第15話 立花咲優という少女1

 いつ頃だったか、あれは確か小学五年の春。

 前世で魔王だった俺が転生して人間となっても尚、自己中で傲慢な生活を送っていた時。


「こら男子! サボってないで掃除手伝いなさいよ! 早く終わらせないと皆帰れないでしょ!?」


 俺を筆頭に掃除をサボっていたクラスメイトの男子十人に、当時のクラス学級委員、羽瀬川舞子はせがわまこが物申してきた日。


「はぁ? うるせーよ舞子。第一帰りたいのはお前ら女子の勝手だろ? 俺たちはこの後も教室で腕相撲大会してくんだよ。帰りたい奴らだけ、帰れるように掃除してけばいいんだよ!」


 今思えばその時の俺はどうしようもないクズで、馬鹿で、ただ転生前から引き継いでいる知恵を用いて周囲の男子を従え、威張っているだけのクソガキだった。


「いいから雑巾くらい持ちなさいよ! 」っと無理やりボロ雑巾を握らせてきた羽瀬川を、俺は手加減なしに突き飛ばしたんだ。


「やめろ! 触んなッ!」


 バタンッ――と床にお尻を着けて、今にも泣きそうな表情を浮かべる彼女を見て、初めて少しやり過ぎたことを自覚したとき、廊下から見覚えのない赤髪の少女が突っ込んできて俺の顔面に一切の躊躇なく拳を打ち込んできた。


「痛ってぇ……」


 女子の拳とはいえ正面から喰らえば脳が揺れる。視界は僅かにボヤけるし、殴られた頬が膨れ上がってヒリヒリとする。


「女子に手を上げるなんて、あなた最低ッ!」


 つくづく鼻につく怒り顔で俺を睨みつけてきたそいつは、他クラスのど真ん中で堂々と拳を構えて、宣言した。


「私は正義のヒーローなんだからッ! かよわい女の子は絶対に傷つけさせない!」


 よく見ると彼女の着ているTシャツの真ん中には、幼児の間で大人気だった戦隊アニメ、【ガツガツガッツ! ガッツマン!】の主要キャラクターの五人のヒーローが印刷されていて、ある意味周囲の注目を集めていた。


「いやいや、小学五年生でヒーローアニメって、お前どれだけ精神年齢低いんだよ……」と掠れた声で引いている俺の友達は直ぐにその場から離れていく。

 まぁ俺も、第一印象はだな……とは思った。だが別に女の子が戦隊アニメを好きになる事が悪い事ではないので、とりあえず暖かく見つめる事にした。

 それが俺と、立花咲優という少女が初めて出会った日のことである。


 ※


「隣のクラスの立花咲優たちばなさゆか」


 翌日同じクラスの磯貝武尊いそがいたけるに聞いた所、立花咲優は隣のクラスの生徒である事が判明した。

 つまり俺は同じ学年で、同い年で、先輩後輩の関係性でもない奴に――初対面で殴られた……? ことになる。


「よし……やり返そう」


 そう決断してから行動に移るまで一分と掛かることはなかった。教室を出て、すぐ隣の教室のドアを勢いよく開けて、割と低い声で――


「立花ってやつはいるか?」


 その場の全員を睨みつけて言ってやった。

 いくら相手が女子だろうと、やられたままで終わるのは当時の俺のプライドが許さなかったのだろう。一番近くにあった机をおもいっきり蹴飛ばして、沈黙して恐怖する周囲の女子達を鼻で笑ってやった。


「さっさと出てこいッ!」


 こんな感じで悪党に成りきっていればどうせアイツは直ぐに現れるだろう。そう確信していると案の定、静まり返る女子生徒たちの後ろからゆっくりと彼女は姿を見せる。

 昨日よりも一段と怖い顔で、ギュッと拳を握りしめて睨みつけてくる。


「上等じゃねぇか、昨日はいきなりぶん殴ってきやがって、もちろん覚悟は出来てんだろうな……?」


 両拳の指の関節をポキポキと鳴らして、俺は一歩づつ距離を詰めていく。

 絶対に公開処刑してやると心に決めていたので、女だろうと手加減する気はない。

 髪を掴んで引きづり回し、ビンタして土下座させて、俺に恥をかかせた事を後悔させてやろうと思った。

 ボコボコにした後に泣き叫ぶ彼女の顔を想像しただけでニヤリと笑みが漏れてきて、とうとう目の前にまで迫る。


「さぁ、始めようぜ。昨日の続き――」


 しかし両手を構えて準備万全の体勢を取る俺に対し、彼女は一歩も動くことなく頭を下に向けていた。

 静止状態から隙をつき、ノールックパンチを狙っているのかも分からないので、少しだけ俺も構えたが、やはり彼女に動く気配はない。なんなら少し肩が小刻みに震えているようにも見えて、一体なんのつもりなんだ……? と疑問を浮かべる。


 一向に乱闘が始まる気配がないので、「おい……やる気あんのかよ?」と問いかけると、彼女の足元に数滴のが零れ落ちた事に気が付いた。


「……なんで……? なんであなたは、そんな酷い事が出来るの……?」


「は……?」


 結論から言ってそれは、涙のようなものではなく、だった。

 全く状況が掴めない中、ただ呆然と立ち尽くし動揺する俺の前で、泣きじゃくる彼女。

 瞳から大粒の涙が滝のように流れていて、頬を紅く染めている。


「ひ……酷いだぁ? 昨日初対面でいきなり顔面殴ってきた奴の言う言葉かよ」


「それなら他の人は一ミリも関係ないはずでしょ……! 今ここに入ってきた時、無関係な人の机を蹴り飛ばす必要が何処にあったの……ッ!?」


「…………」


 そう、立花咲優という少女は誰よりも正義感が強く、ねじ曲がったことが大嫌いな女の子だった。



※『立花咲優という少女2』に続く。

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