第13話 迫り来る中間テスト

 彼女と二人きりで昼食を共にした日からはや三日、は学年だけには留まらず、校内全体の話題となっていた。


 朝、直人と共に普段通り登校していても、校門が近くなるにつれてその声は次第に耳に入ってくる。


 ――ねぇ、あれが噂の西島君だよね?


 ――あの星宮さんと付き合ってるって噂の?


 ――みたいだよ……でもお互い認めないんだって、食堂で間接キスまでしてた癖に。


「朝から有名人様は大変だなぁ頼人?」


「もう三日も経つんだぞ……、そろそろ忘れてもいい頃合なんじゃねぇの?」


 むりむりっ――と首を左右に振りながら苦笑する親友の表情は、いつにもまして憎たらしく見える。


「公共の場であんなにイチャイチャしやがったんだ、2日や3日で世間が忘れるわけないだろ」


「俺はあんなことされるとは思わなかったんだよ、分かってたら彼女を止めて、自分の手で米粒ぐらいとってたし……」


「ほ〜? どうだかなぁ」


 まぁ後々考えてみればあんな事はただの友達同士でするような事じゃないし、噂されるのも当然なのだが、そのせいで校内では視線ばかり浴びせられ、ここ最近まるで落ち着けない。


「おい直人……」


「あいよー」


 そのまま直人の背中に隠れるようにして三階まで上がり、教室へと足を踏み入れる。

 こういう時自分の席が教室のど真ん中にあるとそこら中から視線を向けられている気がして一瞬たりとも落ち着かないだろうが、幸い俺は教室の一番左の窓側なので、席に着くことさえ出来れば向けられる視線は限られるし目立つことも少ない。


 よし勝った……!


 何に対して勝利宣言をしているのかよく分からないが、ひとまず安堵していると背後から背中をさすられた気がした。


「らいとっち、おはにゃ〜」


 振り返ると寝癖をつけたままの美由紀が眠そうな顔を浮かべてもたれかかってきた。後ろには腕を組んで溜息をつく咲優の姿もある。


「あぁ、二人ともおはよ。美由紀お前は寝癖ぐらい直してから家出ろよな」


「だってさゆっちが着替え終わったら直ぐに腕を引っ張っちゃうんだもん」


「そうしないと遅刻するからでしょ!?」


 不機嫌そうな顔で美由紀の頬を両手で引っ張る咲優は、以前よりもピリピリとした雰囲気を纏っている気がする。


「まぁまぁ咲優、美由紀が一人で朝起きれないのは今に始まったことじゃないし、大目に見てやれよ」


「他人事みたいに言うのならに頼人や皆も起こしに来ればいいじゃない」


 今に始まったことでは無いが、美由紀は女子とは思えないほど私生活がだらしないので、毎朝誰かが起こしてやらないと絶対にHRに間に合うことが出来ない。

 そのおかげで中学の頃は四人がかわりばんこに彼女を迎えに行っていた時期もあったのだが、


「俺らもう高校生だぞ……? 毎朝違う男が迎えに行って、近隣の住人や同じ学校の生徒に見られて変な誤解されたらどうすんだよっ」


「そうだねぇ、ただでさえ今のらいとっちは星宮さんとの関係で指名手配されてるんだもん、これ以上別の異性とのスキャンダルは避けたいよねぇ?」


「そうそう、これ以上ありもしない噂を流されたら俺もう生活していけないわ……って美由紀おまえなぁ!? 人を犯罪者みたいに言うんじゃねぇ」


 庇ってやったばかりなのにも関わらず調子づいている彼女の頬を、今度は俺が両手で引っ張りあげる。痛い〜! などと言っているが問答無用だ。


「うぃーっす、朝からボク抜きで盛り上がってるじゃん」


 HR開始ギリギリで現れたのはスマホ片手にヘッドホンを首に掛けた三谷だった。


「サボってゲームセンターかと思ったのにちゃんと来たのね、大翔の割には珍しいじゃない」


 咲優が首を傾げる。

 三谷大翔という男は中学の頃から週三回は朝のHRに現れることなく、駅前のゲームセンターに引きこもるゲーマーバカだ。遅刻する時は大体昼食前の三、四限が多いので、教師陣からの評判もそこそこに悪い。


「うんまぁね。だってそろそろだし、テスト範囲ぐらい知らなきゃじゃん?」


「「「え……?」」」


 俺と直人、美由紀の声がピッタリと重なる。彼はいま確かに――


「テスト……って言ったか? 三谷……」


 困惑する俺を見て、不思議な物を見るかのように、


「あぁ、中間テストまであと二週間しかないないじゃん?」


「「「えぇ……」」」


 再び三人の声がピッタリと重なり、俺たちは沈黙に包まれた。


「え? もしかしてボクより学校で過ごす時間は多いはずなのに、まだ聞いてなかった?」


 黙り込む直人と美由紀の変わりに、俺が代弁する。


「おう……。言われてない……かも」


 俺の後に続き「「うんうん」」と頷く二人の頭に、咲優の手刀が突き刺さる。


「ちゃんと言われてたわよっ! 先生の話聞いてなかっただけでしょ」


 はぁ、っと深い息つく咲優は、直人と美由紀にも交互に目を向けて、


「いつも堂々と寝ちゃってる頼人はまだ分かるけど、二人は授業中起きてるでしょ……?」


「いやぁ参った。起きてるフリして寝てるだけなのがバレちまった。ははっ」


「わたしも〜、机の下でずっとスマホ触ってるのがバレちゃったぁ。ははっ」


「ははっ、じゃない……」


 ボンッ! と鈍い音をたてながら、再び二人の頭に手刀が振り下ろされる。

 頭を押さえて涙目を浮かべる二人を見ると、背筋が冷えるような痛々しさが伝わってくる。


「まぁまぁ咲優、その辺にしとこうぜ……?」


「頼人も他人事みたいに言ってるけど、今日から中間テストが終わるまでに居眠りしてたら授業中だろうと容赦しないから」


「はい……」


「それと、今日の放課後から勉強会始めるから、早退禁止ね」


「おいおい嘘だろ……咲優」


「さゆっちの鬼ぃ〜……」


 愕然とする直人と美由紀に鋭い眼光を向けて、


「仕方ないでしょ。前までは一週間前でもギリギリだったんだから、高校のテストはもっと事前に始めなきゃ」


 そう、中学の頃からテスト週間の放課後はファミレスやカラオケ、あるいは誰かの自宅で勉強会を開くのが俺達のお決まりだった。

 まぁ勉強会と言っても、咲優と三谷がバカ三人の赤点回避を目指して尽力するだけの、家庭教師と生徒状態になるのだが。それでも彼女は積極的に俺に苦手分野を教えてくれる。


「えぇ……、ボクはゲーセン行きたいし、テストギリギリまでパスでいいかな。四人で頑張ってよ」


「だめ」


「いやいやだって、赤点なんて普通にやってれば取らないし、どうせバカ三人を教える羽目になるだけだし、行く意味が――」


だめだから」


 冷めきった視線を三谷に向ける咲優は、「私一人に三人を押し付けるなんて絶対許さないから」と、無言の圧力を放っているようだった。今の咲優に刃向かえる奴なんて誰も居ない。


「はぁ……。分かったよ。教えればいいんでしょ」


 やれやれ、と首を横に振りながらも、三谷は了承してくれたようだった。


「いやいや待ってよぉさゆっち。わたしたちにも心の準備ってものがあってねぇ〜」


「勉強するのに心の準備なんて関係ない。せっかく三谷も教えてくれるんだから、今逃げるならテストギリギリで泣きすがって来ても助けないわよ?」


「うぅ〜……ひどいぃ」


 教えを乞う者に選択権非ず。

 結局俺達はどうしようもないくらいにバカなので、今までも咲優が居なければ危ない場面は多々あった。

 故に彼女に従う以外の選択肢などない。

 勿論勉強は大嫌いだし、学校も好きとは言えない。けれどこの義務教育の外側で、俺達が生き残る為に進んで教えてくれる彼女の善意を無下にするようなことは絶対にしたくないので、今回も感謝を込めて教えて頂く事にしよう。


「ありがとな、咲優。今回もよろしく頼むわっ」


「べっ……別にお礼なんていいわよ! いつもの事でしょ」


 素直に礼を言いたかっただけなのだが、何故だか目を逸らされてしまった。

 思えば最近、彼女だけ目を合わせてくれない時が多くなった気がするが、果たして俺の気のせいなのだろうか。

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