第12話 二人きりの昼食
「はぁ!? 星宮さんと食堂デートだとぉ!?」
「だからそんなんじゃないっつーの」
案の定、わざとらしく声を張り上げる親友のつま先を踏み付けて、俺は深く息をつく。
四限目が終了したタイミングで俺は四人に事の詳細を説明した。当然あのバレー対決の後、彼女と友達になったことも。(保健室で会った事は伏せた)
「へ〜、じゃた私達が知らないうちにあの子と友達になったのに、そのことを一週間も内緒にしてたんだ?」
「まぁ一応そうだけど、俺は変な誤解を生まない為に黙ってただけで、別にやましいことは何もないからな?」
「言うのが遅れる方がよっぽど後から変な誤解を生んじゃうと思うけど?」
「…………」
軽蔑の眼差しを向けている咲優の顔は怖くて目を合わせられないし、その横では美由紀が呆れたように「らいとっちは罪な男の子だねぇ……ほんと」などと言っているので正直言わなきゃよかったと後悔しつつも、俺が黙っていたのも悪いので、謝罪の姿勢は崩さないように。
「とにかく黙ってたのは俺が悪かったよ。だけどそろそろ約束の時間だから一組に迎えに行ってくるわ」
「あの星宮妃咲希を教室までお迎えかよ。なんでオレじゃなく頼人ばっかり……」
「ほらほら〜なおっち落ち込まない」
泣きそうな顔で肩を落としている直人の肩を美由紀が優しくさすっていて、何故か俺が悪者みたいな雰囲気になっている。
「それとらいとっち、それ完全に気があるやつだよね?」
「いや……別にそんなんじゃねぇよ」
少なくとも今は、そんなつもりはない。
今はただ、確かめたいだけなんだと思う。俺という人間が前世での記憶――魔王としての記憶を引き継いだまま転生したように、彼女もまた――あの世界の勇者シャルとしての記憶を引き継いでいるかもしれないから。
それを確かめて、ハッキリさせて、その先で本当にシャルだと証明されたなら、その時改めてどんな関係になりたいのかを考えればいい。
「違う違う、らいとっちにじゃなくて向こうにだよ――」
「は? それはないだろ。なんせ校内一二を争うアイドルで、もう入学してから幾人もの先輩とか同級生の告白断ってるんだろ? それに高校生なら異性の友達を飯くらい誘うもんじゃねぇの?」
「うーん。ボクもよっぽど仲が良くない限りサシはないと思うけどな」
「三谷まで……」
結局去り際まで味方をしてくれるやつは一人もおらず、やや寂しい気持ちで俺は一人教室を後にすることに。
「気がある相手じゃないとサシはない……か」
いや待てよ、勝手に決めつけてはいたが、まだサシと決まった訳ではないかもしれない。
なぜならあの場には中村さんと西条さんも自己紹介に来てくれていた訳だし、ひょっとしたら昼食を共にするから事前に顔を出してくれた可能性もある。
しかし仮にそうでも男子一人に対し女子三人で食堂に向かうことに変わるだけなので、それはそれで違う意味で目立つ気がするけれど……。果たしてどうなるのだろうか。
そんなことを考えているうちに一組の教室は見えてきて、目立たぬよう気配をなるべく消して中を覗く。
(って、俺はなんでモジモジしてんた……。別にまだ、彼女と付き合ってる訳では無いんだ。堂々として入ろう)
そう決心をつけて、本来絶対に俺とは縁のないはずの進学クラスへと足を踏み入れる。
当然のように教室内の生徒達は不思議な顔を浮かべているが、別に俺は教室を間違えている訳じゃない。気にせず奥へと進み彼女を探す。
そして見つける。既に五分ほど前には四限の終了を告げる鐘は鳴り響いたというのにも関わらず、数学の教科書を開いて机に向かっている彼女の顔は、“真剣”そのものだった。俺が近づいているのにも気づかないほどに。
――なぁ、アイツだれ?
――また星宮さん狙いの男でしょ。授業後の復習に集中してる所を邪魔をするなんてデリカシーなさすぎ。
――どうせ相手にもされないって。
ザワつく周囲の声すらも耳に入っていないのか、彼女の見つめる先は変わらず机の一点のみ。次々とノートに書かれていく複雑な数式はどう考えても高校一年の一学期の範囲では無い。というかそもそも取り組んでいる教科書が俺が使っている物とは全く異なる。
(そういえば進学クラスだけはかなりハイレベルな教科書を三年間使用するって学校案内の時に言われたっけ……?)
俺にはどの道縁のない話なのですっかり忘れていたが、どうやら本当だったようだ。
出来れば俺もこのまま彼女の集中状態を邪魔したくはないが、こうしている間にも五限の授業は刻一刻と迫って来ている訳なので、彼女がペンを止めた一瞬を見計らって声を掛けることに。
「星宮……さん?」
「んっ。やっほ、頼人」
机から目を離し、上目遣いで俺を見上げる彼女に一瞬ドキッとしてしまう。
「約束通り迎えに来たけど、復習の邪魔しちゃったかな、大丈夫そう?」
「もちろん。君を待ってる間にちょびっとだけ復習しようと思っただけだよ。準備満たん」
そういうと彼女は教科書とノートを閉じて、ゆっくりと立ち上がって廊下を指さした。
「じゃあ――行こっか」
「うん」
騒然とする進学クラスを後にして、俺は戸惑う事なく星宮さんの隣を並行する。いや、内心はもう戸惑いまくりなんだけど……冷静を装って、余裕がある男の雰囲気を醸し出さねばならない。
「あのさ」
「ん?」
「さっきの二人は呼ばなかったの?」
「夕奈と一花のこと?」
「うん。なんか自己紹介とかしてくれたし、ひょっとしたらお昼も一緒に行くのかなって」
「あ〜なるほどね。ひょっとして来て欲しかった? あの二人可愛いもんね?」
「違う違うそうじゃなくて。めっちゃ驚いたから」
「確かにいきなりだったもんね、ごめんね?
実は私他クラスの男の子に自分から話し掛けに行くの初めてだったからさ、緊張しないように二人には着いてきてもらったの」
今、確かに自分から足を運ぶのは初めてだと彼女は言った。先輩や同級生から毎日のように告白され続けている彼女なら、男子と会話する為に教室に出向くくらい造作もないと思っていたが、実際の所はそうでもなかったようだ。
さっき俺が進学クラスの中に勇気を持って踏み込んだように、彼女もまた何かしらの強い“気持ち”が働いて他クラスまで来てくれたのだろう。
「いや、俺は全然いいんだけど。なんて言うか……星宮さんでも緊張とかするんだ」
「さんもって、君は私をなんだと思っているのかな?」
「あはは……ごめんごめん。勉強も運動も完璧だってよく聞くし、緊張とかそういうものとは縁がない人だと思ってたよ」
「そんなないし。勉強も運動も出来る人からコツを盗んでいるだけで、案外これでも人見知りなんだよ?」
出来る人からコツを盗む――きっと世の中の“天才”と呼ばれる人達はそうやって努力を日々積み重ねてきた結果、今それぞれの分野で最前線にに立つ事が出来ているんだろうなぁ……と関心しつつ、改めて星宮妃咲希という一人の人間を尊敬する。
しかしそれはそうと、
「人見知りって言うのはなぁ、それほんと?」
「ほんとだよ? だけど君とは不思議と違和感なく話していられるんだよね」
「それはどうも……って、それ褒めてるんだよな?」
「ふふっ、もちろん」
「ならいいけど」
こんな感じでくだらない会話でも彼女と話していると心が弾んでいくのを肌で感じる。
まだ出会ったばかり、友達になったばかりの筈なのに、何年も聞き慣れてきた声のように耳に馴染む。
「ほら、もう食堂だよ頼人?」
「あぁ」
無意識に放心状態になってると、気づけば食堂の入口まで着いてしまっていた。
入口手前の机に置かれている『今日のランチ』と書かれた二つのサンプルを眺めて、星宮さんは俺の方に振り返る。
「ねぇ頼人、AとBどっちにする?」
「ん〜どれどれ」
俺もサンプルに目を通す、Aランチは『鮭のムニエル定食』、Bランチは『ハンバーグプレート』だ。どちらも悪くは無いが、俺は魚より断然肉派なので当然選ぶものは決まっている。
「どう? 決まりそう?」
「うん、決まった」
俺と星宮さんは目を合わせ、いっせーのーせッ! で指を指す。
俺が向ける先は当然B、対する彼女はAを指していた。
「お〜、見事に合わなかったね」
「ははっ、それな」
苦笑しながらも気まずい空気が流れる。食べ物の好みは人それぞれなのでもちろん仕方のないことなのだが、合わなかったのは少し残念な気持ちになってしまう。
この学校のランチの法則は基本的に魚料理がA、肉料理がBとなっていて、大抵の人は毎日同じ方を選ぶように出来ているらしい。(詳しい理由は知らん)
「おばちゃん、俺Bランチで。この子はAをお願いします」
「はいよー!」っと活気のいいおばちゃんからランチを受け取り、俺と星宮さんは空いている席を探す。
四限目が終わってからそれなりに時間が経過しているので、食べ終わった生徒達が続々と立ち上がる中、入れ替わるように空いた席へと座った。
「「いただきます」」
出来たてのほやほやのハンバーグを口に運ぶ。
外はカリッと中はジュワッと肉汁が溢れ出ていて、俺は黙々と料理に手をつけていくが、その正面では星宮さんがポカンとした顔で俺を眺めている。
「どうかしたの?」
「ううん。食べ盛りの男の子はすごいなぁってね、ほら――私のお魚も少し食べてよ」
そう言うと箸でムニエルの一部切り分けて、何食わぬ顔で俺のお皿の上に置いた星宮さん、ひょっとしてそれは――
「え、悪いよ。それに今の――」
「間接キス――だと思った?」
「……!? いや……別に」
「でもざんねん! まだ私一口も食べてないの」
「ふぅ……なんだそういうことか」
へへへっと悪戯な笑みを浮かべる星宮さん。
どうやら俺は食べることに夢中になっていて、彼女が料理に手をつけていないことすら把握していなかったらしい。
あまりの出来事に危うく心臓が停止するところだ。
「君、今ちょっとして欲しかったなって思ったでしょ? 間接キス」
「いやいやまさか。少しびっくりしただけだよ。それにほら、星宮さんも早く食べないと冷めちゃうと思うけど?」
「はーい」
結局俺が食べ終わる寸前まで彼女はただ正面から眺めているだけで、ムニエルがとっくんに冷めた頃、ようやく口へと運び出した。
「どうして直ぐに食べ始めなかったんだ?」
「君の食べっぷりを見てたらさ、なんだか懐かしいなぁって思ったから」
「懐かしい……?」
「うん。前にも同じような時があった気がしたの。君とはついこの前出会ったばっかりだから、そんなことあるはずもないのにね」
「…………」
前にもあった――その言い回しにはやはり違和感を覚えた。まるで過去の誰かと、今の俺を照らし合わせたかのような言い方。
もしかしてその誰かって――
「ごめん変な事言っちゃったね、今のは忘れていいよ。それよりもさっきから君の後ろの方の席から鋭い視線を幾つか向けられてる気がするんだけど、あれって君の友達じゃない?」
「ん……え? 視線っ?」
言われるがまま振り向くと、後方の席から見慣れた四つの顔が俺と星宮さんに鋭い眼光を向けているではないか。
「ごめん。星宮さんの言う通り、あれ、俺の中学からの友達……」
「別に謝ることじゃないよ。この前の体育の前にも一緒に食堂に居た気がしたから」
「あぁ、なるほど」
そういえば一組との合同体育の前にも、食堂で顔を合わせていたんだった。確かあの時は咲優が俺の手を引っ張って結局会話には至らなかったけど。
「でもなんであんなに怖い顔してるんだろうね。君もしかして無断で私と来てたりする?」
「いやいやいや。もちろんちゃんと伝えたよ。あんまり良い反応は返って来なかったけど……」
「ふふっ、なにそれ」
「俺が人気者の星宮さんと昼食に行くのが相当羨ましいんだよきっと」
「うーん、そうかな? 男の子の二人はそうかもだけど、女の子の二人は君が居ないことに嫉妬 してたりして。どっちか彼女だったりするのっ?」
「まさか。あの四人とは幼なじみみたいな感じで過ごしてきただけで、二人とも俺に対して恋愛的な感情なんて一ミリもないはずだよ」
そう、あるはずがない。だってお互い家族のように過ごしてきた関係だ。互いの良い部分やダラしない部分含めて諸々把握し合っているし、今更恋愛対象として見ろなんて言おうものなら二人とも「絶対ありえない!」とか言うだろう。
「ほ〜? そこまで言い切っちゃうんだっ」
「まぁ、考えた事もないからね」
「そっかそっか、それなら――」
そう言うと彼女は椅子から立ち上がり、前屈みになりながら俺の頬に手を伸ばす。
「え、星宮さん……?」
彼女の右手が掴んだものは、俺の頬に着いていたであろう一つの米粒。
「それなら私がこんな事しても、誰にも文句を言われないわけだっ」
「? それってどういう――」
「えいっ」
そのまま俺の理解力が追い付く前に、星宮さんは人差し指に乗せたソレを自らの口の中へと放り込んだ。
「ちょっ……!?」
「へへっ、今のは間接キスになるのかなっ?」
――うそ、あれ星宮さんだよね!? 今、男子の頬に着いてた米粒食べちゃってたよ!?
――おいおい嘘だろ!? あれが彼氏なのか!?
――カップルでもないのに普通あんなことする!?
食堂中の視線が一点集中する中、俺は状況が呑み込めず固まることしか出来なかった。
対する星宮さんは、すました顔で、両手を合わせる。
「まぁいいや、ごちそうさま――」
「うん……ごちそうさま」
「なんだか急に視線も集まってきてるし、もう行こっか頼人」
「いや完全にあなたのせいでしょっ!!」っと突っ込みを入れたい気持ちを抑えつつ、俺は星宮さんの腕を半ば強引に引っ張りながら食堂を後にする。
それから三日が経つ頃には、『
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