第5話 ありがた迷惑

 まさかの展開に絶句する中、耳元で親友が囁いてきた。


「なぁ……? 驚いたろ?」


「いや、流石に驚くだろ……。そしてもっと早く言えッ!」


 肩に腕を回してきたところで空いた脇腹に重いフックを入れてやる。


「ブフォッ……!」と悶絶しながら体育館の冷たい床に膝から倒れ込む直人。すぐに三谷が駆け寄った。


「あらら……可哀想に」


「他人事みたいに言うな……ったく」


 三谷が伸ばした腕にしがみつくような形で立ち上がる直人はやれやれと溜息をついた。


「黙ってたのは悪ぃけどよ……言っとくがこれはチャンスなんだぞ? 頼人」


「チャンス……? なんの?」


 いいかよく聞けよ――? と顔を近づけて、


「次の五限目は合同体育だ。何をするかは別として、少なからず星宮さんの近くで身体を動かす事になるんだぜ?」


「それで?」


「そこでお前がカッコよく目立てば自然にあの子の目に映るだろ……!」


「は?」


「そうすればきっと『え〜! さっきのあの人超カッコイイ〜! 是非私とお友達になって下さい! いいえ、いきなり恋人からでも構いませんわ!』みたいな展開になること間違いなし!」


「…………」


「どうした頼人?」


「お前ら馬鹿なのか? いや、ずっと馬鹿だったわ」


 つくづくコイツらの思考回路の悪さにはビックリさせられると言うより、呆れて言葉も出てこない。


「よくもまぁ、そんなラブコメの王道テンプレみたいな展開を『素晴らしいアイディアだ!』ってドヤ顔で言い張れるなよな」


「な……っ、頼人お前、オレと三谷のナイスなアイディアを侮辱するつもりなのか……?」


「いや、侮辱するとか否定するとかじゃなくて……。いや、それももうどうでもいいか。とりあえずお前ら二人は一年くらい口閉じてた方が恥かかないと思うぞ? マジで」


 冗談交じりの本音が出てしまうと、二人は苦悶の表情を浮かべて目を合わせた。


「よし。こうなったら今すぐ星宮さんとこ行ってくっつかせてやる……! 行くぞ三谷!」


「了解っ」


「おい待てお前ら、 また余計なことを……!」


 少し離れた場所で友人達に囲まれている星宮さんの方へと走り出す二人。一切減速する気配がないのでまるで追いつかない。本気であの女子軍団に突っ込む気なのか……。とても正気の沙汰とは思えないが、とにかくお願いだから誰かアイツら止めてくれ……! 生徒でも先生でも誰でもいいから早くッ! そう心の底で祈った刹那――


「ふ・た・り・と・も!」


「「…………ッ!?」」


 直人と三谷の足が止まった。

 二人の前に立ち立ち塞がったのは見覚えしかない顔馴染みの姿――咲優と美由紀だった。


「なおっちと三谷っち、なんで二人とも走ってんの〜?」


「いや、それはだな……」


「ボク達ちょっと、食堂で会ったあの子に少し話が……」


「どうせまた、頼人に余計な事してるんでしょ?」


「「ギクッ……」」


 俺は大きく腕を振る。


「咲優! 美由紀! そいつらこっちに連れてきてくれ!」


 すると咲優は少しだけ目を細めていたが、二人の耳を引っ張りながらこっちへと歩いてきてくれた。まさに救世主。


「二人ともナイスタイミングで助かったよ」


「だって傍から見てたら直人と三谷がキモイ顔浮かべていきなり走り出すし、変出者にしか見えないから急いで止めに入ったわよ」


「それでぇ、 なおっちと三谷っちは何をしようとしてたの?」


「いや、ボク達はただ頼人の恋を応援しようと」


「そうそう、オレたちは親友の背中を押してやろうと思ってな?」


 アホか――と二人の頭にゲンコツを叩き落とす。


「そんな事一言も頼んでもないし、仮に頼んだとしても、背中を押すどころかお前らが先走ってどうすんだよ馬鹿」


「「ごめん……」」


 この二人に悪意がないことくらいは知っているが、やはり色々と思考がズレている部分があるみたいなので、正直ありがた迷惑この上ない。


「ってなわけで、もうこれ以上余計なことはしてくれるなよ?」


「おう……わかった」


「うん、ボクも」


「俺の口からちゃんと《協力してくれ》って言う時まではな」


「「え……」」


 ありがた迷惑とは言ったが、二人とも俺の為を思っての行動だった事に変わりはないようなので、いずれその時が来るのなら、今度は俺の方から頼んでみようとは思う。


「「らいとぉ……!」」


 嬉しそうに涙と鼻水を流す二人は、勢い良く俺の胸に飛び込んできた。


「ちょっ! 二人とも頼人に汚い鼻水が着くでしょ! 離れなさい! それに……――なんてもう来なくていいわよ」


「え、咲優いまなんて?」


「別になんでもない。それよりほら、もう先生来るってば」


 僅かに頬を赤らめた彼女が指さす先、俺達が先程入ってきた体育館の入口から巨体の男が入ってきた。同時に、五限目の開始を告げるチャイムが鳴り響く。


「よーし、全員整列しろ〜」と低く重圧がある声が体育館に響き渡り、散らばっていた二クラスの生徒全員が直ぐに集結する。

 先程までの賑やかな空気は一転、体育館中が沈黙に包まれた。


「おれは一年間、お前ら一年の保険体育を務める小島大樹こじまだいきだ。学生時代はラグビーをやっていた。よろしくなァ!」


「うわぁ、ありゃ見るからに熱血系ゴリラだな……ハズれぇ」


「ボクにも分かる。あれは強面こわもてヅラを利用して女子生徒達に手を出てきた顔だよ。教育委員会に早く密告しなきゃ……」


 失礼が過ぎる二人は放っておくとして、確かに周りの女子生徒、星宮さん達も表情を引きづっているようにも見えた。


 それもそのはず、身長百八十後半はありそうな巨体に、力士と変わりない横幅。そしてラグビーをやっていたと言っていたが、とても走れるような体型には見えない。

 見た目通りならかなりスパルタな教師像が想像できるが、これから一体何が始まるのだろうか……。






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