第41話 無難な男の生き方
「なんで俺があんたらを襲うと思う?」
そういう三水の問いに、ヒカリと巧は彼の目の前で倒れ伏して答えることができなかった。
どうにか上体を起こしたヒカリは、既に
対して三水は息が上がっておらず服も乱れていない、戦いなどなかったかのような状態である。
三水は、ヒカリから数歩離れた位置まで歩いていき、彼女と目線を合わせるようにしてその場にしゃがみ込んだ。
「俺たちの上司、
突然自分に近づいてきたかと思えば、まるで希望を持たせるような内容を言う三水にヒカリは警戒を抱いた目で彼を見ている。
「ねぇ。君たちって北条烈火からどれだけ大切にされているの?」
「………え?」
急に烈火のことを聞いてきた三水に、ヒカリは目を瞬かせる。
「俺の想いは〈無難な人生をおくる〉こと。だからね、君たちを殺す事で彼に恨まれたくないんだよ。あの人は俺を殺せるからね。そうなると俺が安心して日々を過ごせないからさ。だから、場合によっては君たちを見逃すよ」
「……私たちを殺したら、烈火さんがあなたを殺すでしょうね」
ヒカリの想いを考えれば、この危機的状況を脱せるかもしれない、巧と紡志が無事になるように振舞うであろう。
「どうせ、イエスと言っても殺すでしょ?じゃないと今言う必要ないもん」
だが、ヒカリはそれを突っぱねた。
その瞳には変わらず彼への警戒が見て取れる。
ヒカリのその言葉に、三水はまるで正解を当てられて喜ぶように笑っていた。
「君のその目を見たら、ここで君たちを見逃したら今度は君たちが俺の脅威になりかねないね」
「はなから私たちを見逃す気なんてなかったくせに」
この提案をするなら初めからすればいい。
その方がもっと早く終わるはずだし、今までの戦いをしなくてすんだ。
なのにヒカリたちが疲労困憊になって動けなくなってから、まるで地獄に落とされた蜘蛛の糸のように希望に満ちた提案。
それにヒカリを見ている三水の目はどこか楽しそうに見えていた。
まるでヒカリの答えを楽しみにしているように。
だからこそ、ヒカリは三水の提案が嘘だと判断した。
その判断は正しかったのだろう。
「君たちを俺が殺しくはないのは本当だよ。でも君たちを見逃したくない。ならどうするか。……話が変わるけど、一年前に起きた内界と外界とも争い、どうやって収束したか分かっているかい?」
突然の質問にヒカリは考える。
確かに内界と外界の争いがあったという事は聞いていたが、あの時のヒカリは正直周りに目を向ける暇がなかったためあまり知らず、外界民が降伏したということを聞いたことがあるくらいであった。
後から烈火にこれは偏向報道であると知らされていたが具体的になんで終わったのかは知らなかった。
「
三水はヒカリに対して人差し指を立てる。
「その争いでは初めて
「……まさか」
ヒカリはある最悪な展開に思い至ったのか、目を見開いた。
今回も
同じ展開になってもおかしくない。
ならば
「もうすぐ来るよ。
それを見て三水は楽しそうに笑ったが、ヒカリにとっては悪魔の笑いだ。
自分で殺すのではなく
だからこそ三水は殺さないように自分からは積極的に攻めず、ヒカリたちの
かなり危険な状況であることが分かったヒカリは一刻も早く巧と紡志を連れてこの場から去りたかったが、
それに、目の前の男をどうにかしないと邪魔される事は明白だ。
「このっ!」
それでもヒカリはどうにか体力を振り絞って三水へと攻撃しようとした。
だが、そのヒカリの背中に何かが落ちてくる。
「ああ、そこ動かない方が……って遅かったか」
「ああああああああ!」
それは酸であった。
三水は一定の範囲に侵入した有機物に対して酸を降らせる
そして、ヒカリが立ちあがろうとしている時にその範囲内に入ってしまい酸を浴びてしまったのである。
酸を浴びたヒカリのシミひとつなく綺麗だった背中は、
「あらら、気絶しちゃったか。ごめんね、俺ビビリだからさ。じゃ、俺はここでお暇しようかな……ん?」
そのあまりの激痛にそのまま倒れ気絶してしまったヒカリを見た三水はその場を去ろうしたが、物音が聞こえそちらの方を見ると紡志がその場に座り込んでいた。
「君は……そういえばいたね。攻撃して来なかったって事は攻撃型じゃないのかな。いや、君
三水は招き猫のゴブリン殺しの試験のことを知っている。
そして今の紡志の状況から、それがトリガーとなって
「な、なんで…こんな事す、するんだ!おお同じ人でしょ?」
それなら放置しても構わないだろうとそのまま歩き出そうとしたが、紡志の勇気を振り絞ってどうにかそう発したその言葉に足が止まる。
「く、くくく。あはははははは!!まさかこんなにも平和ボケした奴が内界にいたなんて!」
初めは我慢しようとしていたが耐えれそうになく大きく笑い出したあと、紡志へと近づいていき、何気なくその腹を蹴った。
「うっ!おぇ!」
「おいお前、外界の環境を舐めてるのか?」
腹を蹴られた紡志は腹を抑えてうずくまりながら、その衝撃で吐いてしまう。
それを見ている三水の目はこれまでにないほど冷たかった。
「少し外界の歴史を教えてやる。空想侵略が終わった直後、外界で何が起こったか知ってるか?」
なんでこんな話をしようとしているのか。
紡志の心を折るというのもあるが、半分以上はなんとなくだった。
「食糧の奪い合いだよ。農業そっちのけで
外界では空想侵略後の食糧難によってさらに半分の人たちが餓死、または食糧を巡っての戦いで死んでいる。
さらにいうと10年前まで慢性的に食糧難が続いていた。
建物が立っていた場所を畑にしようとしても元々畑用の土壌ではないし、設備もない、コンクリートが埋まっている事もあったため作物があまり育たなかったのだ。
それを巡っての争いも続いていき、それぞれ自衛の力を高めるために人が固まって行動するようになり、これが外界でのグループの原点となっていた。
そのような事もあり、外界では死というものがかなり近いものとして捉えられている。
その内容に紡志は目を見開く。
彼がかつて学校で聞いた話ではそんな話を一切聞いたことがなかったからだ。
終戦後すぐ外界で食糧難が起きたなんて聞いてないし、今思えば外界に関しては学校では全く触れられていなかった。
「平穏ってのは供給が需要より多い時に初めて成り立つものだ。お前たちが当たり前のように譲受している
三水の手のひらの上に酸の塊が形成される。
《強酸水》
酸の溶かす力を
「心配しなくても殺しはしないよ。…ただ、両足は溶かさせてもらう。じゃあな。俺はお前のことが嫌いだ」
紡志に向かって放たれた強酸水
それがあたる直前、巨大な雪の壁によって遮られる。
そして、その雪が消えると紡志の前にヒカリが立っていた。
だが、元気であるはずもなく、背中は酸により血だらけになっており、息も絶え絶え、目も焦点があっていない。
立っているのも不思議なほどだった。
それでも、目の中にある光はとても強かった。
「理想を語って何が悪いの。理想があるからこそ立ち止まらずに進んでいける。そこに向かって努力する。あなただって今はまだ無理でも成し遂げたい思いがあるからこそ
「ちょっと違うね。俺は今無難な人生を送れていると思っている。この人生を維持したい思っていたからこそこの力を手に入れた。現実を知っているからこそ理想を語れる。現実を直視しない理想なんてただの妄想だよ」
三水は
「がはっ!」
限界を超えて動いていたため避ける力も残ってなかったヒカリは腹にそれをくらい、また気絶してしまう。
「君の想いに触れてしまったのかな?こんな状況になっても動けるなんて感心するよ」
三水のヒカリを見る目には僅かに警戒が見て取れた。
想いに触発された力というものの厄介さを知っているためだ。
「君は危険すぎる」
三水は再び《強酸水》を形成し、ヒカリに向けて放った。
そして、それを見ていた紡志の目には僅かにヒカリが灯っていた。
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