第16話 立花咲優という少女2
――無関係な赤の他人の机を蹴り飛ばす必要が何処にあったのか……と、彼女にそう問い質されて俺は返す言葉が見当たらなかった。
というか見当たるわけが無い。
いくら前世で魔王という卑劣で傲慢な地位に立っていたからと言って、俺にも最低限の通すべき筋や義理人情はあるつもりだから。故に今の行いが許されるものでは無いことくらい重々承知している。
「おい。その……、あの机の使用者は今どこにいるんだよ……」
「……ん」っと憎たらしい顔で人差し指を向ける先には、教室の隅で一人存在感を消している少女の姿があった。前髪が顔を殆ど覆っていて表情は一切見えないが、とりあえず声を掛けててみることに、
「おい、お前――」
「は……はいっ」
何冊かの教科書を抱え込み、肩を震わせて怯えた様子の彼女に目を合わせる。
「お前の机……いきなり蹴り飛ばしたりして悪かったな。内心では恨みまくってるだろうし、別に許してくれとは言わねぇけど」
「あの……全然私は恨んでなんていないですから、お気になさらないでください……!」
首を必死に左右に振りながらぎこちない笑みを浮かべる彼女は、きっと俺に気を遣ってくれているのだろう。無関係の被害者が理不尽に危害を加えてきた加害者に気を遣うだなんてお人好しにも程がある気がするが……。
「……そっか、ありがとよ」
その優しさを素直に受け取らないのも彼女に少し申し訳ないので、一先ずお言葉に甘えることに。
「よし、謝罪は終わった。立花咲優、これでやっと――」
お前と喧嘩の続きが出来る――。そう確信して彼女と向き合った刹那、教室前方の扉がドン――ッ! と勢いよく開かれて、瞬時に俺は身構えた。
「……? どうしたお前たち、何かあったのか?」
入ってきたのはこのクラスの担任と思える男のようで、静まり返る教室内を目の当たりにして、全く状況が理解できていない様子だ。
そして当然、殆どの生徒が外周で息を潜める中、その中心で向かい合う俺と彼女に視線が移るのは必然で、
「おい、お前たち二人。話は後でじっくり聞くから、とりあえず廊下に出てなさい」と、結局彼女をぶちのめすことは叶わず、授業開始の鐘と共に俺達二人は職員室に連行されることとなった。
※
俺と立花、お互いの担任と学年主任を加えた計五人で行われた事情聴取と話し合いは放課後になるまで続き、夕方16時頃にようやく判決が下された。
結論から言えば俺は二週間の謹慎処分となり、その間一切の外出行為が禁じられることに。
まぁそれ自体は予想はしていたことなのだが、
「先生ッ! 謹慎処分なんて私は望んでません! 怪我だってしてないし、今回は厳重注意で終わらせてあげて下さい……ッ!」
予想外だったのは立花咲優が最後まで俺を庇っていたこと。彼女の訴えがなければ俺の謹慎期間は最長三ヶ月まで伸びていたらしい。
とはいえ彼女にやられた事に対しての憎しみが俺の中から消えたわけではないので、謹慎処分が終わった後に直ぐに襲い掛かることを心に決めて、自宅でのんびりとゲームざんまいの日々を楽しむことにした。
※
謹慎生活が始まって三日が経つ頃、暇だ暇だと思われたその生活は案外悪くなくて、ちょっとした長期休暇かのように俺は満喫していた。
普段は朝6時半には起床して準備に追われているが、最近は10時を過ぎた辺りで勝手に目が覚めるのでストレスの元となるアラームをセットしなくていいし、両親に渡されているクレカで自由に出前を取ることが出来る。
【はい、こちら爆速ピザです。ご注文をどうぞ】
「えーっと、この『爆量チーズのバカでかピザ』を一枚お願いします。セットドリンクはサイダーで、デザ――」
【かしこま……ピー、ピー】
爆速ピザと名乗るだけあり、注文してから爆速でピザを焼き出しているので、デザートの『爆甘プリン』を頼む間もなく電話はいつも店の方から一方的に切ってしまう。
「これ……デザートの注文出来てるやつ全国に何人居るんだよ……」と苦笑しながら俺はリビングのソファにもたれ掛かり、最近買ったばかりのソフト『勇者の伝説III』に没頭しながらピザの到着を待った。
(カチカチ……カチカチ……カチカチ)
段々とコントローラーのボタンを押す度に自分は今何をやっているのだろうか、もっとやるべき事があるんじゃないか……と、言葉に出来ない憂鬱さが時折全身を襲う。
それは例えるなら、夏休み最後の一日のような気だるさ。
「いっその事、やっぱ三ヶ月間謹慎にしてもらえばよかったかもな……」
正直最初は三ヶ月間もクラスを離れれば友達も離れていき、登校する日には一人ぼっちになっているかもしれないことに恐れていた。しかし今はこの二週間の生活を出来るだけ長く続けていたい、たとえその後に友達が一人も居なくなった生活が待っていても構わないから――と、“誘惑”という名の深い沼に完全にのめり込んでしまっている自分がいるのも事実だった。
「もう、なんでもいいか」
(ピーンポーン)
底知れない沼から抜け出す事を諦めかけていると、インターホンが鳴り響いた。
「おっ、流石は爆速ピザ」
俺は都内の15階建てマンションの12階に住んでいる為、1階のエントランスに配達員が到着した場合はオートロックを解錠してあげなければならない。至急ゲームをセーブして駆け足でエントランスの中継画面を覗こうとすると、そこには明らかにピザ配達員の服装ではない少女が一人立っているのだが、咄嗟に応答ボタンを押してしまう。
『あのー、ここって西島頼人君の部屋で間違ってないですか?』
黒い帽子を被っていてカメラ越しでは分かりずらいが、白いパーカーを着た赤髪の少女は確かに俺の事を知っている様子だった。
「えっと、そうですけど、誰ですか?」
怪しい勧誘かもしれないので慎重に身構えて敬語で尋ねてみると、俺は直ぐに敬語を使った事に後悔した。
『え? 私だよ。その……立花咲優。制服じゃないし帽子被ってるから分かりずらいとは思うけど……』
「は……?」
人間は全く予測していなかった事態を目の当たりにした時ほど脳の処理が追いつかずに固まってしまう時がある――。まさに今、カメラ越しのエントランスで佇んでいる彼女を見て、俺にも同じ事が起きてしまっていた。
「は……?」
※
『立花咲優という少女3』に続く。
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