたと思うよ」


「……何を根拠にそんな事が言えるの?」


「だってお前は咲優だからな。あの時も俺の事を心配して殴られる覚悟で訪ねてきたくらいだし、傷が残るようなら間違いなく責任感じて通い詰めに来たろ?」


「…………」


 返答はなかった。が、その不満げな顔を見る限り、おそらく図星なのは間違いないだろう。

 正義感が強い人間ほど物事を失敗した時や他者を傷つけてしまった時に感じる罪悪感は強くなると聞いた事がある。

 失敗や挫折を重く受け止める事は決して悪いことでは無いが、自分を責め続けるということはそれだけ身を滅ぼす危険性があるわけで、出会ったばかりの彼女はまさに典型的なバカ真面目が印象の少女だった。

 しかしそんな彼女も俺や直人、美由紀や三谷と過ごす時間が増える毎に良い意味で悪知恵や力の抜き方を知っていき、今では当時の面影すら残らないほどに活き活きとした明るい色に染まっている。


「だからあまり深く問い詰めなくていい。どうせ俺たちは友達になってたし、これからも何が起きようと五人の仲は不滅だから」


「……うん、ありがと」


 少しだけ曇りがかっていた表情に普段の明るさが戻り、咲優はにっこりと微笑んだ。


「そういえば咲優、さっき話したい事があるって言ってたけど、もしかして今の話だったのか?」


「ううん! 今のとは別件……なんだけど、なんだか今ので迷いが消えた気がする」


「迷い……?」


「うん。昨日あの後ゆっくり考えたの。もし告白の結果が悪い結果になって、そのまま五人の関係が終わっちゃったらどうしようって。正直不安であんまり眠れなかった」


「そうか……」


「だけど私たちの仲は不滅だって、いま頼人が言ってくれたから――今私がを正面から言おうと思う」


 なにかが吹っ切れたかのように、咲優は「よし!」っと拳を握る。その真っ直ぐな瞳を正面から向けられたからには、内容がなんであれ俺は彼女のとやらを、全力で応援してやらねばならない。


「……おう! ドンと来いよな!」


 胸に手を当て決意を固め、横を向く。


「あれ……?」」


 しかし肩を並べて歩いていたはずの彼女はいつの間にか横から居なくなっていて、慌てて振り返ると十メートルほど後方で立ち尽くしたまま、制服のスカートを強く握った姿が目に映った。


「咲優? どうかし――」


「ねぇ頼人、今から私とやめよっ?」


「え……っ?」


 それはあまりにも唐突で、胸を激しく痛めつけられているかのような、残酷なお願いだった。
















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