第17話 立花咲優という少女3

「は……?」


 二週間の謹慎処分。元を辿ればその要因ともなった彼女――立花咲優が突然尋ねてきて、俺の頭は軽いパニック状態に陥っていた。

 というかなぜ……?

 学校にいるはずなのにどうしてここに?

 なんで俺の住所を知っている……?

 聞きたい事が山ほどあるが、とりあえず今はこの状況をどうしたものか。


『あの〜……、私がこう言っていいのかも分からないけど、大丈夫?』


「お前――煽ってんのか?」


『いやいや違うから! 私はそんな趣味が悪い事しないし』


「じゃあ何しに来たんだよ、俺は暇じゃない。用がないなら今すぐ帰れ」


『うーん、確かに用件という用件はないんだけど、別にあなただって忙しくはないはずでしょ? 謹慎処分で自宅待機中なのに暇じゃないわけないし』


「てめぇな……」


 つくづく鼻につく女だった。

 一体誰のせいでこうなったと思ってる……と言いたいのは山々なのだが、無関係の人間を巻き込んで謹慎になったのは事実なので、返す言葉がない。


『とりあえず一旦、あなたの部屋にお邪魔させなさいよ。このままここで会話を続けても他の住人さんが来たら迷惑になるでしょ?』


「お……おう、そうか。っじゃねぇわ! なんで俺の部屋にお前なんかを招き入れなきゃ行けねぇんだよ、ふざけんな!」


 しかし彼女の言う通り近隣住人が来ても迷惑になる事は間違いないので、この場合取れる選択は二つに絞られる。

 一つは俺がエントランスまで降りて会話をする。

 もう一つは渋々彼女を自宅に招き入れる。


「いや、やっぱどう考えてもお前なんかを俺のプライベート空間に入れたくねぇ……」


『まだ小学生の癖にプライベート空間がどうとか気にしてんじゃないわよ。それともなに? 女子には見られたくないものでもいっぱいあるわけ? もしかして変態? 君変態さんなの?』


「やましい物なんてある訳ねぇだろ、お前ぶち殺されてぇのか。それと二度も変態って言うな」


『やましい物がないのなら何も迷う必要なんてないでしょ? ほら、早くオートロックを解錠してよ。直ぐに12階までエレベーターで向かってあげるから』


「チッ……」


 結局気づいた時には憎たらしくてたまらないやつに言いくるめられていて、俺は重いため息を吐いて渋々エントランスのオートロックを解錠させた。


 ※


「一応……お邪魔します」と一礼して靴を脱いだ彼女は、いきなり鋭い視線を向けてきた。


「先に言っておくけど、襲ったりしたらPTAに突き出すからね。私、変態嫌いだから」


「はぁ、じゃあ勝手に他人の家に上がり込むような真似そもそもすんなや」と、盛大にド正論ツッコミを入れるが、彼女は聞く耳立てずにリビングのソファへと腰かけた。それも俺が案内せずとも勝手にだ。どれだけ傲慢な奴なのだろうか。


「それで? 私に聞きたい事が山ほどあるんでしょ? めんどくさくなるまで答えるわよ」


「めんどくさくならずに全部答えろ。まずなんでここに来た?」


「あなたとちゃんと話したかったから」


「はぁ? まぁいい。じゃあなんでいま、本来学校にいるはずのお前がここに来れてる?」


「仮病で休んだから」


「お前の方がよっぽどPTAに突き出された方がいいんじゃないか……、で? どうやって俺の住所を知ったんだよ」


「あなたの担任の先生に事前に聞いてたの。『今度謝りに行きたいから住所を教えて下さい』ってね」


「いや、教師が生徒の個人情報勝手に漏らすとか……、そんな教師は公務員資格から取り直してこい」


「ふふっ、ほんとそうよね」っと彼女は苦笑しているようだが、俺は全然笑えない。

 もし、同様の理由で俺が彼女の住所を聞き出そうとしても、絶対に教師は教えてくれないだろう。男子と女子という性別の違いだけでころころと対応を変える教師が俺は大嫌いだ。


「聞きたい事はもうないの?」っと、ソファに沈み込みながら俺を見上げる彼女の顔は、初めて来たとは思えない程にリラックスしている様子で無性に殴りたくなってくるが、これ以上問題を起こす訳にもいかないのでグッとこらえる。


「まぁ、とりあえずはな」


「よし、じゃあここからは私が話す番ね」


「お前が話す番って、なにを話すんだよ」


「それはまぁ、なんて言うか――」


(ピーンポーン)


 どうやら彼女にも何かしら用件があるようなので、少しくらいは耳を傾けてやろうと思ったが、どうやらが到着したようだった。


「え、なに、だれ……?」


 突然の来客に驚いたのか、瞬時に立ち上がって身構える彼女を静止させる。


「はぁ……これはもしかして、もしかしなくてもそういう感じになるやつか……」


「なによいきなり……って、もしかして仲間を呼んで私を監禁する気……!?」


「自分から上がり込んで来ておいて、どれだけ頭の中お花畑なんだよお前……、変な妄想してんじゃねぇ」


 やれやれとため息をついて、俺は応答ボタンを押す。


『お待たせしました! 爆速ピザです!』


「いつもありがとうございます。オートロック解錠しました〜」っと俺は慣れた口調で返答する。


「え!? ピザ!? 私の為に頼んでくれたの!?」


「バカか。お前が来る前から頼んでたんだ」


 とは言いつつも、既に俺も察している。

 こいつがここに居る以上、目の前で一人黙々と食べるなんて酷い真似を自分自身が出来るわけないことくらい。


「はぁ……」


 おやつを欲しがる子犬のように瞳を輝かせている彼女を見て、俺は人差し指をキッチンの方へと向ける。


「俺は受けとって来るから、お前はさっさとお皿とコップを二つすつ用意してろよ」


「え……うん。直ぐに取ってくる!」


 満面の笑みを浮かべてキッチンへ走り出す彼女を見送って、俺もクレカを手に取り玄関へと歩き出す。

 てか、殴りたくて仕方なかった奴と二人きりでピザ食べるとか、マジでどんな状況だよこれ……。



※『立花咲優という少女・完』に続く。

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