第一章
第1話 勇者だった君
物心ついた時から週に一度は同じ夢を見る。
そう、彼女との夢。
出会って、戦って、和解して、段々と互いを知って、恋に落ちて、引き離されて終わる夢。
夢の結末が変わることは決して無い。何故ならそれは変えられない過去の映像のようなものだから。
彼女と俺が出逢ったのはこの世界ではなく、ユグドラシルと呼ばれる異世界だった。まぁ元々そっち生まれの俺にとって、異世界とはこの現代の方なのだが、地球には魔法もなければ魔王も居ないので、やはり前世で暮らしたあの世界こそが異世界と呼ばれる場所なんだと今は思っている。
あの世界――ユグドラシルで俺は魔王、正確にはその息子、時期魔王として恐れられていて、基本的に与えられた仕事はただ一つ、普段殆ど眠っている父親の代わりに魔王城に向かってきた騎士や盗賊を鏖殺すること。
俺にとってその戦いは退屈しのぎ程度の認識でしかなく、向かってきたら殺す。剣を向けられたら殺す。人間なら殺す。ただその繰り返しの日々が十年間程続いたある日――突如それまでとは性別から強さまで何もかもが異なる人間が魔王城に現れた。
「……なに? 十五人もの騎士の侵入を許した? 貴様寝ぼけてはおらぬだろうな?」
ヒィィッ! っと背筋を凍らせているドラキュラのガランに向けて、俺は殺意の目を向けた。
「それが……っ! 一人だけ特出した強さの剣士がおりまして……門番達は全員殺られてしまいました……」
「……お前には後々罰を与えるとして、今その者達は何処にいる? 俺を案内しろ」
「ヒィィィッ! その……それがッ! もう間もなくここ――最上階にやって来るんですッ!」
「は――?」
刹那――ブルブルと震えるガランの背後、この城で最もデカい扉にヒビが入った。
「下がれ――ガラン」
そう言った時にはもう、ガランの身体は宙に浮いて、破壊された扉の外から現れた剣士によって、一刀両断されていた。
『貴方が魔王ハデスの息子にして、時期魔王のアレスね――?』
「人が俺の名を語るな。それにお前――」
破壊された扉の破片の上に立つ十五人の騎士達、その中心でガランを斬ったと思われる血だらけの剣を構えるのは、小柄な金髪の――
「フン……女か」
『チッ……黙れ――ッ!!』
少女は一瞬で間合いを詰め、冷気と光を帯びた剣を、俺の首筋目掛けて振りかざしてきた。
怒号と共に、魔王城が揺れる。
――やったのか?
――遂にこの日が……!
などと勝手に勝利を期待する声が上がっているが、煙幕が全て消えたとき、背後に立つ十四人の騎士達は絶望の顔に染まる。
「おい貴様……? こんな大きな音を立てたら父上が目覚めてしまうだろう?」
彼女が振りかざした一撃を、俺は人差し指と中指だけで受け止めて見せる。
『うそ……』
「ではない――」
バシン――ッ! と剣ごと少女を吹き飛ばし、俺は後方に控える残りの騎士達手を向けた。
――勇者さまッ!!
――姫ッ!!
右手から生成した闇の塊を彼らに向けて、俺は不気味な笑みを浮かべる。
「せっかくここまで来たんだ。もてなしてやる」
そこからは先は悲鳴と血みどろのパーティにして、二度と魔王城に近づけさせないよう身体にこれでもかと言う程の痛みを刻み込んでやろうと思った。しかし、
『……辞めろ、私はまだ……死んでいないぞ』
床に剣を差し込み、フラフラと立ち上がる彼女の瞳は、まだ光が宿っていた。
「勇ましいな。お前、名はなんと言った?」
『私はシャル。 シャル・ジークフリード』
「ほう……? 」
『ジークフリード家の次期女王として、貴方を殺す……!』
その名に聞き覚えがあった。確か北の雪国ジークフリート領。まさかそこの王様の娘が剣を握ってやってくるとは、流石に驚いた。
「ならば勇者シャル。お前は何故俺を殺したい?」
『それが王族としての、私の使命だからよ』
「そうか、父上も言っていたがここ数十年我ら魔族から人間の国への侵略などしておらぬのに、どうしてお前達はいつまでも本気になって向かってくる?」
『たった数十年侵略してこなかっただけで、何を根拠で安心しろと言うのかしら? 確かに最後の戦争があったのは私が生まれるずっと前かもしれない。それでも、あなた達魔族の存在自体を私たち人間は恐れているの……! 夜も眠れない人達が沢山いるの!』
それだけ理由があれば十分よ……、そう言って頭から血を流しながら、少女は剣を握り直す。
きっとこのまま何度返り討ちにしても、身体が動くうちは死ぬまで向かって来るのだろう。
「最後に聞いておこう。お前、歳はいくつだ?」
『十七よ――もしかして、私がまだ幼いから手加減でもしてくれるつもり?』
「フンッ――鼻からお前たち人間相手に本気を出した事などないが、まぁせいぜい悔いの残らない道を選べと言いたかっただけだ」
そう。彼女にはここで振り返り、引き返す選択肢だってある。人間相手に鬼ごっこをするつもりもないし、戦い続ける理由がない。
確かにバサゴは殺られたが、それは俺にとって戦い続ける理由にはならない。所詮奴の代わりなど幾らでもいるから。
『ええ、言われなくても。全力で行くわ――』
「気は変わらないか――」
この部屋に来た時から彼女の顔は変わらな
い。負けない――という強い意志が表情から伝わる。
どうしてそこまでして戦えるのだろうか。
まだ十七歳。王族としての美貌と気品さを持ち合わせ、剣士としての才能もある。このまま生きていればいずれ何処かの国の若き王子と結婚でもして幸せに暮らせるだろうに。
それなのにただ人間に生まれただけで、ただ王族に生まれただけで、どうして自分が生まれる以前の因縁を理由に剣を握り、己の命や未来を顧みず向かって来れるのだろうか。
『うぉぉぉぉぉぉッ!』
「…………」
きっと、向かってくる彼女に対して俺は全力で答えるべきなのだろう、しかしその時の俺は目の前の彼女に対し、憐れみの目を向ける事しか出来なかった。
「……人間とはやはり醜い」
無意識に漏れていたその言葉を最後に、俺はその無意味な使命を終わらせてやることにした。
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