第3話 火の神の加護をもらった青年。










 部屋の天井付近に突如として黒いもやが発生した。


 それは人型の何かを形成して、ベッドに横たわっている僕に近づいた。


「ちょ、ちょっとこっちに来ないで! 纏わりつかないでくれよ!」

「騒がしい奴じゃのう。ちょいと取り込もうとしただけじゃというのに。

 まったく冗談の通じぬ奴じゃ。」

「冗談で済むレベルじゃない!」


 茶目っ気あふれる邪神爺は恐ろしいことを言った。


 (油断してた。神は加護与えるだけの存在だと聞いていたのに・・・。)


 神の加護。

 それは神に見込まれて選ばれた、一握りの者だけが得られる絶大な力。

 その確立は百万人に一人とも言われているし、僕のように運のない者が

 手にできる力だとは思えない。


 (何かがおかしい・・・。)

 

 また、加護を得たものには世界でたった一つのスキルユニークスキルといった

 特別な力が与えられるらしい。

 ただし、強力な力にはデメリット効果がつくという噂もあった。


「さて、ではお主の力について説明しておこうかのう。」

 ま、待て! 僕は神の存在を認めていない! 

 上手い話には裏があると言うし、怪しげな力は受けとらないぞ!」

「カッカッ わしを前にしてそれを言って退けたのはお主が初めてじゃ。

「お、おおお前なんか怖くないぞ! や、やるならやってやる!」


 僕の声は震えていた、それでも目一杯の勇気を振り絞って強がった。


 邪神爺は様子を窺うように、ベッドに腰掛けている僕に近づいて、

 周囲をクルクルと回っていた。…くっ 負けるもんか。


「その意気やよし。まあ、力はすでに与えておるし手遅れじゃが。」

「な、何だって!? いらない、クーリングオフだ!」

「もうお主の魂に定着しておるよ。無理に引き剥がそうとすれば、

 魂ごと消滅しかねんが・・・やっていいかのう?」

「やっていいわけないだろう!」


 邪神爺は真面目な声でやはり恐ろしいことを言った。


 スキルとは心を映す鏡とも言われている。


 人の魂に定着しては人の心の奥底にある願望を、

 その者に見合った形として発現させるのだとか。


「そう声を荒げるでない。まあ、警戒するのは正解じゃよ。

 神の中にも邪な心をもった、禄でもない奴はおるからのう。」

「そ、それはお前のことだろう!」

「もちろん、わしもそうじゃ。わしは人の恐怖、絶望、憤怒、

 そういった負の感情を何よりも好み、糧としておるからのう。」


 黒靄の邪神爺は心底楽しげにそう言うと、

 更なる猛スピードにて、僕の周りをからかうように、

 時計回りに回りだした。


 (ああ、何てことだ・・・。

  僕はとんでもない相手に目をつけられてしまった。)


「カッカッ お主の焦り、不安、恐怖。

 その感情すべてが流れこんできよるわ。心地ええのう。

 その調子でわしをもっと楽しませてくれい。」

「くっ 邪神め! お前の思い通りになどなるものか!」

「言いおるわ。それにしても、お主に『発現した力』・・・。

 お主は心の中に凄まじい怪物を飼っておるようじゃのう。」

「ど、どういうことだ!?」


 僕は焦ったように両手を大きく広げて邪神に問うた。


 僕は恐れていたのだ・・・。

 邪神の話に関してではない『発現した力』の方に。


 つまりはそのデメリット効果に対して―――









 僕は有名な昔話を想起していた。


 ………………

 ……………

 …………


 かつて火の神・アドラヌスの加護をもらった一人の青年がいた。


 その青年は巨竜さえも一撃で葬り去るほどの強力なユニークスキルを授かった。

 

 しかし、そのスキルには恐ろしいデメリット効果がついていたのだ。


 ―――それは全身に炎を纏い続けるという効果だった。


 消えない炎。まるで呪いにかかったかのように、発火し続ける男。


 スキルには熱耐性もついていた為、自身が苦しむことはなかった。


 とはいえ、周りの者には耐えられない熱さだ。


 高熱ゆえ触ることはもちろん、近づくことすらできなかった。


 彼には愛犬がいた、友人がいた、婚約者がいた、家族がいた。


 ……そんな大切な人たちと触れ合うことができなくなった。


 神の加護を授かって以来、人前に出られなくなった彼は―――


 憂さを晴らすように、怒りをぶつけるように魔獣退治にのめり込んだ。


 楽しかった思い出に蓋をして、狂ったかのように魔獣を狩った。


 そして、最強の炎剣使い、あるいは巨竜殺しの炎王と呼ばれた青年。


 彼は孤独の中で生きて、失意の果てに自殺したのだった。


 ………………

 ……………

 …………

 

「カッカッ 安心せい。お主の考えておるようなことにはならん。」

「僕の考えていることがわかるのか?」

「うむ、神じゃからのう。お主のユニークスキルのデメリット効果は――

 自身のレベルの上昇を停止するというものじゃ、他者に影響を与える

 類のものではないからのう。」

「は? 何だよ、レベルの上昇を停止するって………。

 それはもう探索者として終わってるじゃないか!!」


 僕は絶望の余り、小刻みに体を震わせながら拳を握ると、

 歯を食いしばって悔しさに堪えるように俯いた。…くっ 何でなんで… 


 ダンジョンに入って迷宮資源を持ち返り生計を立てている者を探索者という。


 僕の知る探索者は魔獣を倒して経験を得てレベルをあげることで強くなれる。


 ステータスを強化するにはレベルあげは必須で、それができない探索者に未来などないのだ。 


「まあ、落ち込むでない。お主のスキルはその分メリットも大きいからのう。」

「それで僕のスキルはどういったモノなんだ?」

「効果を教えるのは止めておこう。お主の負の感情は実に美味じゃ。

 お主がもっと苦悩し、もっと苦しむ姿を見たいからのう。」

「くっ 趣味の悪い邪神め!」

「カッカッ 精々悪足掻きすることじゃ、見ておるでの弱き人の子よ。」


 黒い靄はパッと霧散した、どうやら邪神爺は去ったようだ。


 (結局、僕を追いつめるだけ追いつめて、テニスのボールボーイ並みの

  素早さで帰っていった。ホント、ろくでもない邪神爺だったな・・・。)


 僕はそのまま布団に包まって不貞寝したのだった。

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