第19話 孤独感
朝6時20分、いつもより僅かに早く目が覚めて、ゆっくりと身体を起こす。
「やっぱりこういう時だよな……稀な日って」
普段は年がら年中アラームの助けがなければ決して起きられないというのに、年に一度か二度はこうしてアラームよりも先に目覚めてしまう事がある。
あまりに稀な出来事なので、何故起きたのかを考えることすら忘れそうになるが、俺はその事象がどんな時に起きるのかを知っている。
この事象は良くも悪くも自分の想像を超えた出来事に直面した直後に訪れる。
そう、俺は昨日――
「咲優に告白されたんだよな……」
一晩眠ると、改めて事の大きさに気付かされてしまう。なんせ小学五年のあの日から、誰よりも過ごす時間が長かった彼女に友達以上の関係になりたいと言われたのだから。
もちろんその気持ちは嬉しいことだし、出来ることなら彼女を悲しませるような選択を取りたくない。しかし俺の返事次第では悲しませる所か、これまでの関係性が一瞬で崩壊してしまう可能性すらある訳で、そうなればいつもの五人で過ごすことはもうなくなってしまうかもしれない。
「これは結構本気でピンチだな……」
最悪の想定を思い浮かべつつ、俺はベッドから立ち上がりフラフラと洗面台へ向かう。
パシャパシャとぬるま湯を顔に浴びてから歯を磨き、カッターシャツに腕を通してリビングへ。
「おはよ〜」
誰も居ないリビングにそう問い掛けてから、台所で冷蔵庫を開き、林檎ジャムとバターを取り出す。トースターに食パンを二枚セットしてタイマーをスタート。
パチパチと音を立てながら徐々に狐色になっていくパンを眺めていると、どこか孤独感に苛まれていくのを感じる。
そう――現在俺はかつて家族四人で住んでいたマンションで訳あって一人暮らしをしている。
暮らしにかかる費用は全て離れた県に住む両親が支払ってくれるので、何不自由なく生活を送れているが、時折訪れる寂しさにはやはり慣れなそうにない。
朝は可愛い妹が部屋まで起こしに来てくれて、洗面台に向かえば父が髭を剃っていて、リビングに行けばテーブルに母の手料理がずらりと並ぶ。そんな一般的な家庭像の中でぬくぬくと暮らしていた頃が俺にもあって、いつかまた同じような生活を送る日が来る事を楽しみに待ち望んでいるのが本音だ。
そんな理想を思い浮かべているうちにチンッ――とパンが焼き上がる。焦げかけた二枚のパンを取り出してナイフでジャムとバターを雑に塗って口の中へと放り込む。
ザクザクと噛み締めていると、机に置いたままのスマホが震えていることに気が付いた。
「電話か……、って、まじか……」
こんな朝から珍しいと思いながらも手に取ると、画面には【sayu】と表示されていて、直ぐに全身が鳥肌に包まれる。
正真正銘、昨晩告白を受けたばかりの彼女からの電話だった。
「昨日告白したばかりの相手に朝一番で電話とか、一体どれだけ太いメンタルしてんだよ……」っと、彼女の無敵メンタリティに感服しながらも、恐る恐る応答することに。
【あ、おはよ咲優。ご飯食べてて直ぐに出られなかったわ、わりぃ】
【え、あ〜……うん。おはよ頼人。私は全然大丈夫。今って少しいい?】
【あぁ、いいけど、朝からなんて珍しいよな?どうしたんだ?】
【うん。昨日の事でちょっとだけ話がしたくて、今頼人のマンションの下にいるんだけどさ、一緒に登校しない?】
【え……? おう勿論! そういう事なら直ぐ降りるわ!】
【うん……! それじゃあ待ってるね!?】
【…………】
【…………】
【ら、頼人……? 電話切らないの?】
【え? あ〜ごめん! 切るわ!】
プチンッと電話を切って俺は深く息を吐き出す。
「いやいやいやいや! なんだよこれ、気まず過ぎるだろ!」
昨晩寝る前までは、どこまでいってもずっと過ごしてきた間柄なんだし、気まずい空気になる訳がないと鷹を括って眠りに着いたが、全然そんな事はなかった。
もう身体が異性として彼女を意識しちゃっていて、声を聞いただけなのにも関わらず全身の至る所が力んでいるのを肌で感じる。
正直このまま逃げてしまいたいくらいだが、既にマンションの下にまで来ているらしいし、黙って立ち去ればこの後どんな目に遭うか想像しただけで恐ろしいので、バタバタと荷物を鞄に詰め込んで、俺は急いで自宅から飛び出した。
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