第6話 勇者だった君と合同体育
「まずは俺から謝罪をさせてくれ」と小島先生は両足を揃えた。
「みんなも知ってる通り、本来この時間はそれぞれ別々に体育の授業を行わねばならないのだが、今日は俺の時間割把握ミスによりこの様な形を取らせて貰うことになった次第だ」
「申し訳ない――」と深々く頭を下げるその姿を見て、とても礼儀正しい心情の持ち主なのは直ぐに伝わった。さっき直人と三谷が失礼な事を言っていたので今すぐ謝らせてやりたいくらい。
「という事で30人が二クラス、計60名で授業を行うわけだが、俺一人でこの人数を見守るのは難しくなる事が予想される」
――え、このまま体育やるの……?
――もう自習でよくね?
――怪我したらどうすんだよ
不安を抱く生徒達の呟きがポツポツと上がり、二クラスの空気はどんよりとしたものへと変わる。
それもそのはず、難しくなると言うより、本来この状況ならもう一人別の担当教師が来るべきで、それが叶わないならば授業自体行わないのが体育の教師としては最もベストな選択だと俺は思う。
何故なら同時に複数の生徒が怪我、または命の危機に陥った時に瞬時に対応出来なくなるから。
けれど小島先生のあの言い草、まさかこのまま授業を続行する気なのだろうか……。
「なので今日の所は一組と七組でバレー対決と行こうじゃないか」
「「「「「は……?」」」」」
「男女に別れてのバレー対決だ。コートに出られるのは六人のみだから、七人と八人に別れて、ローテーションを回して行う。今から三分でチームを作って整列しろ」
その間におれはコートの用意をする――そう言い残して体育倉庫の方へと歩いてく彼の大きな背中を見送って、残された俺達もそれぞれのクラスに別れてチームを作ることに。
「まさかバレー対決になるとはな。直人、三谷、残り四人どうする?」
「別に誰でも。その辺で余ってる奴加えようぜ」
「うん。ボクも声掛けてみるよ」
そうして二分程で残り四人のメンバーを加え、俺達は男子Aチームとなった。
「えっと、俺は西島頼人。今から一応チームスポーツやるわけだし、四人の名前も聞いといていいかな?」
「俺は
「……自分は
「僕は
「おれ、
「おっけーありがと。大西君がバレー部なら話は早いね。君を中心にボール集めようか」
「「「「「「いいね」」」」」」
正直全員ノリが良くて、チームとしてはちゃんと機能しそう安心した。それに加えて現役バレー部員までいるとなれば彼を中心にボールを集めるのが最も勝率をあげられるとも思う。
子供地味ているかもしれないが、どうせやるなら俺は勝ちたい……。
「あ〜、それなんだけど……」と大西君は気まずそうにに首を横に振った。
「ごめん頼人くん。おれ部活だとセッターだから、スパイクはあんまり得意じゃないんだ」
「マジか……」と直人がボソッと呟く。
「いやいや。むしろ俺達殆ど素人チームなんだし、現役セッターが居た方がとってもここ強くて助かるよ!」
「ありがと、そう言って貰えると助かるよ……」
バレーボールはテレビでワールドカップを見る程度だが、昔から素人目の俺にでも分かる事が一つだけある。
それはどんな強豪なチームでも、陰ながらスパイカーを支える存在――セッターの重要性だ。
どれだけスパイクが強い選手でも、それを起用するセッターの腕次第では得点には繋がらないということ。
「これでスパイクは打ちやすくなるし、あとは俺達個々の力次第にはなるだろうけど、まぁなんとか頑張ろうぜっ」
「きっと余裕だよ頼人、だって相手は一組だよ? 普段からお勉強しかしてない奴らに、ボクたちが負けるとは到底思えない」
小馬鹿にするような表情で冷めた眼差しを相手サイドに向ける三谷のデコに、一発デコピンでも喰らわせてやろうと思った刹那――
「それが違うんだ。三谷くん」
またしても大西君が割って入った。
「違うって、なにが?」と不思議そうに目を丸くする三谷に対して、大西君は先程よりも低い声量で、
「あそこにいる進学クラスの中に、今年のバレー部一年で一番強いスパイカーが居るんだよ……」
「は……!?」
俺も咄嗟に声が漏れていた。いや、そもそも、
「進学クラスなのに部活に入ってる奴なんて居るのか……?」
「うん。部活に入ってる子自体は僕が知る限り殆ど居ないんだけど、彼――
南雲隼人……。想像もしなかった人物の登場に言葉が詰まっていると、耳元で直人が囁いてきた。
「おいおいまじかよ頼人……。体育の授業とはいえよ、進学クラスの陰キャ達相手にコテンパンにされるとこなんて星宮さんに見られたら、お前完全に終わるぞ……?」
「あぁ、確かに」
俺は相手サイドを一瞥する。
たった今大西君に告げられたばかりだが、やはり彼らにスポーツで負けるだなんてにわかに信じ難い。
何故なら相手サイドの男子達の殆どは痩せ気味で眼鏡を掛けていて下を向いている同じ特徴の生徒ばかりだし、正直あの中にバレー部一年のエースが混じっているとは到底信じられないから。
まぁいずれにせよ、まだ友達にもなっていない彼女――星宮妃咲希に勉強はともかく、運動が出来ないとは思われたくないので、俺も簡単に負ける訳にはいかない。
「ねぇねぇ二人とも――! 」っと三谷が俺と直人の肩を叩く。
「どうやら女子のAグループ同士が始まったみたいだよ!」
「え、ああ……」
言われるがまま体育館中央へ顔を向けると、いつの間にかバレーコートが出来上がっていて、既に女子の1グループ目の試合が開始されていた。
「お、あれは咲優と美由紀じゃん」
ウチのクラスの先陣には咲優と美由紀が出場していた。残りの四人のチームメイトは名前までは知らないが、是非頑張って欲しいものだ。
「ねぇねぇあれ、 星宮さんのサーブ!」
「おっ、ほんとだぞ頼人!」
「……!?」
向けられた指の先には、先程まで着ていた赤いジャージを脱いで真っ白なTシャツ姿になった星宮さんがボールを持って跳躍運動を始めだしていた。
なんだか張り切ってるようにも見えるけど、彼女がピョンピョン飛び跳ねる度に激しく揺れているアレに正直釘付けになってしまう……。
そしてサーブを放つ! とはいかず、何故か彼女は一歩一歩後方に下がり始めた。
「なぁ……どうして後ろに少しづつ下がってるんだよ」
「オレにも分からん」
「ボクは分かった。もしかしてあれ、ジャンプサーブじゃない……!?」
「「は……?」」
直人と視線を合わせ、いやいや と苦笑する。
「んなわけねぇだろ三谷。星宮さんがバレー部なんて聞いたことないし、ジャンプサーブとかいう凄技はバレー部でも難しいんだろ?」
「確かに直人の言う通りだな。多分一度後ろに下がったのは、狙うコースを定め直す為だよきっと」
「そっか、そうだよね」
「「うん」」
「え、でもなんか、ボール構えてない……?」
「「ん……。え……?」」
確かに構えている。ラインから五メートルも離れた位置から、今にもボールを投げそうな構えをしている。
そのままボールを少し前方の宙に上げ、トントントントンッと小走りしながら勢い良くジャンプして。
「やぁぁッ!」
ボン――ッ!
ボールは次の瞬間には相手コート中央、咲優と美由紀の間に叩き付けられ、そのまま勢いを殺すことなく壁に直撃。
《……ピッ――!》
僅かに間を空けて、ホイッスルと共にスコア版に【(一組)1対0(七組)】と表示された。
「へへへっ、いぇい!」
小さな拳を握りしめ、ニコッと嬉しそうにガッツポーズする星宮さんを見て、体育館中に一組の歓声が溢れ出す。
「……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
「まじかよ……」
こうして俺と、勇者だった君との合同体育が幕を開けた。
果たして俺は、男女共にエーススパイカーを有する一組相手に、勝つことが出来るのだろうか。
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