第4話 ダンジョンダイヤと幼馴染の茜ちゃん。




 今から29年前のこと。

 アメリカのミシシッピ州ミシシッピ川沿岸に、

 世界初の『ダンジョンダイヤ』は発見された。


『can't believe it! I never thought a world like that existed.(訳:信じられない! まさかあのような世界が存在していたなんて……。)」


 第一発見者の黒人男性はダンジョンより無事に生還すると、

 大勢の記者たちを前に、興奮冷めやらぬ様子でそう言った。


 彼の名はアンドレ。

 後に世界初のダンジョン攻略者となる男だ。


『By touching this white crystal, you can travel to an unknown world!(訳:この白い水晶に触ることで未知の世界へ旅立てるんだ!)』


 アンドレの言う、白い水晶とは『ダンジョンダイヤ。』のことで、

 ダンジョンへの出入り口でもあった。


 形はひし形。

 大きさは人間大。

 色はダンジョンの難度によって様々。

 ゲームのセーブポイントよろしく宙に浮いている。


 触れることで、ダンジョン(別空間)へと引き込まれるのだ。


『There are dangerous monsters inside.But look at this.(訳:この中には危険な化け物がいる。でもこれを見てくれよ!)』


 アンドレの右手には鞘に美しい宝石細工の施された、

 宝剣が握られていた。


 ダンジョンとは地球上に存在しない未知の怪物、

 資源に溢れている危険地帯だ。


 しかし、怪物の素材にしても、資源しても金になる。

 故にスラム育ちのアンドレは歓喜した。


『Now you can eat delicious food.This month I was short of money and in a pinch.(訳:これで美味いものが食べられる、今月は金欠でピンチだったんだ。)


 アンドレは胸の前で十字架を切って、

 天に向かって投げキッスした。


 アンドレが初めて『ダンジョンダイヤ』を発見して以降、

 ダンジョン発生にともなって、

 世界各地にてダンジョンダイヤは発見されるようになった。


 莫大な利益を生む、ダンジョンの存在は多くの者たちを魅了した。


 政府だけでなく、様々な企業や研究機関なども動きだし、

 躍起になって調査を始めたのだ。


『I'm going to go to the other world again.(訳:俺もう一度、向こうの世界に行ってきますわ。)』


 アンドレは新装開店に向かうパチンカーのように、

 意気揚々と歩いていく。


 このように、一攫千金を夢見た者たちは次々とダンジョンへ入り、怪物を倒して貴重な資源を持ち帰ってくるようになった。


 また、それらを生業にする者たちを探索者と呼ぶようになった。


 現在は『ダンジョンダイヤ』は世界探索者協会という、

 団体が管理しており、探索者という職業の者以外が、

 入ることは許されていなかった。


















「明君。朝だよ!」


 新しい朝がきた・・・希望の朝ではないけれど。

 僕を起こしにきてくれたのは幼馴染の工藤茜くどうあかねこと茜ちゃんだ。


 小さな天使。外見はまさしくそんな感じ。


 美の女神が造形したかのような、

 丹精な顔立ちに愛くるしい笑みを浮かべ、


「ほら、お寝坊さんはダメだよ?」


 甲斐甲斐しく僕の世話を焼いてくれるのだ。


 今日のように気分の沈んだ日でも、

 茜ちゃんの元気な姿を見ていると僕は不思議と前向きになれた。


「さあ起きて! 澪ちゃんはもう起きてるよ!」


 茜ちゃんは布団をベシベシと叩いたり、

 体をユサユサと揺すって、僕を起こす算段のようだ。


 僕は「あと5分~」と言いながら二度寝をする算段。

 茜ちゃんは急ぎ走って、台所へと向かっていった。


 (んん~ 邪神爺のせいで寝不足だぁ……。)


 築10年の一戸建て、4LDKの借家。

 家には三人しかいない。


 僕と妹の澪。そして世話焼きの茜ちゃん。

 父さんはいつも家にいないし、澪のほかには兄弟もいない。


 僕の母さんは澪を出産してすぐ『スタンピード』に巻き込まれて亡くなった。

 スタンピードとはダンジョンより魔物が溢れ出す現象のことだ。


 スタンピードによる被害を『ダンジョン災害』とも呼び、

 母さんのような人たちを被災者とも言った。


 (思えばあの頃からだったな。父さんがおかしくなったのは……。)


 母さんが亡くなって以来、父さんは酒に溺れ、ギャンブルにはまり、

 大人のお姉さんたちの集まるお店に通うようになった。


 もう家には滅多に帰ってこない。

 僕は先日入学式を終えて高校一年生となったし、親に甘える

 歳ではないからそれでもいいけど、澪はまだ小4だから不憫に思った。


 ―――カンッカンッカンッカンッ


 空襲ではない。茜ちゃんがいつものようにフライパンと、

 お玉を打ち合せて耳をつんざくような轟音を響かせているのだ。


「ほらっ 早く起きないと、今日は魔力測定もあるんでしょ!?」

「わ、わかったから、それ止めてくれい!」

 

 僕は、慌てふためき耳を押さえて飛び起きた。


 (相変わらず元気だな、茜ちゃんは……。)


 茜ちゃんは優しさだけでなく、厳しさも持っている。

 というよりも遠慮がなくなったのかもしれない。


 さもあらん。

 家も近いし、もう一人の幼馴染伊吹ちゃん同様、

 幼稚園以来、13年の付き合いになる。

 故にお互いに気兼ねなく何でも言い合える仲なのだ。


 (ふわぁ 眠い。)


 僕は目を擦りながら小さな天使の後を追って、

 二階の自室より下階へと舞い降りたのだった。





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