第9話 いつかの記憶

 思えば勇者だった彼女――シャル・ジークフリートも人間の割には強かったけ……。


 全力で斬りかかって来た彼女の真っ直ぐな瞳、あの碧眼に惹かれて、あの時俺は殺すことが出来なかった。

 もちろん次期魔王の立場として、そんな慈悲深い選択は本来決して許されるわけがないので、深く悩んだのを思い出す。


 そして至った結論は――催眠魔法で全ての人間を眠らせる選択。

 その後辺り一帯を見渡して、他の魔族が一人も居ないことをした上で、勇者シャルとその他の十四人の騎士達を魔王城地下水路に投げ捨てた。


「ここなら他の魔族も来ることはないだろうし、意識が戻り次第撤退していくだろう」


 最後にぐっすりと眠っている勇者を見詰めて、もう一度考える。


「いや、コイツならきっと、剣があれば何度でも向かってくるか」


 たった一度の戦闘でかなりのが印象に残ったので、正直目が覚めても素直に帰ってくれるとは思えない。

 彼女らには悪いが剣は全て折っておこう。


 指をパチン――ッと一回鳴らし、勇者と十四人の騎士達が所持していた武器の類を全て塵に変換する。


「さて、俺もそろそろ上に戻って少し昼寝でもするか」


 大きく伸びをしてその場から離れようとすると、ピシ――ッとマントの裾を引っ張られた。


「ん――?」


「待ちなさい……敵前逃亡ですか……?」


「フッ……すっかり眠っておったくせに、どの口が言うか――」


「うっ……うるさい! それよりも何故、誰一人として殺さずに、生かして逃がす真似を……」


 僅かに頬を紅く染めて、勇者はフラフラとしながら立ち上がる。


「別に――。特に理由などない」


「お前は我々を馬鹿にしているのですね。殺す価値すらないと……」


「言っておらぬ。そんな事――」


「じゃあなぜ――」


「言っただろ、理由などない。貴様ら人間を殺す価値などない――と嘲笑う為でもなく。ただの直感だ」


「直感……ですって?」


「あぁ。お前たち人間に様々な思想を持つ者がいるように、魔族にだって色々な考えを持つ者が居る。つまらん偏見は辞めて欲しいな?」


「そう……ですか。それは失礼な発言でしたね、撤回します」


「分かればよい。それじゃあな――」


 勇者に背を向けて、今度こそ地上に上ろうとすると、


「はい? 何処へ行くおつもりで?」


「は? 自分の部屋だが?」


「そんなこと許しませんよ」


「なぜ?」


「まだ決着が着いていないからです」


「決着ならさっき着いたと思うが?」


「どちらかの命が潰えるまでは、決着が着いたとは言えません」


「…………」


「何か言いたいことでも?」


「……めんどくさい女だな――」


「なっ!? 一国の王女に向かって、なんて無礼なんですかお前は……!」


 そう言って必死に振りかざす拳を最低限の動きのみで交わしながら、俺はため息を吐いた。


「もういいだろ、武器もない勇者が魔族に勝てるなど、おとぎ話でも聞いた事がないだろう?」


「……ッ! でも私には果たすべき使命が――」


「その使命を捨てろなどとは言わん。俺はを改めろと言っている……」


「改める……? それはどういう――」


「己の剣に磨きがかかったと思ったらまた来るがいい。何度だって相手をしてやる」


「その、一応聞いておきますが、それは私の騎士道を弄んでいる訳ではないのですね?」


「無論。だがしかし、そこで寝そべっている雑魚共は毎回引き連れて来るなよ? 弱すぎて眠くなる」


「いいでしょう。単騎での勝負をお望みだと言うのなら、望むところよ」


「よし、決まりだ。そうと決まれば今日は早くそいつらを叩き起して北の国へ帰るんだな」


「えぇ、そうさせてもらうわ。精々首を洗って待っていなさい。今ここで私を殺さなかった事を、いつか後悔させてあげるから――」


「そうか。気長に昼寝でもして待っていよう」


 そうして俺と勇者シャルとの闘いは、定期的に行われることになった。もちろん父上や従者達には内密で、影ながら二人きりで――。





 

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