第10話 保健室
「……レス……ねぇアレス……」
「ん――」
真っ暗な視界の中で、ふと前世での名を呼ばれた気がした。
そういえば俺はどうなったんだっけ。確か体育の授業でバレーボール対決をする事になって、
(顔面キャッチしたんだ……)
パッと目を開くと、暗がりの天井が見えた。あたり一面が白いカーテンに覆われていて、まさに保健室のベッドの上だった。
「あ、やっと起きた」
――!?
寝ぼけているのか、ベッドの横で椅子に座る金髪碧眼の少女の存在にまるで気づかなかった。
「君は――」
星宮妃咲希――学年一とも名高い美少女が僅かに顔を赤らめて座っていた。
どうやら俺は無事に彼女を守ることが出来たらしい。
「良かった」
仰向けのまま安堵する俺の頭に、スパッと手刀が落ちてきた。
「イデッ。あの俺、一応怪我人だよ?」
「良かった。じゃないわよ。ばかっ」
プクッと頬を膨らませる彼女は、怒っている? のだろうか。目を合わせた途端、そっぽを向いてしまった。
「ごめん。なにか気に触る事したなら謝るよ……マジ」
「きみ、なんで私を守ったの? あのままボールに当たりに来なきゃ、アウトになって七組の勝ちだったじゃん」
「あー……。確かにそうだった」
「え……、まさか無自覚で飛び込みに来たの?」
「いや、咄嗟の出来事だったし、考えてる暇なんかなかったよ。気づいた時にはほら、身体が勝手に動いて――」
「本当に――。本当にそれだけなの?」
「え、あぁ」
何故か段々と不機嫌になっている気がするので、疑問の表情を浮かべると、彼女は「あっ、違うの……」っと頬を紅く染めて言った。
「だってきみ、女子の試合中もずっと私のこと見てたから――」
「――ッ!? それは……」
唐突な問いかけに一瞬心臓が停止してしまいそうになる。
確かに女子Aグループの試合中、俺が彼女に釘付けになっていたのは事実だが、一度も目を合わせることはなかったし、なんならあの場に居合わせた男子の大半は目を凝らしてガン見していた。
それなのにどうして彼女は大勢の男子からの視線を向けられる中、『君は私の事見ていた』と自信げに言い切れるのだろうか。
「うん、見てた。凄い運動神経良いからつい」
「へぇ〜? 感心してたってよりかは、いヤらしい目を向けられてた気がするけどなぁ?」
「え……いや、それは……」
冗談だよっ――と彼女はクスッと微笑んだ。
「だって流石に試合中だったもん。そこまではわかんないよ。へへっ」
「おいおいよしてくれよ……ははっ」
あと五秒くらい遅かったら危うく「上下に揺れていたアレばかり見てました」って自白してしまう所だった。
「でも、少なからず私が可愛いから助けてくれたのもあるでしょ?」
「ったく、普通自分でそれ言うかよ……。まぁ確かに可愛くないって言う方が嘘になるけどさ」
肩に掛かるぐらいのサラサラな金髪に、キラキラと光沢を放つ碧眼、上目遣いや悪戯な笑みまで。こうして間近で見れば、本当にあの世界の彼女――シャルに瓜二つ。いや、同一人物(生まれ変わり)だとしか思えない。
「えっ?」
「ん?」
「いや、今のも冗談のつもりで言ったんだけど、そんなにあっさり認めちゃうとは思わなくて」
「あ……ごめん」
「うん……」
「「…………」」
とてもむず痒い空気感の中で約十秒ほど沈黙が続き、そして――
「「……ぶふっ、ハハハッ!」」
気づいたらお互い笑っていた。
「なんだかきみと話してるとすっごく調子狂うけど、めっちゃ面白いかも」
「あぁ俺も、なんか微妙に噛み合わないのが刺さるよ」
誰もいない保健室は俺と星宮さんの笑い声で溢れていた。
そして今なら自然と言える気がして――
「なぁ、友達になってくれないか? 俺と」
「お〜、これはまたいきなりだねっ?」
「つい勢いで言っちゃう癖があるんだよ」
「ふふっ、なにそれ。まぁもちろん、私で良けれ全然いいよ?」
「よっしゃ」
「なんなら君は恩人だし、目が覚めたら私から言おうとも思ってたよ。名前――聞いてもいいかな?」
「頼人、西島頼人。よろしくっ」
「よろしく頼人。私は星宮妃咲希。呼び方は任せるね」
「分かった。よろしく星宮さん。あっ、それと六限って15時までだよな?」
「うん――? それがどうかしたの?」
ふと、スマホのホーム画面に映し出される時計を見ると、そこには14時52分と表示されているので、もう間のなく六限が終わる頃合だった。
俺が眠っている間ずっと傍に居たのだとすると、星宮さんは当然授業を欠席していることになる訳なので――
「その、授業は出なくて大丈夫なの?」
無論、本人も分かっているとは思うが、一応尋ねてみることにした。もし俺が余計な心配をかけてしまったのなら、気にしなくていいと伝えなければならないから。
「これでも私、首席でこの高校に入ったの。だから少し授業出ないくらいが、他の子達にハンデになるじゃん?」
「それは恐れ入りました……星宮様」
どうやら余計な心配だったらしい。というか、今一瞬だけ天使から小悪魔に見えた気がしたが、気のせいにしておこう。
「でもまぁ、帰りのホームルームくらいは顔出した方が良さそうだよね。お互い」
「あぁ、確かに」
「うんうん。じゃあ今日はこの辺でお別れっ」
「あ、星宮さん、その――」
「――?」
「いや、やっぱなんでもなかった。ごめんね呼び止めて」
「ううん! 全然! それじゃあまた――」
最後まで天使のような笑みのまま保健室を後にする彼女の背中を見送って、俺もベッドから立ち上がる。
「前にも何処かで会った事ある……?」っなんて、自己紹介したばかりの相手に言えるわけがない。少なくとも今は。
まぁともあれ、一組との試合には敗北したが、星宮さんとは無事に友達になる事が出来たので、今日の所は目標の達成に満足するとしよう。
そうして保健室を後にした俺は、静まり返った廊下の真ん中をピョンピョンとスキップしながら、なるべくゆっくり教室まで戻った。
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