第9話 初めて挑む、G難度のダンジョン。













 空はどこまでも青く広がっていた。


 そよ風は頬をさっと撫でながら、小高い丘より吹き降りて、若草色を左右に揺らした。


「はぁ。ここが緑のダンジョンか。」


 僕は欠伸しながら、グーンと大きく伸びをした。


 ここは草原フィールドになっていて、風は心地のいいし、陽射しは暖かい。


 昼寝をするにはもってこいの場所だと僕は思った。


「魔物がいなければ地球の環境と変わらないな。

 確か、出現モンスターはボングだったか。」


 僕は周囲を観察した。…ん、何かいる。


 万草の楽しげなダンスを踏み荒らしてる、無粋な輩がいた。


 浅黒いの肌に下顎から出た2本の牙、血走った眼からは理性を窺えない。


「あれがボングか……。最弱の子豚と聞いていたけれど……。」


 強そう、怖いと僕は思った。…でも行くしかない、よな。


 その前に、いつでも逃げられるように出口の確認からしよう。


 振り返ると、マンホール大の光りの柱が天を衝いていた。どういうわけか、そのうえに乗ることでダンジョンダイヤより外へと出られる仕組みになっている。


 僕は荷物を草原にばら撒いた。


「出口の確認は完了。後は………。剣よし、盾よし、タオルよし、水筒よし、ダンジョンメイトよし、治癒ポーションよし、全部よし。レディ・パーフェクトリーだ。」


 僕は不安を振り払うかのように、安全確認よろしく、荷物をすべてチェックした。


 その後、小さなリュックを再び背負い直した。


「よし、行こう。」


 緩やかな傾斜の丘を下って、ボングのもとへ向かう。


 初バトルだ。敵は1m20~30cmで小柄。腰布一枚で丸裸同然だ。


 ……武器さえあれば負けない筈なんだ。きっと大丈夫だ。


 僕は、弱気な自分を何度も鼓舞し、震える足で前に進む。


 考えないようにしても、ネガティブな思考が頭をよぎった。…今まで、喧嘩一つしたことのない、僕がいきなり魔物相手に殺し合いなんてできるのか? と。


 今さらながらに不安になってきた僕は師匠の言葉を想起した。


 ………

 ……………

 …………………


『明君。君はこの道場に通って何年になるかな?』


『えーと、8年目です。』


『そうだね。君は8年もの間、一日も休むことなく道場に通い続けている。』


『はい。』


『立派なことだ。その割には進歩はないがこの際それはおいておこう。』


『え?』


『うん。ハッキリ言って、君を育てても意味はない。一時期は、君を立派に育てあげて、何れは天元無双流の奥義の一つでも伝授しようとも思っていたが、私の夢は叶わなかった。』


『………。』


『そう落ち込むな。今はまだという話だよ。』


『どういうことですか?』


『うむ。君に進歩がないのは体力と筋力がないからだ。

 それも、他者に比べて圧倒的にな。

 だから、すぐにバテるし、打ち負ける。』


『はぁ……。』


『要するに技術を覚える以前の問題なんだ。

 しかし、君にも希望はある。

 それは探索者になることだ!』


『探索者ですか?』


『うむ。探索者となり力を得ることで君は欠点を克服できる。

 そして、その時こそ、私のすべてを君に教えよう!』


『できますかね、僕に……。』


『できるさ。君には努力を続けるという才があり、

 強者に立ち向かっていく勇気がある。』


『………。』


『技術と、経験と、自信を身につければ……。

 君はきっと羽ばたけるさ。

 醜い芋虫が蛹となって蝶となるようにな。』


『芋虫……。』


 ………………… 

 ……………

 ………


「そうだった。僕はまだ何も成してはいない。

 そう何者でもない。ただの芋虫だ。」


 (気負うことはない、僕にやれることをやろう。)


 心は少しだけ軽くなった。


 そして、黒鉄の剣をギュッと握って、目についたボングの背後へ忍び寄った。


 気配を消して、音を消して、剣を大上段へと振りあげてボングの脳天に一気に叩き落した。


「テイヤ!!」


 鈍い音、不快な感触、舞う血しぶき。僕はその全てを受け入れて、ボングが倒れゆく姿を呆然と眺めていた。


「はぁ……。はぁ……。やったのか?」


 ………。


 動かない。


 どうやらボングは事切れたようだ。


「ふぅ 討伐レベルも1だと聞くし、こんなもんか。

 そうだ。魔石を回収しないと……。」


 僕は膝をついて、ボングの体を仰向けにした。


 青いジャージは返り血を浴びてところどころ赤く染まっていた。


 達成感とか、喜びとか感じなかったな、などと考えていると唐突に後頭部に痛みを感じた。


「ぐぁ………。」


 僕はボングの死体に覆い被さるような形で倒れた。


 頭を抑えて視線を送ると、別のボングが顔を醜く歪めていた。


「フゴ、フゴ、フゴォオオ!(訳:コノエサ...オレノ...モノ)」


 僕がボングの背後から奇襲をしかけたのと同じ事をやり返されたようだ。


「このぉおおお!!」


 僕は何とか体を起こして思いっきりタックルをした。


 マウントを取って、近くにある剣に手を伸ばした。


「フ、フゴォオオン!!(訳:ドケ...オレエ...モノ...チガウ)」


「痛い! 大人しくしろよ! 

 小学校低学年の戦闘力って聞いていたのに。」


「フゴォオオ!(訳:ダレカ...キテ...クレ)」


「くっ 討伐レベルも1だと聞いていたのに。

 本気で暴れる子供がここまで厄介だとは思わなかったよ!!」


 ボングの反撃を受けつつも僕は剣を握って振りあげた。


 ガンッ


 しかし、振り下ろすより先に再び後頭部に痛みが走った。


「ぐっ……何で……もう一体いるんだよ……。」


 何と、僕の後ろには更にもう一体のボングが現れた。


 二体のボングに挟まれた窮地の中で一つの選択をするしかなかった。


 






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