第10話 伊吹ちゃんが不機嫌な理由。















「明君。貴方はどうしようもない男ですね。」


 怜悧れいりな顔つきに凍えるような眼差しだった。…こわぁ。


 前から後ろからとボングに痛めつけられ、涙ながらにダンジョンから逃げだした僕はやはり伊吹ちゃんに救援を求めていた。


「ゴメンね。いつも迷惑かけて………。」


 僕はすでに正座をしていたが更に頭を深く下げた。…うん、完璧な土下座だ、これ。


「あの時、何て言ってましたっけ? 流石の僕でも小学生には負けないとか何とか。」


「確かにそう言ったね……。僕はボングを少し舐めすぎていたよ。」


 …窮鼠きゅうそ猫をむっていうけれど、追いつめられた獲物ほど恐ろしいものはない。

 僕にはそれがわかっていなかった。


「大見得を切ったくせにボコボコにされて逃げ帰ってくるんですね。」


「うん。自分でも情けないなって思うけど、いい経験になったとも思っている。」


「敗者はすぐに経験という言葉を使いますね。はっきり言いましょう。負けて得られるモノなんて何もないです。」


「そ、そんなことはないと思うよ。自身の欠点とか気づけるし、次こそ勝ってやる! ってモチベーションにも繋がるし……。」


「微々たるものですね。勝って得られるモノに比べればちりみたいなものです。」


「そ、それは流石に言い過ぎだよ。…伊吹ちゃん、今日はいつになく辛辣しんらつだね。」


 伊吹ちゃんの表情が歪む。…うっ 綺麗な人ほど怒ったときは怖い。


 彼女は元トップモデルの母親と東大卒の父親との間に生まれた。


 故に驚くほどの美貌びぼう明晰めいせきな頭脳を併せもっているのだ。


「………。」

「伊吹ちゃん。そろそろ機嫌直してよ?」


 彼女は僕を睨んだまま、沈黙した。…この状況は不味いな。


 学校には密かに暗躍するファンクラブIML(伊吹マジラブ)があって、もし、その会員たちにこの状況が伝われば、僕は袋叩きにされるだろう。


『何でお前だけご褒美もらってんだ!』と。


「信じられません!」


「な、何が信じられないのさ?」


「私のプレゼントをダンジョンに置いてきたことです。」


「ああ。それはホントにごめん。逃げるのに必死で仕方なかったんだ。」


「その割には茜さんのプレゼントは大事そうに持ってるようですが。」


 更に温度は下がった。もう、絶対零度の眼差しと言ってもいいかもしれない。


「こ、この剣を振り回すことで、退路を切り開けたんだよ。」


「それは盾でもできたのでは?」


「それってブーメランみたいに投げるってこと?」


「いえ、シールドバッシュなどの盾で相手を吹き飛ばす技もありますし。」


「ごめん。あの時は必死だったから、そこまで考えが及ばなかったよ。」


 その時だった。―――伊吹ちゃんはいきなり、投げナイフを投擲した。


 そのナイフは僕の顔のスレスレ、数cmのところを通過していく。


「ひっ………。」


 僕の悲鳴と同時に背後でドサッという音がした。


 驚いて振り返ってみると、そこには眉間にナイフの突き刺さったボルグの姿があった。


「注意力散漫です。そんなことでは敵の奇襲を受けますよ。」


「.........あぁ~ビックリした~。てっきり伊吹ちゃんが機嫌を損ねて僕を葬ろうとしたのかと思ったよ。」


「フフッ 馬鹿ですね。いくら、私の機嫌が悪くても幼馴染を殺めたりしませんよ」


「ハハ…そうだよね。ゴメンね、早とちりして。」


 …はぁ 寿命縮んだかも......。

 剣一筋だと思っていたけど、まさか投げナイフの扱いもマスターしていたとはね。

 

「仕方ないですね、明君は。それでは一緒に盾を探しますか?」


「うん。行こうか。おっと……。」


 長い時間、正座していたせいか、足が痺れてまともに立てなかった。


「ここが草原で良かったですね。もし、洞窟型のダンジョンだったら……。」


 伊吹ちゃんは耳元でそう言って不適に笑った。…うん、彼女を怒らせてはいけない。


 僕は立ち上がると、ボングにやられた地点へ向かった。


「盾はここで落としたんですよね?」


「うん......でもないよね。ボングが持って行ったか、ダンジョンが吸収したか。」


 ダンジョンではどういうわけか、一定時間を経過したアイテム、装備品、魔物の死体などは吸収される。後日、宝箱から発見されることもあるので、完全に消失するわけではない。


「前者であるといいのですが。」


「そうだね。もっと広範囲を捜索したいし、二手に分かれようか?」


「ですが......大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫だよ。一体なら問題なく倒せるし、

 万が一、襲われて危なくなったら、大声で叫ぶからさ。」


「わかりました。それでは手分けして探しましょう。」


 こうして、僕たちは手分けして黒鉄の盾の捜索にあたることにしたのだった。

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