第4話 偶然か奇跡か

 その驚愕した顔を見れば、俺にもあの世界の面影が少なからず残っていることが分かる。

 口を半開きにして大きく目を見開いている彼女の顔は、正真正銘俺が知っているシャル・ジークフリートだった少女のそれと、一致する。


「え……君は――」


「うん……」


 刹那――パチンッ! と咲優が両手を合わせる。


「ごちそうさま。ほら行くよ……らいと」


 そう言って俺の右腕を握った咲優は、一瞬だけシャル、じゃなくて星宮さんの方へ鋭い視線を向けて、直ぐに腕を引っ張り出した。


「おいっ……咲優ッ?」


「いいから。ほら、皆も早く」


「お、おう……」


「はぁ〜い」


「ういっす」


 引っ張られながら振り返ると、ポカンとした表情の星宮さんと、その彼女の後ろに立つ二人の友人達もまた、不思議そうな表情を浮かべて俺達を見送っている。


 そのまま食堂を後にした直後、階段を上りながら俺は咲優に尋ねた。


「おい咲優、さっきのその……星宮さんとは仲が悪いのか?」


「うるさい」


 ムスッとした顔で未だ沈黙を続ける彼女の横顔を見ると、僅かに瞳が揺れているようにも見える。やはり俺が知らない所で彼女と話していたりして……仲が悪いのだろうか。どちらにせよ理由を聞かねば分からないので、教室に入る一歩手前で彼女の腕を掴み取る。


「おい、何とか言えよ咲優。黙ってちゃ分からない、なんで怒ってるんだよ」


 ゆっくりと掴まれた腕を振り解き、少しだけ間を空けて。


「別に怒ってない。あと、次の授業体育だから。女子は教室で着替えるけど、男子はほら、体育館で着替えるんでしょ?」


 私もそろそろ着替えるから――。そう言って教室の扉を勢いよく閉める彼女を見送ると、両肩をそれぞれをトントンっと叩かれる。直人と美由紀だった。


「お前らほんと、の癖に、よく関係拗れるよなぁ」


「ふふふっ、らいとっちどんまい」


「はぁ、他人事みたいに言いやがって……」


 一番長い付き合い――。確かに直人の言う通り、俺と咲優だけは同じグループの中では他の三人よりもかなり前に出会っている。

 中学から親しくなった直人や美由紀達とは違い、彼女とはそれよりも更に前の幼稚園の頃からなのでもう十年ぐらいの仲になる。いわゆる幼なじみ同士。なのだが、

 それだけ長い期間関わってきていても時折不機嫌になる理由が俺には分からないので、直人や美由紀にはいつも「鈍感すぎ」と口を揃えられているのだが、それもどういう意味なのか正直の所はよく分からない。


「意味わからんこと言ってないで、美由紀お前も早く着替えてこいっ」


 ニヤニヤと鼻につく笑みを浮かべている彼女を半ば強引に教室に放り込む。


「わぁ〜」


「直人、三谷、俺達も体育館行くぞ?」


「へいへいっ」


「おっけい」


 結局咲優が不機嫌な理由を聞くことは出来なかったが、それはまた後で聞くとして、今は俺達も早く体育館に向かわねばならない。


「それにしてもさっきはビビったな頼人、まさかいきなり星宮さんが話し掛けて来るなんてよ?」


「あぁ、度肝を抜かれたかと思ったぜ……」


「ボクも噂では聞いてたけど、評判通りの美少女過ぎて流石に興奮したよ。まさか頼人の知り合いなの?」


「いや、知り合いでは無い……はず」


「なにそれ意味深……直人もそう思わない?」


「あぁ確かに、昨日一緒に進学クラスを覗いた時といい、さっき星宮さんと向かい合った時といい、コイツ様子がおかしいんだよな」


「いやいやいや、いきなりあんな近くに顔があったら誰でも驚くだろ、それに昨日はあんなに可愛い女子が居るとは思いもしなかったから少し驚いただけな?」


「ほぉ〜? お前あの子に関してはほんとに可愛いって素直に認めるんだな。今までオレと三谷が咲優と美由紀とイイ感じにくっつけようとしてもまるで反応無かったくせによ?」


「うんうん。美由紀の馬鹿はともかく、咲優のスペックはさっきの金髪の子といい勝負してると思うけどなぁ」


「三谷お前は女子を容姿と身体で判断し過ぎだから辞めた方がいいぞ。それにオレたちは美由紀と殆ど一緒に居るからあんな風にちゃらんぽらんに見えるけどな、関わったことない奴からしたらかなりのスペックだぞあれ。特に胸とかなんて……」


 謎にドヤ顔を決めている親友の肩に一発拳を打ち込む。


「イデッ……何すんだよ頼人」


「お前も身体とかスペックとか言ってるじゃねぇか」


「へへッ、ごめん……ついうっかり」


 言動にまるで一貫性が感じられない親友に呆れながら、気づけば体育館に辿り着いた。


「お前らちゃんと制服の下に体操服着てきたんだろうな?」


「おうよ」


「もちろん」


 そう、体操服を鞄に入れるのは余計なスペースを取るし、着替えるのも面倒になるので、中学の頃から朝のうちに制服の下に着ておくことにしている。(なお、当然校則違反なので教師達にバレると中々めんどくさそう)


「少し話が脱線したけど、ぶっちゃけどうなんだよ頼人。あの子に惚れてんのか?」


「お前らほんと、そういう話好きだよな」


「そりゃあもちろん好きだとも。ボクたち三人出会った頃から彼女居ない同盟の仲だし? 頼人が抜け駆けするのならその前にそれなりの苦しみは与えとかなきゃじゃん?」


「まだ何も言ってないのに酷い言いようだな……あと俺はそんな同盟を結んでたなんて初耳なんだけど?」


「まぁまぁまぁ、オレも三谷もとりあえず今の頼人の気持ちが知りたいだけなんだよ」


「あのなぁ、可愛いと思うのと好きになるのじゃ全然話が違ってくるからな……? それを理解した上で聞けよ?」


「「おお……うんうん」」


「ほんとに結構タイプなんだよっ」


「「……ふぉ〜!」」


 既に辺りでは他のクラスメイト達も着替え始めているというのに、そんな事はお構い無しに気持ち悪い雄叫びを上げるこいつらは本当にタチが悪い。いっその事親友辞めようかな……。


「頼人はこうして認めた訳だし、あとは星宮さんが友達になってくれるかが問題だよな、おい三谷、本人に直接聞いてみるか?」


「うんうん。ボクもそれ同意!」


「だから話聞いてた? 大体直接聞くってお前ら女子に話し掛ける度胸すらない童貞だろ……。それにもう都合よく出くわすシーンなんか当分訪れないと思うぞ」


「確かにオレたちは進学クラスに出向いて星宮さんに話しかける勇気なんてないけどよ? 偶然にもタイミングなら直ぐにやってくるんだよ」


「は? どういう意味だよ」


 すると三谷が周囲で着替えているクラスメイト? 達に指を指した。

 その先には見るからに根暗なオーラを醸し出しながら語り合う数十人の男子たちがいるだけ。

 正直まだ入学して三日目なので、クラスメイト全員の顔と名前なんて当然覚えていないが、

 あんな奴ら居たっけ……。それになんだか人数が明らかに多い気がする。


「頼人見覚えある? アイツらのこと」


「ねぇよ。自慢じゃないが、俺はまだクラスメイトの顔と名前は殆ど覚えてない」


「まぁそうだとは思ったよ。もちろんボクと直人は既に全員覚えてるよ? だけならね」


「へぇ、普通に凄いじゃん。んで? アイツらは誰なんだよ」


 尋ねると二人とも返答せず、互いに目を合わせてクスクスと笑っている。


「なんだよ二人とも、名前分かるんだろ?」


「いや、違うんだよ頼人――」


 ニヤけた顔を辞めた直人がそう答えた。


「オレ達も?」


「は?」


「頼人は朝のHRから寝てたから聞いてなかったと思うけど、どうやら今日の体育、時間割が被ったらしくてさ、オレたちは他クラスと合同で行うんだって」


「なんだ……そういう事か。それじゃあアイツらは何組の奴らなんだよ?」


 二人の表情を見ていれば、既に嫌な予感はしていた。もしかして……。


「それがなんとなんだよっ」


「……え?」


 刹那、体育館外から複数の女子の声が聞こえてきたと思えば、段々と近づいてくるようだった。


 ――よいしょ〜! 食後に増えたカロリー消費しますかぁ。


 ――高校初の体育だね〜。


 ――ね〜! なにするんだろう〜。


 まるで計らったかのようなタイミングで体育館にぞろぞろと入ってきた女子生徒達。その中には当然咲優や美由紀はもちろん、先程食堂で顔を合わせたばかりの星宮さんも白のTシャツに赤のジャージを羽織って現れた。


「まじ……かよ――」


 これは一体偶然なのか奇跡なのか。或いはなにかの陰謀に仕組まれた罠なのか。

 いいや、もはやそんなことはどうだっていい。今はただ、視線の先で友人達と微笑み合う元の体操服姿を一秒でも長く拝んでいたい。


 なんせ控えめに言って可愛すぎるから……。















































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