第7話 君の前では負けたくないから

《ピッピ――ッ!》―― と試合終了のホイッスルが響き渡る。


「女子Aグループは25対12で一組の勝利!」


「おぉぉぉぉぉ〜……」


 開始早々まさかとは思ったが、本当に想像していた展開とは異なる形で女子Aグループの試合は幕を閉じた。

 星宮さんのスーパーサーブから始まり、途中咲優や美由紀もある程度は善戦していたが、やはりそのままの勢いで押し崩されてしまった。


「いやぁ〜負けた負けたぁ。ウチもう汗びっしょりだよ咲優っち〜……」


「そうだね、お疲れ様美由紀。はいっ、タオル」


 自らが持参したタオルを美由紀の頭に被せる咲優。その表情には僅かだが悔しさが滲み出ている。

 幼なじみとしてもう長い付き合いになるが、そういえば彼女は昔からかなりの負けず嫌いだったか。

 今の彼女に対し、俺はどんな言葉を掛けるのがベストなのかは正直分からない。が、先ずは称えてあげるのが最優先だろう。


「お疲れ二人とも、ナイスファイトっ」


「ありがと頼人。でも正直私、あの星宮さんに手も足も出なかった。完敗っ……」


「そんな事ないよ。咲優なんか途中まで殆ど一人で攻撃して、星宮さんのスパイクもブロックしてたじゃん。ほんといい試合だったよ」


 そう、咲優は俺が知る女子の中では運動神経はかなり良い方だし、成績だって優秀な文武両道の優等生なのは間違いないのだが、それを上回る彼女――星宮さんはどうやら完全に上位互換の存在らしい。一組の得点源の殆どは彼女からによるもので、最後までほぼ一人で闘い抜いていた印象だ。


「らいとっち〜、ウチがすっごく頑張ってたのもちゃんと見てたぁ〜? ほら、ベンチまでオブって〜」


「あぁ、もちろん見てたよ。 ほんとお前はやる気さえあればなんでも出来るんだから、普段からしっかりしろよなぁ?」


 まぁ正直のところ、俺は試合中の好プレーよりも彼女や咲優、星宮さんのスパイクやブロックのタイミングで激しく上下に揺れるにばかり目がいっていたので試合内容は殆ど覚えていないのだが、そんな事を口ちすればきっと殴られるでは済まないので絶対に言わないでおこう……。


「ほら早くぅ〜」と汗だくの身体でベッタリと俺の腕にしがみつく美由紀を咲優が強く引き剥がす。


「こら美由紀、次は男子のAグループの試合なんだから頼人達は出番よ。離しなさい……」


「おぉ、そうだった。そういう事だ美由紀」


「えぇ〜、それなら仕方ないかぁ。ウチらの仇、ちゃんと取ってよ? らいとっち」


「まぁ頼人は昔から私達の中で一番出来るんだし、心配しなくてもきっと勝てるよ。怪我だけはしないようにね?」


「あぁ、もちろん俺もそのつもりなんだけど、ちょいと厄介なが居るみたいなんでな。あんまり期待せずに見ててくれっ」


 それじゃ行ってくる! とだけ二人に言い残して、先にコートの中で待つチームメイト達の元へと合流する。


「よし、みんな。やるからには勝とうぜ!」


「おうよ! 先に25点取るだけや!」


「うんうん! さっさとやっちゃおっ」


 「そんなことに言われたら困るよ――」


 よっしゃ! っと拳を合わせ、気合いを入れ合う直人と三谷の背後から、長身短髪の眼鏡を掛けた男がやってきた。もちろん見覚えはない。


「……? お前は」


「南雲だ――南雲隼人なぐもはやと。さっきから黙って聞いていればごちゃごちゃと、君ら馬鹿の集まりか?」


「おいメガネ、今なんだって……? もしかしてオレ達に喧嘩売ってんのか?」


 ――ねぇあれ……


 ――おいおい喧嘩か?


 ――ほら、誰か止めに行けって


 周りのザワつきすらも気にせずに、今にも殴り殴り掛かりそうな勢いで南雲に向かっていく親友の腕を掴み、静止させる。


「落ち着け直人……。それに、もわざわざ素人を挑発しに来るなんて趣味が悪いんじゃないか?」


 「挑発なんてまさかっ」――と苦笑しながら腕を組み、俺達を見下ろすように顎を上げた状態で、南雲は距離を近づけてきた。


「僕には自分より馬鹿な人間を煽る暇なんてないからね。ただ少し声量を下・げ・ろ。って注意しに来てあげたのさ。周囲の迷惑も考えられないの君たちにね?」


「……へぇ。それはありがたいご忠告だな」


「うん、是非感謝して欲しいよ。馬鹿に馬鹿と伝えるのも簡単ではないから――」


「おいメガネ、さっさから馬鹿馬鹿うるせぇな。エリートズラしてんじゃねぇぞボンボン」


「だから辞めろって直人。同じ土俵に乗ったらお前も同じレベルだぞ……」


「でも頼人、こんなモヤシに言われっぱなしかよ? の頃のお前ならボコボコにしてたろ?」


の頃ならな? けれど残念ながら、俺達は三日前から名ばかりだけは高校生で、手を出したら直ぐに退学になる場所で生活してることを忘れんな」


「まぁ……そうだけどよ」


 落ち着きを取り戻した直人の肩をポンッ――と叩く。


「それに――に利口ぶってる奴ほど悪知恵の働かせ方が無駄に上手いんだ。相手にしなくていい。そんなアホ」


 ちっ……。と不満げな表情を浮かべる南雲。その顔を見ればやなり挑発が目的なのは明白だった。


「フンッ。まぁ流石に手を出す様な馬鹿では無いか。それにしても侵害だな? 君たちの馬鹿にアホ呼ばわりされるのはね」


「そうか? お前にピッタリの言葉だからくれてやったんだよ。それと何となく分かったよ。アンタのこと」


 無駄なプライドを持っているやつがこの社会の腐るほど居るのは知っている。今目の前にいる彼も、きっとその類だろう。


「僕のことが分かった? 何言ってんの?」


「馬鹿と天才はって言葉があるが、アンタはだ。人生は長いし、時には馬鹿にも成りきらなきゃ行けない場面なんて山ほどある」


「は……? だから君は何を言って――」


「けれどアンタのはただのアホ。在籍している生徒の大半が有名大学を目指す進学校ならともかく、都内の何処にでもある普通の公立高校で、他クラスより少しだけ授業スピードが早いという枠組みに所属してるだけの普通の生徒だ。そこを差し違えてる時点でアホだって言ってんだよ」


「チッ。僕がアホ……だって? もういい、早く試合をしよう。たかだか体育の授業だが、文武両道の僕が直々にお前ら――取り柄の無い馬鹿共を黙らせてやるよ」


「あぁ上等だよ、なんちゃって優等生。たかだか体育の授業だが、こっちにも負けられないがあるんでね。簡単に負けてやるつもりはない」


 こうして一組男子と七組男子の闘いが幕を開ける。厳しい闘いになる事は目に見えているが、ここまで啖呵をきった以上、俺も引く訳にはいかなくなった。

 負けられない理由――それは今もコートの外で不安げな顔で応援してくれている咲優や美由紀の期待に応える為、そしてまだ友達にすらなれていない彼女、星宮妃咲希の前で、


 ――君の前では負けたくないから。



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