第52話 二度と醒めない夢の序章①

イデアの隣人と白夜の夢デイドリーマーによる新宿の襲撃


それと似たように白夜の夢デイドリーマー主導の襲撃事件が世界各国で起こっていた。


空想侵略以降最大となったこの事件


いずれの場所も白夜の夢デイドリーマー側の敗北、撤退という結果に落ち着いたが、世界各地で戦いを起こさせることそのものが目的であることはユグドラ以外知らない。


事件直後


世界に40個確認されている次元門クラックゲート


白夜の夢デイドリーマーのリーダーユグドラはその全てに向けて自身の分身体を向かわせた。


ユグドラシルによって次元門クラックゲートを拡大させるために


もちろんそれは簡単ではなかった。


世界各地に出現した次元門クラックゲート

空想侵略による寓話獣の侵攻によって、行くのが困難な場所もいくつかあり、道半ばで寓話獣に殺されたり、次元門クラックゲート前に辿り着いても向こうの世界から溢れ出る怪物の残穢をむしろ心地いいと感じ、東京駅同様その周辺をテリトリーとするこの世界での強者たる寓話獣によって殺されたりと30ヶ所は失敗に終わった。


残り10ヶ所も達成はしたがすぐに寓話獣によって破壊される。


だが、達成出来た10ヶ所によって呼応するように40ヶ所全ての次元門クラックゲートは拡大させることには成功した。


それによってユグドラは自身の計画を一歩先へと進む


そして、寓話獣もまた動き始める。



〜〜〜〜〜



白銀と極寒の地 シベリア


『ガアアアアアアア!』


寓話獣〈アルマスティ〉


全身に白毛が生えた獣人のような見た目をした寓話獣


命の息吹すら感じられぬ、到底人の住めるような土地ではないこの地にも、寓話獣は他の動物のように普通に暮らしていた。


今も小山の山頂で二体の寓話獣が縄張り争いで取っ組み合いの喧嘩をしている。


だが、突然地面が揺れて二体はバランスを崩す。


その揺れは収まることなく次第に大きくなっていった。


離れて見てみると小山の標高がだんだんと高くなっていることが分かる。


それによってその地に降り積もった雪は急になった斜面を滑り落ちるようにして落ちていき、その下の灰褐色の地面が姿を現した。


『Guruaaaaaaaaaaa!!!!』


いや、地面ではない


小山だと思っていたものは一体の寓話獣の背中であった


大地の暴君たる陸王ベヒモス


闘牛のような頭部に巨大な四肢を持つ全長が100メートル以上もある巨大な寓話獣


多くの都市を大地へと還した暴君が再び目を覚ます。


『『ガア!ガア!』』


二体のアルマスティは自身が滑り落ちた原因であるベヒモスへと威嚇の雄叫びを上げる


しかし、ベヒモスの数十メートルもの大きさになる足によって踏み潰された


ベヒモスにそいつらを殺そうとした意図はない


二体の寓話獣などベヒモスにとって羽虫同然


寓話獣がいた事すら知らず、ベヒモスその地を揺らしながら動き始める



〜〜〜〜〜



天を衝く山脈 エベレスト


その山頂に突然風が吹き荒れる


次第に大きくなり、降り積もった雪も舞い上げ、山頂をすっぽり覆うほどの大きな竜巻となる


そして、竜巻は姿を変え、巨大な鳥を形取る


その寓話獣の肉体に実体はない


風そのものが肉体であり、この暴風こそが寓話獣の全貌である


《Piiririririririririri!!!》


我は空の王


我こそがそらであり、そらこそが我


その者は自身の上に存在するものを許さない


自身より天に座す存在を許さない


覆陽ふくようの幻翼たる空王ジズ


その翼の下では陽光は消え、終末が訪れる



〜〜〜〜〜



静寂と暗黒と重圧の世界 チャレンジャー海淵


人類未開の海


その最深部にその寓話獣はいた


その寓話獣の全貌を見ることはできない


その身があまりにも大きすぎるからだ


全長1000キロを超えるその者にとって海中でさえ手狭であった。


この地こそが唯一のびのびと休める場所


だが、その寓話獣はその場を離れる決断をした


身じろぎ一つで海には大波が生まれ、ほんの少しの移動で津波が起きる


万波の蛇龍たる海王リヴァイアサン


その者に近づく者は全ての記憶を失う


それは恐怖によるものか、あるいは



〜〜〜〜〜



空想侵略で人々に恐怖を刻み込んだ怪物、三王が動き出す


それだけではない


ユグドラシルによる次元の干渉


これによって次元の壁は大きく揺らいだのだ


すぐに修正されたが、その影響によって以前からある次元門クラックゲート以外の様々なところで小さな次元門クラックゲートが開き、数体の寓話獣がこの世界に降り立った。




〜〜〜〜〜



イギリス ロンドン郊外


『……ん?ここは……』


ごく普通の道路のど真ん中に1人の若い男がいた


シルクハットを被り中世イギリスの貴族階級を思わせる紳士の姿


しかし、よく見てみるの服はとことだから汚れており、埃もかぶっていた


服装は貴族らしいが、その薄汚れた格好はスラムの人間のように見えるチグハグな見た目をしている。


「君!なんで1人なんだ?他の仲間はどうした。…というかなんて格好をしている」


そんな男へに五人の男が近づいてくる。


その格好は自衛隊が着ているような防弾チョッキにヘルメットを被った完全武装である。


『人間……ということはここはあの次元の穴の向こう側の世界ということか。……通った記憶はない。何より私は通れなかったはずだが………まあ、いいか』


近づいてくる男たちを見て紳士服の男は1人呟いていたが、その声が彼らに届くことはなかった。


『すみません。少し記憶がないのですがここはどこですか?』


「なに?記憶を奪う寓話獣フィクートか?君。名前は?」


『……ジャックと申します』


「ジャックか。他の仲間は?」


『私はずっと1人だと記憶しているのですが』


「我々が外に出る時は五人一組で出るはずだ。………作戦変更。今からリバースロンドンへ帰還する。お前たちはこの人の護衛をしてくれ」


五人のうち二人が護衛のためにジャックと名乗った男のそばへと移動する


指示した隊長と残りの二人は来た道を戻るように歩き出した。


少し歩いた後、隊長はふと気になったことを聞くために後ろを振り返る


「……ん?ちょっと待て。リバースロンドンを出るにはタグが必要なはずだが………」


そこには首を掻っ切られた仲間の二人と血まみれのダガーを持つジャックがいた


「この!なんのつもぇ………」


隊長は声をあげるが、いつの間にか首から血を流していた。

いつ切られたのか気付かないまま隊長はその場に倒れた。


『ああ、すまない。我慢できなかったんだ』


それを為したジャックは血のべっとりついたナイフを眺めながら笑みを浮かべ、うっとりとしていた。


「あ…ああ、ば、化け物!」


一気に三人も殺されたことに残りの二人は恐怖のままその場から逃げる。


『さあ、教えておくれ。君たちの住処を。私が我慢できなくなる前に』


逃げた男たちはただ安全な場に逃げ出したかった。


死の恐怖から解放されたかった


だから逃げた


自分たちの楽園へ


だが、それは悪手であった


悪意と快楽の殺人鬼 ジャック・ザ・リッパー


その恐怖の伝承から生まれた寓話獣〈ジャック・ザ・リッパー〉


逃げた男はまるで死告鳥のように彼を人々の暮らす場所へと導いていく



〜〜〜〜〜



『ん?次元の穴を通ったはずなんだが、失敗したか?』


とある森の中


そこに一人の大男がいた


2メートルを超える背丈に筋骨隆々の肉体


手には薙刀を持ち、黒を基調とした僧兵の格好に白の袈裟を頭部に覆い、腰に軽甲冑をつけている。

その背中に背負っている編みかごには熊手や大槌、大鋸など大量の武器が入っていた。


『まあいい!どこにいてもやることは変わらぬ!強者を殺してその武器を奪うまでよ!』


怪力無双の荒法師、寓話獣〈弁慶〉は彷徨う


強者を見つけるために、そして武器を強奪するために



〜〜〜〜〜



東京スカイツリーの天辺


その上に一人の少女が立っていた。


光に反射してキラキラと光っている腰まで伸びた銀髪にあどけない中に妖艶な雰囲気の混じった顔立ちをしていた。


「やっぱり。次元門クラックゲートが広がってる。誰がやったのかな」


少女の視線の先には東京駅にある次元門クラックゲートがあった。

九尾がその場を去ってもう数十分経っている。


「あーー、くそ!何十年もかけて行ってきた計画が全部水の泡になった!都市の上層部を長い間篭絡して市民を夢幻ヴィジョンも知らない猿に仕上げたのに」


少女は怒りの表情を浮かべながら、親指の爪をガジガジと噛んでいた。


しかし、それもすぐに収まる。


少女は感情の昂りによって存在力が上昇し、自身の存在がバレるわけにはいかないため、感情をコントロールしていた。


そんな中でもこれほどまでに怒りを発露したということは内心では相当怒りに満ちていたのだろう。


「黒鉄刻だけでも殺れてたら良かったんだけど。インヴィジブルちゃんじゃ無理だったしなぁー。記憶を失ったらしい今なら殺れると思ったんだけど。あーー!ほんと厄介。覚醒前ならまだしも天則保有者ホルダーになると理不尽な力で返り討ちに遭うし」


何もかも思い通りにならないことに対し少女は頭を抱えていた。

今度はしっかりと感情をコントロールできていたのか表に出すことはなかった。


「もっと洗脳して社会的に殺すように仕向けたほうが良かった?いや、保守的な馬鹿どもにそうするように仕向けようとしたらどうしても私の残穢が残る。大半の力を封じられている今、観測者にも天則保有者ホルダーにもバレるわけにはいかない」


そんなことを考えていた少女の前に一匹の寓話獣が近づいてくる。


寓話獣〈八咫烏〉


偶然少女を見つけ、彼女へと襲い掛かろうとしたのだ。


だが、寓話獣〈八咫烏〉は少女に近づいていくとだんだんと勢いを落としていき、なぜかその場からUターン少女から離れて行く。


「……それより、新宿の主導権を無くしたのは痛い。この地には大穴がある。なんとしても都市の主導権を確保しておきたい」


そんなことが起きたのに、少女は一切気にすることはない。

それよりも少女はこれからのことについて考えていた。


次元門クラックゲートの拡大のせいで想獣そうじゅうが活発になってるから襲わせた所で気にされない…あ、ここでは寓話獣フィクートって言うんだっけ。…ああ、あと北にいるあいつも使おう。あいつなら夢幻極致プライマルアーツの使い手が何人いた所で新宿なんてあっという間に壊滅させられる。その時に腕の立つやつは殺そう。そして立て直しの時に上層部をもう一度篭絡していけばいい」


妙案が浮かんだとばかりに少女は手を叩く。


「待っててねお父様。お父様を封印した観測者共もそれに与する天則保有者ホルダーもみんなみんな、皆殺しにしてあげるから」


そう言いながら空へと手をかざした彼女の瞳はまるで鉛筆で殴り書きしたかのようにくらい狂気に満ちていた。

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