第11話 昼食のお誘い

 星宮さんと友達になり約一週間が経過したが、特にこれといったイベントが起きることはなく、相変わらず俺はたるみきった高校生活を送っていた。


「頼人、起きてっか〜?」


「見ての通り起きてんだろ直人〜」


 ただじっと窓の外を眺めている俺の肩を、親友がブラブラと揺らす。


「お前は最近目が開いてるだけで、魂がここにねぇことくらい知ってんだよ」


「そんなことはない」


「うわ、らいとっちが四限の前に起きてる……! これは何か危険の前兆か!」


「頼人にしては最近授業起きてる方だよね。まぁ、ほんとにただだけだけど」


「ボク達が起こす頻度が明らかに減ってるもんね、もしかして頼人、何かいい事でもあったの?」


「特にねぇよ、……


 隣の席であぐらをかく美由紀と、その横で苦笑いの咲優、後ろの席でソシャゲに没頭する三谷。相変わらず俺たち五人はいつも一緒だ。


「ん? 今のすっごく怪しいと思う人、挙手〜」


 四人とも一斉に手を挙げて、細めた視線を向けてくるが、そんなに俺、顔に出ているのだろうか。まだ友達になっただけだし、彼女が本当に前世で共に過ごしたシャルの生まれ変わりなのかもまだ不確定だ。なので喜ぶのはその辺がちゃんとはっきりしてからにしようと決めているし、その時までは四人にも他言無用にしておこう。


「だからほんとに――」


 ガラガラガラガラッ――


 キッパリと否定しようとした刹那――教室前方の扉が大きな音を立てて開いた。

 自然と多くの視線が集まる中、こちらに向かってきたの男子の正体は、


「頼人君、今いいかな?」


「大西君……?」


 一組とのバレー対決で同じチームとなり、友人にもなった大西晴人君だった。あれ以降は学校帰りにゲーセンやカラオケに行ったりして少しづつ交流は増えているが、慌てた様子で一体どうしたのだろうか。


「一組からお客さんが来て、頼人君に用があるって……」


「お客さん……?」


 俺には一組に放課の合間に話す友人なんて居ないはずなのだが、一体誰だろうか。

 大西君に連れられるまま廊下に近づいていくと、複数の女子の笑い声が聞こえてきた。


(え……? もしかして……)


「んっ、やっほ」


「おっ! この人がひさが最近友達になった子……って、この人バレーの時の子じゃん!」


「ホントですね! バレー部顔負けだった子で間違いないです」


 もしかしたら、もしかしていて。

 そこには星宮さんと、以前ランチルームで顔を合わせた二人の友人が壁にもたれて俺を待っていた。


「星宮さん、いきなりどうかしたの?」


「どうかしたの? じゃないしっ」


「え?」


「きみ、友達になろって言った癖に一週間経っても全然話しかけに来ないから、私から来てあげたんだぞっ?」


「え? ごめん」


 咄嗟に出たのが謝罪の言葉だった。

 だがそもそも、友達になったら放課後逢いに行かなきゃいけないルールなんて、一度も聞いた事がないのだが。俺が世間知らずなだけなのか……。


「うん。分かればいいんだよ、分かればね」


 満足気に首を縦に振る彼女に対し、両サイドの友人二人は同時にため息をつく。


「いやいやひさ、友達になっただけで会いに行かなきゃいけないルールなんて存在しないでしょ」


「そうですよ。無茶振りはよくないです」


「ブー……、分かったってば」


 状況はいまいちよく分からないが、とりあえずムスッとした顔で頷く星宮さんが天使のように可愛いので三人のやりとりを無言で眺めるのに徹していると、直ぐに枠の外の俺に気が付いた様子で、栗色髪のポニーテールの少女が話しかけてきた。


「あ! いきなり名乗りもせずにごめんね? 私はこのひさきのクラスメイト、中村夕奈なかむらゆうなだよ!」


 その横で上品にお辞儀をしているのは腰にまで伸びた蒼髪の少女。


「そして私が西条一花さいじょういちかです。是非、仲良くして頂けたら嬉しいですわ」


「あぁ……はい。俺は西島頼人です、よろしく」


 とりあえず場の流れで自己紹介をしてしまったが、正直二人とも星宮さんに引けを取らないほどに容姿が整っているので、見詰めっていると緊張してきてしまう。


「せっかく来てもらったのに悪いけどさ、そろそろ四限始まるけど時間大丈夫そう?」


 一瞬だけ教室内の時計に目をやると、現在は11時7分なのであと3分で四限が開始される。もちろん進学クラスの三人がそれを把握していないとは思わないが、一応聞いてみることに。


「あ〜……うん。私と一花は君がどんな子なのか少し見たかっただけだからもう行くことにするよ!」


 またね――っと言い残してそそくさと歩き去っていく中村さんと西条さんを見送って、立ち止まったままの星宮さんに視線を移す。彼女は戻らなくていいのだろうか。


「えっと、星宮さんは一緒に戻らなくていいの?」


「うん、戻るよ。だけどその前に――」


「えっ?」


 すると一歩前に距離を詰めた彼女の髪がサッと俺の頬に触れて、そのまま耳元で囁くように、


「今日のお昼、一緒に食べよっ?」


「――!? それは食堂に行くってこと?」


「うん、そういうこと。ひょっとしてお弁当だったかな?」


「いや、今のところは毎日食堂通いだけど」


「じゃあ決まりだねっ」


「いや、あ……うん」


 やばい。何がやばいって周囲から向けられる目が多すぎてまるで会話に集中出来ない。


 ――ねぇねぇ見て、あの二人バカップルかな?


 ――てかあれ進学クラスの星宮さんだよ!? もしかしてあんな感じの人がタイプなのかな!?


 ――え〜、あんなヤンチャそうな男の子が相手ならちょっと意外かも〜


 これ以上この状態が続くと色々と良からぬ噂が広がるかもしれないので一歩後ろに後ずさり、悪戯な笑みを浮かべている彼女と向き合う。


「それじゃあ四限が終わったら、食堂の前で待ち合わせる感じでいいのかな?」


「ん〜」


 少し考え込むように目を閉じて、何かを思いついたように首を横に振った。


「迎えに来てよっ――私の教室まで」


「は……? ガチで言ってる?」


「うん、ガチで言ってる」


 そんなのまるで恋人同士が送るお昼休みではないか……っとツッコミを入れたくなるが、元はと言えば俺が友達になりたいとお願いした立場でもあるので、断る訳にもいかない。


「分かった。じゃあ一組まで行くよ」


「うん! じゃあ教室で待ってるっ」


 そう言って駆け足で教室の方へと戻っていく星宮さんの背中を見送る。気のせいかもしれないが、去り際の彼女の顔には出会ってから一番嬉しそうな笑みが浮かんでいたようにも見えた。それにしても、


「一緒にお昼かぁ……」


 想像もしなかった展開に正直驚きが隠せないが、彼女と一緒に食堂で昼食など願ってもない事なので嬉しいのが本音だった。

 しかし問題も当然あり、今や星宮妃咲希は校内一二を争う程のアイドルなので、ゆく先々で男子生徒達に目の敵にされるのはきっと避けられないだろう。


 願わくば必要以上に目立ちませんように――と強く祈りながら、四限目を迎える教室の中へと足を踏み入れた。


































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