第2話 一番星
「おいこら、起きろ頼人」
「……っ!」
ふと目が覚めると、ボヤけた視界の中心で手刀を構える親友の姿があった。もう見慣れた光景だが、その後ろにも三人くらい立っている。
「も〜、らいとってば、早くしないと食堂混んできちゃうでしょ?」
「咲優の言う通りだ頼人、いっそのこと咲優に食堂までおぶって貰うか? お前が周囲から向けられるあらゆる視線に耐えられるかだけどな?」
えっ……――と咲優が頬を赤らめる。
「まぁ、らいとがしてって言うならするけど……?」
「うわぁ、眠った子供をおぶるとか、さゆっちお母さんみたーい。ねぇ三谷っち?」
「だな、怪力おばさんの爆・誕」
刹那――ボンッ!! っと鈍い音が聞こえたので慌てて俺も反応すると、咲優が三谷にゲンコツを入れていた。それもとっても怖い顔で。
「誰がおばさんですって……?」
「イッッテ!! おまえ普通に暴行罪だぞ! なぁみんな?」
「「「いや、今のはお前の自業自得」」」
寝起きの俺含め、直人と美由紀の声がピッタリ重なった。
「で? なんで俺を起こしたんだよ?」
なんでじゃねぇよ――と今度は直人が俺にゲンコツを入れる。
「四限終わって昼休みだからに決まってるだろ」
「俺は放っておいて四人で食堂くらい行けばいいのに……」
最近は授業中に眠ってしまうと昼休みになっている時が多いので、大抵はこうして起こしてもらって五人で食堂に向かうのがルーティンとなっている。
「ねぇらいと、入学してからずっとこんな感じだけど、そろそろ少しはちゃんとしたら?」
我が子の友人関係を心配する母親のような表情で、赤髪にブラウン色の瞳の少女――
「あぁ、自分でも分かってるんだけど、なんだか最近夜寝付きにくいんだよなぁ。それより咲優、テスト前は頼りにしてるよ?」
「え? あーうん、それはもちろん……任せてよね」
頼りにしてる――とはテスト期間に勉強教えてくれよ。っという意味。彼女は中学の頃から成績優秀な優等生なので、テスト前は俺たち“イツメン”四人の赤点回避をいつも手伝ってくれているのだ。(主に俺)
しかし、いくら友達の為と言っても、自分の勉強時間を削るというのに彼女は何故かいつも嬉しそうに頬を紅く染めている。
まぁ、俺や他の三人目からすれば有難いことこの上ないのでその理由を聞くのは辞めておく。
「ねぇ〜それで? あの後結局カラオケに来なかったけど、なおっちとらいとっち二人で何処かで遊んだの?」
銀髪青眼のちびっ子娘、
「それがさぁ、らいとのやつがちょっと可愛い子教えてやったら釘付けになってその場から離れなくてよ? 結局時間も夕方だったしラーメン食って帰ったわ」
「おい直人。元はと言えばお前が……」
とツッコミを入れる前に美由紀に「じゃま」っと背中を叩かれる。
「はいはーい、なおっちそれ詳しく!」
「どうせまた直人が話盛ってるだけな気がするよ〜? ボクは」
「ほんとその通りだよ三谷、俺はただ直人に言われて無理やり連れて行かれただけだ」
「大体そうだろうなとは思ったよ」
黒髪マッシュの廃人ゲーマーこと
「ねぇ直人。私もその話、詳しく聞きたいかな?」
「うわぁーさゆっち怖っ! 可愛いけど怖っ! んで三谷、らいとが夢中になってた女の子って?」
「待て待て焦んなお二人さん。進学クラスの噂の子だってば」
「噂の子? わたし知らないんだけど、さゆっちは?」
「噂って言うか、普通に可愛い子なのは知ってるよ? 金髪碧眼で運動神経も抜群の子らしいけど……」
直後、二人の視線が同時に俺に向いた。目を細めているかんじ、穏やかではなさそう。
「「ジーッ」」
「なんだよ二人とも、確かにちょっと可愛いとは思ったけど、あんなの可愛くないって言ったら方が逆に嘘になるだろ?」
「へぇ〜? 普段は可愛いとか滅多に言わないらいとっちがそこまで言うなんてねぇ?」
「うん、らいとは基本言わない。へぇ……あんな感じの子がタイプなんだっ」
「いやいやだから全然そんなのじゃないからな。それよりほら、もう食堂。飯の時くらい冗談はやめようぜ?」
なんとか二人からの鋭い視線から目を逸らし、俺は逃げるように背を向けて食堂へと入る。
「おばちゃん! 俺Aランチでお願いします」
「オレはBでよろしくっす」
「私もび……Aでお願いします」
「わたしは同じBにしま〜す」
「ボクもBでお願いします」
――はいよー! っとおばちゃんから出来たてホヤホヤのランチセットを頂き、空いている席に着く。
食事関係は一般的な高校と同様で、弁当を持参している生徒は教室やカフェテラスで、そうでない生徒は食堂か売店で済ませることになっている。
「それじゃあいただきます――」
男子と女子で向かい合うように席に着いた俺たちは、それぞれ手を合わせて食べ始める。
途中、何度か正面に座る咲優に向けて視線を送るが、彼女は一向に目を合わせようとはしないので少しだけ違和感を感じながらも、俺は黙々と食べ進めた。
「じゃあみんな? 今日こそは放課後どっか行くんだよねぇ?」
沈黙を破ったのは美由紀だった。俺も直ぐ後に続く。
「俺はいけるよ」
「オレもいけるで〜」
「私もいけるよ」
「ボクもいけるよ」
こんな感じで俺たち五人は中学三年間をほとんど毎日を共に過ごしてきて、今ではほぼ家族のような距離感で接していると思う。
「行くとしてもどこ行く?」
「オレはボーリング行きたい気分やわ」
「ボクはゲーセン一択だね」
「ウチは言い出しっぺだけど、正直なんでもいいかなぁ〜、さゆっちは?」
「私は何処でも楽しいからなんでも大丈夫だよ?」
全員の意見が出揃った所で、自然と目線は俺に集まる。今出てる案は直人のボーリングか、三谷のゲーセン(メダル)か。しかしいつもこうなると女子陣営は俺や直人に無言の圧力を訴えかけてくる。
『高校生にもなってメダルゲームとか本気ですか――?』と。二人の気持ちは分からなくもないが、メダルゲーム大好き人間の三谷に対してなるべく現実は突きつけたくない。
「まぁ、どっちも行けばいいんじゃないか? どうせボーリングとゲーセンなら同じ施設内にあるだろうし」
「らいとぉ〜、ボク達やっぱり大親友だよぉ」
三谷は嬉しそうに輝いた眼差しを向けてきたが、その様子を見た美由紀が不満げな表情と共にため息を零す。
「らいとっち、別に三谷の肩なんて持たなくていいのに」
「黙れ美由紀、これは頼人の意思だということを理解しろ。ほんとお前は可愛げが無い」
「別にアンタに可愛いって思われなくても困らないからねぇ」
「天地がひっくり返っても思うわけないだろ。チビ」
「一生童貞してなよ? ゲーマーくん」
「「……は?」」
向かい合って火花を散らし合う二人。今にもどちらかが何か良からぬアクションを起こしそうで見てる側はとても怖い。左隣に座る直人も同様に空気を読んで黙り込んでいる。
パン――ッ!
そんな俺達の心を読んだかのように咲優が両手を合わせ、「ゴホンッ」と仲介に入る。
「ちょっと二人ともご飯中に空気悪くしないでよね、頼人も直人も気まづくなるでしょ?」
「「だってコイツが!」」
咲優は昔から誰よりも全員の事を一番に考えているので、どちらか一方の肩を持つ真似は決してすることなく、いつも中立的立ち位置から場を収めてくれる。にしても、
「「バカアホバカアホバカアホバカ」」
睨み合いながらもシンクロする辺り、時よりこの二人本当は一番相性がいい組み合わせなんじゃないのか? と思う時が、それを当の本人達に言えばきっと殴られるでは済まないのでいつもこうして温かく見守ることに徹している
「おいおい二人とも、間違っても手は出すなよ〜、口喧嘩縛りだかんなー」
このまま言い合いがヒートアップしてどちらか一方が手を出す前に忠告しつつ、箸を進めようとすると、左腕にトントン――っと人差し指でつつかれるような感触を感じた。俺の左隣に座るのは直人なので当然彼の仕業なのだが。
「おっ、頼人……」っと小声で囁いてきた。
「ん、 どした?」
「噂をすれば、あの子もお昼は食堂みたいだぞ」
ほれ――っと、箸で行儀悪く指した先は入ってきた入口の方を指していて、咄嗟に俺も振り向くと、既にその煌びやかなオーラを放つ三名の女子生徒に釘付けになった周囲の声が聞こえてきた。
――おい、一組の美女三人だ……!
――真ん中に居る子、ちょー可愛くね?
――星宮さんだろ? 入学初日でサッカー部主将の嵐先輩に告られて、一秒未満で振ったって言う例の一年で一番可愛い子……!
「……だってよ頼人?」
「だ・か・ら、意味わかんねぇこと言うなっつうの」
ニヤニヤと鼻につく顔で俺の肩を揺らす直人のことは放って置くとして、例の彼女――星宮妃咲希の存在は入学三日で既に学年……いや、校内の誰もが知る程の一番星となっていた。
こうして遠目からでもハッキリと輪郭が一致してしまう。かつて生きた世界で同じ時を過ごし、愛を誓った北の国の王女――シャル・ジークフリートその人と。
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