第53話 二度と醒めない夢の序章②


 ぺらり、ぺらりと本のページをめくる音だけが響く


 たくさんの本に囲まれた空間の中、一人静かに本を読んでいる女性がいた。


 彼女の読んでいる物は見た目は本であるが、よく見てみるとページに刻まれている文字が紙の上で動いている。いや、紙ではない。これは紙のような薄さの液晶であり、それがまるで本のように束ねられている。


 周りの本棚にある本も全てそうだ。

 それに本棚も重力に逆らい宙に浮かび漂っていた。


 空想侵略以前の技術でも到底再現不可能と言われるようなテクノロジーがそこにはあった。


 ページをめくっていた彼女はふとその動きを止めると、ポケットへと手を突っ込みビー玉サイズの気味の悪い肉塊を取り出してそれをポイっと投げた。


 床に転がったそれは突然ドクンドクンと胎動しながら次第に大きくなっていき、1人の男へと形を成していく。


「負けた負けた!」


「フリート。どうしてここに?私の持ってた種から出てきたってことは死んだってことよね。あなたを殺せる存在なんてそういないと思うんだけど」


 そう怪訝そうな顔で肉塊から出てきた男-フリートへと話しかける女性


「いやぁ、ジズに挑んでさ、結構頑張ったんだけど気が付いたら死んでた!それで死んじまったからついでにお前の様子も見にきたってわけだ」


 豪快に笑うフリートを彼女は呆れたような目で見る。


『………ヴルペスも言ってくれ。こいつ何も考えずにジズに突っ込んで行きやがった。いつもこうだ、何も考えずに首を突っ込んでいく』


「あはははは。それがフリートだ。諦めた方がいいよ」


 突然彼女-ヴルペスの脳内に聞こえるフリートとも違う、くたびれた様子の男の声。


 彼女はその声に対し、慌てることなく面白そうに返事をした。


『なんだいなんだいプラント!うるさいあたしとずっと一緒にいたんだから大丈夫だろ!物静かなあんたにとって相性いいだろ!?』


『………うるさいのはベスティアだけで十分だ』


 さらに一人増えた溌剌とした女性の声に対してくたびれた声を出した、プラントと呼ばれた男は諦めの雰囲気が声だけでもわかるほど滲み出ている。


 姿の見えない、脳内から聞こえる二人の声に対してヴルペスとフリートはいつもの光景かのように二人の会話を聞いていた。


「あはははは!二人とも仲良いな!それよりここはどこなんだ?」


「アトランティスにある資料館だ」


「へえ。こんな所があったんだな…ってよくここに入れたな。ここには次元門クラックゲートとその周辺を縄張りにしている寓話獣がいただろ」


 フリートは驚きながら興味深そうに辺りを見渡す。

 以前自分が見つけ、ヴルペスに伝えたのは自分であるが、この地を守護している寓話獣を見つけたため内部を探索することはなかったのだ。

 それなのにヴルペスは普通にこの地にいるし見たところ戦った形跡がないことから疑問を感じていた。


「〈オートマタ〉のことか?あいつはこの地を破壊しようとしない限り襲ってこないぞ。監視はされるが」


 君が来たことで警戒度は上がったがね、と付け加えながらある一点を指し示すヴルペス。

 フリートはその先を見てみるとそこには機械の球体のようなものにカメラのレンズがついたものが宙に浮いていた。

 よくよく辺りを見渡してみると同じものが複数浮いている。


 寓話獣は人間と見れば見境なく襲ってくると思っていたフリートはこんな寓話獣もいるんだと感嘆していた。


「どうなんだ?目的の方は順調か?」


 その言葉にヴルペスはページをめくる手を止める。


次元門クラックゲートが拡大したことで気配を隠していた三王が動き出した。ようやく奴らに挑める」


 存在力を上げるヴルペスにフリートはそういう反応をするだろうなと彼女を見ていた。


 だが、攻撃を仕掛けてくると思った〈オートマタ〉の監視体は彼女に対して迎撃体制に入ったことで、それに気づいたヴルペスは存在力を抑える。


「ここからだとリヴァイアサンが一番近いな。そいつからやるのか?」


「私もそうしようと思って近付いて見たんだけど……フリートも体感しただろう?あれは別格の存在だ。さすが王の名がつけられていることはある。天則を使わないとほぼ確実に負ける。だから少しでも情報を得ようとここに来たといわけだ」


 そう言いながら本をトントンと叩くヴルペス。

 それによってフリートは彼女の読んでいる本に興味を持つ。


「それ。なにが書かれてるんだ?」


「何も、ほとんど意味のない文字の羅列だったよ。でも面白い特徴があったよ」


「面白い特徴?」


「おそらくだが魔導書のようなものだと思う。これを持っていると特定の夢幻ヴィジョンの安定性と存在力が格段に上がる」


「へぇー!すごい性能だな!俺も持てば存在力上がるのか!?」


「いや、天則保有者ホルダーにとってはほとんど意味ないよ」


 ここには三王に関する物は一切なかった。

 フリートが言っていたように天則を使わないと勝つのは難しいことは近くで見て体感しているし、使おうにも無策のまま奴らに挑むのは危険すぎる。


 どうしようかと頭を悩ませているヴルペスにフリートは声をかける。


「真っ暗闇の中に一筋の光があるとみんなそこに行く。俺たちはそんな光もない真っ暗闇の中にいるが、それは俺たちの進む道が無数にあるということでもある。……そうだろ?」


「………そうだね」


 その言葉にヴルペスは懐かしそうに、そして哀しそうな表情を浮かべるとパンッ!と自分の頬を叩いて顔を上げる。


「よし!うだうだするのは終わり!とりあえず当たって砕けよう!」


「そうだ!当たってみないと分からない事もある!俺たちは死なないんだ。全力でぶつかってこい!」


 フリートは迷いを捨てたヴルペスを嬉しそうに見る


『……ああ、フリートのせいでヴルペスまでもが』


『ははは!いいねいいね!』


 ヴルペスは海王リヴァイアサンへ挑むためこの場を離れた





 〜〜〜〜〜



 アメリカ とある都市跡の昼間にもかかわらずほとんど光の届かないとある路地裏


 そこの壁にもたれかかている一人の青年がいた。


 子供のような幼さと大人の雰囲気が混在した、大人になろうとしているその青年はふと俯いていた顔を上げる。


「………なんだ?この気配は…どこか……僕と同じ…同類か」


 それは、四人目が覚醒した時と同じであった。


「さっき時が止まったような時とはまた違う気配……今日は色々あるな」


 すると彼は大通り、光の届いている方へと顔を向ける。

 ほんの微かに、常人では聞き取れないほど微かだが、複数の足音がこちらへと来ているのを彼は聞こえていた。


「今日なにかと多いのもこれが理由なのかな。まあいい、何人来ようが殺してやる」


 彼は立ち上がり、路地裏から大通りへと歩を進める。


「お母さん、町のみんな。俺、ちゃんとあなたたちの言いつけを守っているから。俺は平等にみんなを愛して壊して愛して壊して愛して壊して愛して壊して愛して壊して愛して壊して愛して壊して愛して壊して愛して壊して………愛してるから」


 ちょうどその時、彼がいた路地裏に光が差し込む


 すると彼の背後、路地裏のさらに奥には地面にも壁にも元の色などわからないほど、赤を通り越して赤黒くなった血が大量についており、その周りにはかつて人だったものが少なくとも何十人分が散らばっていた。


 そして彼は滴るほどに全身が血に塗れていた


 それでも彼は笑っていた


 狂気的なほどに


『まずいな…思ったよりも危ない。出来れば自分で解決して欲しかったが……あと半年…いや数ヶ月。そこで改善されなければ介入しよう』


 その声の主を彼が知るのはまだ先の話である。



 〜〜〜〜〜



 エジプトの首都カイロ


 その外れにあるスラム、その一角


 まだ低い背丈に子供特有のあどけない表情を残した少年


 彼こそが四人目の幻珠の愛し子の覚醒者であった。


『どうだ、新しく得た力は』


「すごいな」


 側から見れば少年が独り言を喋っているかのようであるが彼はそれを気にも留めなかった。


 いやそれどころではなかった


 その手に持っていたのは拳大のダイヤ


 これは夢幻ヴィジョンも使ったことがない彼が天則を初めて使った結果できた物である


 今の世界でも売れば一気にお金持ちの仲間入りできるほどのもの


 だが、彼はそれを適当にその場に捨て去り離れていく。


 今の彼にとってダイヤなど価値のある物ではなかった。


『どこに行くんだ』


「かつて慕っていた兄貴の元。僕にこの気持ちを気付かさせてもらえたんだ。そのお礼に。彼はもうダメだ。腐ってしまっている。だから殺さないと。そうする事で僕は生まれ変わる」


 その言葉に彼の脳内から聞こえる声の主は嬉しそうに笑っていた。


『その域だ。もっと、もっと自我を持て。抑圧するな。自分の願いのために妥協するな。それが天則に飲まれない方法だ』


「この世界は歪だ。みんな悪夢から逃れようと、目を逸らそうとしている。その代償を弱者が受ける。立場は人を腐らせる。みんな平等にならないと」


 彼は迷う事なく步を進めていく。


 その後、カイロでは未曾有の大事件が起きる。



 〜〜〜〜



 もう一人の覚醒者であるカイは北海道にある森林、その奥地に姿を見せていた。


『ここか?』


『ああ。近くに転移したからすぐに来る。意識を刻に戻しとけ』


 クウにそう言われてカイは意識を刻へと戻した。

 刻はカイが表層に出てきていた事で意識を失っており、そのままその場に倒れる。


 その数分後


「なんじゃ。ただならぬ気配があると思ってきてみればこんな森の奥地に小僧が1人倒れているとはのう」


 一人の老人が姿を現す


 老人は白髪にヒゲを生やし、和装の姿で腰に一本の刀を差している。


「ここに放置するのは危険すぎるの。儂の家に連れて帰るか」


 老人はそのまま刻をひょいと肩に担ぐ。


 もう見た目的に年老いて力が衰えているはずの年齢にもかかわらず、それを感じさせないほど軽々と刻を担いで、彼の家へと連れて帰った。

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