第8話 伊吹ちゃんと一緒に探索者ギルドへ。
ホームルームは終わりを告げた。
帰宅する人、遊びに行く人、川原で喧嘩する人。皆、やりたいことがあるのだろう。気怠げだった不良たちも水を得た魚のように生き生きとしていた。
ふぅ やっと終わったよ、と僕がほっと息を一つ吐いて窓際の一番後ろにある、ベストなポジションの席から通学カバンを持ちあげたのと同時に前より声をかけられた。
「よう鈴木。急いで帰ろうとしてるとこ悪いがお前はこれからトイレで補習だ。」
甘いマスクの斉藤君は決して女子には見せないであろう、黒い笑顔でそう言った。…またか。
彼は入学早々多くの女生徒の心をわし掴みにし、クラスのカーストトップに躍り出たイケメン君で、事あるごとに僕に絡んでくる虐めっ子でもある。
「斉藤君……。ごめん、僕は用事があるから……。」
「邪神の加護をもらってダンジョンへ行ってきますってか、
どうせフカシなんだろ? いいから来いよ!」
有無を言わせぬ態度だった。
彼は残っていた教師の目を気にしてか、僕の友人を装って馴れ馴れしくも、肩に手を回したのちに、トイレへ無理やり連れて行こうとした。
抵抗は無意味だ。
周りから見たら仲良く肩を組んでるようにも見えるが実際は首が絞まっている。これ以上抗えば、彼はチョーク・スリーパーへと移行して僕を完全に落としにかかるだろう。
その時だった、鈴を転がすような声が聞こえてきた。
「明君。帰りましょうか?」
「い、伊吹ちゃん!」
「ちっ……。」
頼りない僕は情けなくも、涙目で伊吹ちゃんの名を呼んでしまった。
彼女の美声に反応して、斉藤は堤防に
「大丈夫ですか、明君!?」
「大丈夫、何ともないよ。少し遊んでいただけだからさ。」
「ですが……。」
僕はいつものように笑みを浮かべた。
上手く笑えていただろうか、伊吹ちゃんには心配をかけたくなかった。
「それより、剣道部には行かなくていいの?」
「はい。探索者となったので其方の活動を優先して行こうと思っています。今まで通り朝錬の方には参加しますけどね。」
「まあ、伊吹ちゃんには道場もあるし、そのぐらいでいいかもね。」
「そうですね。」「それじゃあ、帰ろうか。」
そう言って歩き出すと、伊吹ちゃんは寄り添うように歩幅を合わせて僕の隣を歩いてくれた。もう、不良たちは誰も絡んでこなかった。…助けられてばっかだな。
そして、僕たちは一度帰宅したのちに、探索者ギルドへと向かうことにした。
「以上で注意事項についての説明は終わりとなります。それではGランク探索者となられた鈴木様にはスズラン等級の証である、此方のギルドカードをお渡し致しますね。」
美人なお姉さんと個室で二人っきりというシチュ。童貞男子であればドキドキするし、少しくらい見蕩れてしまっても仕方ないと思う。誰だってその筈だ、そうだよね?
僕はハッして現実世界へと戻ってきた。…ヤバイな、話を全然覚えてないよ。
「えーと、スズラン等級でしたっけ?」
「はい、スズランには幸せの再来、純粋、希望といった花言葉があります。神を信仰する新人探索者の皆様に等しく御利益があるようにと、此方の白いギルドカードは作られたと聞いております。」
「ああ、そうなんですね。」
「それからスズラン等級の方が入れるのはG難度のダンジョンまでです。
F難度以上のダンジョンに挑戦する場合はパーティ登録が必要となりますのでお忘れなきようにお願い致します。」
「はい。」
僕は麗しきギルド職員さんに丁寧にお礼を言って部屋より退室した。
そして、僕はギルドカード見てニヤニヤしつつ、軽快な足取りでギルドの廊下を歩いていった。
(やったぞ! ようやくだ! 僕はついに探索者になったんだ! 澪、待ってろよ。お兄ちゃん、いっぱい稼いで美味しい物をターンと食べさせてやるからな。)
………………
……………
…………
「ごめん伊吹ちゃん、待たせちゃって!」
「大丈夫ですよ。登録はできましたか?」
「うん。この通りバッチリだよ!」
探索者ギルドのロビーにて、僕は自慢気にギルドカードを掲げた。
このロビーには、探索者の情報を配信する大きな電光掲示板や、ギルドショップがあっていつも多くの探索者で賑わっている。
伊吹ちゃんは周囲の目を気にしてか、恥ずかしそうに「良かったですね。」と俯き気味に呟いた。…僕、ハイになってるな。
「それでは行きましょうか。」
「うん。」
僕たちは探索者ギルドを後にして、早速ダンジョンへと向かった。
とはいっても、僕はGランク。対して伊吹ちゃんはFランクなので途中で別れることになる。
「やはり私も付いて行きましょうか? 装備も不十分ですし、明君一人では何かと心配なので……。」
僕は今、青いジャージ姿に茜ちゃんの誕プレ黒鉄の剣と、伊吹ちゃんの誕プレ黒鉄の盾のみを装備していた。…ウチ、貧乏だし軽装なのは仕方ないよな。
「大丈夫だよ。僕が行くのは最低難度のダンジョンだし、敵の戦闘力は小学校低学年の子供と大差ないって話しだし、流石の僕でも負けたりしないよ。」
「ダンジョン内では、携帯などの電子機器は使えませんから、少しでも危険だと思ったら直ぐに逃げてくるんですよ?」
伊吹ちゃんはそう言うと、可愛らしい白のポーチより治癒ポーションを2本取り出した。
治癒ポーションは最下級の物でも5千円ほどはするから僕は渋っていたけれど、伊吹ちゃんは伊吹ちゃんで決して譲ろうとはしなかった。こうなった伊吹ちゃんは頑固だ、梃子でも動かない。
「……わかった受け取るよ。ありがとう、伊吹ちゃん。」
「どういたしまして。」
こうして僕たちは分かれ道で別れて、それぞれの目指すべきダンジョンへと向かって行ったのだった。
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