第31話 二人の心、未だ暗く


 あの後、色々と試行錯誤して雷華に攻撃していった3人だったがその尽くが対処され、5分と待たずに紡志の想力オドが尽きてしまったのでそこで戦いは終了となった。


 その後何回か雷華の戦い、その日の訓練は終了した。


 その後も雷華は毎日、刻たちを教えにきた。


 まず初めに何回か戦った後訓練し、最後にまた軽く戦うという流れになっている。


 戦う相手は一対一で戦ったり、逆に刻たち全員対雷華一人だったり、それぞれで戦ったりと色々と変わっていった。


 基本的に戦ってからダメだったことろやよかったところを教えてくれると言う流れであり、雷華は意外にも教えるのが上手であった。


 この頃になるとそれぞれの夢幻ヴィジョンにも適性以外でさまざまな違いがはっきりと出るようになっていた。


 刻は長距離に夢幻ヴィジョンの形成ができ、持続時間が5人の中で一番長く、存在力の安定性も高いが形成した夢幻ヴィジョンを操作することができず、今のところ武器を形成するほか相手の地面から生やすか上から落とすことしかできない。


 巧は近距離にしか夢幻ヴィジョンを形成できず、一度で大量に形成することはできないが、攻撃に特化した夢幻ヴィジョンの形成が得意であり、形成後の夢幻ヴィジョンの操作も一番上手だった。


 紡志は巧とは違い攻撃に特化した夢幻ヴィジョンを形成することが出来ないが、長距離に夢幻ヴィジョンの形成ができ、一度に大量に形成することができた。


 ヒカリは広範囲に夢幻ヴィジョンを形成することができるが出来るが、一度自分のテリトリーを構築しないと夢幻ヴィジョンの持続性や存在力の安定性が不安定になっていた。


 ヒカリの夢幻ヴィジョンに対して雷華は


「領域型の夢幻ヴィジョンは少し特殊なんだ。初めの方は夢幻ヴィジョンが不安定なんだが、一度自分の領域を構築すると夢幻ヴィジョンの持続性や安定性とかが軒並み上昇する。時間をかければかけるほど自分が有利になり相手が不利になる特性だな。ヒカリの夢想アーツは領域を広げることに特化している」


 と言っていた。


 そんな日々が続いたある日の夜


 いつも通り訓練を終えた雷華は夢幻の杜の本部の部屋へと来ていた。


「もう来ていたのか」


 するとそこには雷華を今日ここは呼んだ人物である烈火がおり、その手にはお酒の入ったグラスを持っていた。


「今日は少し早く終わったからな。すまんなヒカリたちを任せたままにしてしまって」


 雷華が入ってくるのを見た烈火は雷華にヒカリたちの訓練を任せきりにしていたことを謝る。


「別いいぞ感謝なんて。俺もあいつらと戦えて満足だしな」


「なんだ。あいつら、橘さんが満足するほど成長しているのか」


 忙しくなりヒカリたちの様子を見に行けてなかった烈火と秀は雷華だけでの指導に心配していたが、意外と満更でもなさそうな様子の彼女の様子を見て安心したようだ。


「まあな、もう全員制限解釈リミテッド拡大解釈エクステンドは会得しているよ。才能あるねー。羨ましいよ」


「独学で夢想アーツを会得した人に言われたくないな」


「お前も独学で会得しているだろ」


「あなたの夢幻ヴィジョンを参考にしたんだが」


 烈火は雷華に対して呆れの表情を見せながらジト目をしていた。


 ヒカリたちと同等かそれ以上の天性の才能を持っていると言っても過言ではなく、完全な独学で夢想アーツを会得し実践レベルまで使いこなしていた。


 烈火も夢幻ヴィジョンまでは己の力だけで会得していたが、雷華の戦いを見て夢幻ヴィジョンに先があることを知り、そこから時間をかけて夢想アーツを会得していた。


「お前がお酒を飲むなんて珍しいな」


「ちょっとあの戦いの後の後始末に追われていてな」


 そう言いながら雷華は近くにある棚からコップを取り出し机に座ると、机の上に置いてある酒を注いで飲んだ。


 烈火はあまりお酒を飲むことはない。


 飲むとしても基本嗜む程度であった。


 しかし、今烈火はボトルの半分の量を飲んでいた。


 いつもならありえないほどのスピードだ。


 というのも、ここ最近忙しすぎてストレスが溜まっていたからである。


 その発散としてお酒を飲んでいたのだ。


「あの頭の固い政府バカの説得はできたのか?」


「…なんとかね。あの戦いでやっと危機感を抱いたようだ。でも東方基地以外の異能大隊からの反発が激しくて全然進まない」


 実はあの寓話獣〈ビルダーベア〉との戦いののあと、烈火はある打診を政府にしていた。


 それは夢創者クレア育成カリキュラム。つまり、内界で夢幻ヴィジョンを扱えるように訓練するというものである。


 烈火は以前も同じような提案をしたが世迷言として門前払いされていた。


 新宿の内界は出来てから約30年、一度も寓話獣からの侵攻がなかった。


 というのも全て外界で食い止めていたからだ。


 初めの頃は内界民の超能力者も外界へ行き寓話獣の討伐に参加していたが、だんだんと軋轢が生じ次第にそれもなくなっていき、数年後にはほとんど関係がなくなってしまった。それでもか細く続いていた関係も去年の騒動をきっかけに完全に絶たれた。


 その結果、内界は外界が寓話獣を食い止めているという恩恵も忘れ去り、いつしか内界民は寓話獣を舐め、超能力者の力を信じ切ってしまっていた。


 その認識を改めるため烈火は夢幻の杜を設立し、夢創者クレアによる実績を積むことで認めさせようとした。


 それが今回ビルダーベアの襲撃で超能力者が全く歯が立たなかったことが分かり、政府は烈火の提案を飲んだのだ。


 ようやく一歩進んだかに見えた。


 しかし、東方基地以外の異能大隊の隊員からの反発が強く、思うように進んでいないのが現状であり、それが烈火にとって少なからずストレスとなっていた。


「…酔うなよ」


「こんなんで酔うほど弱くない」


 烈火の返事は虚勢ではなく、実際顔は赤くなっておらず目の焦点もしっかりあっており、ちゃんと受け答えもできていた。


「そういえば秀はまだか?」


「すまん烈火。少し遅れ……って姉さんももうきてるんですね」


 雷華が秀のことを聞こうとしていたちょうどその時、彼が部屋へと入ってきた。


「お疲れ様。終わったのか?」


「ああ、今日の昼に行われたよ」


「何が?」


「他の都市との定例連絡だよ姉さん」


「…?」


「……なんで知らないんだよ。父さんの仕事ですよ」


 空想侵略によって多くの人が死に多くのものが破壊された結果、技術が数世代退化していた。


 しかし、辛うじて残っていた電波塔を中継することによって、都市間での連絡は可能になっていたのだ。


 雷華と秀の父親はその定例連絡の橋渡し的な仕事をしており、秀もここ数年父親の仕事を少し手伝っていた。


「……あーー。あったなそんなもの。というかもう親父の顔思い出せねぇや。ははは!」


 雷華は数秒考えた後なんとか思い出したと言った様子に秀は諦めに似た表情をしていた。


 あんなにトラブルの後始末をしてくれたのに忘れられた父さんは泣いていいと思うと秀は思った。


「それで、他の都市の様子はどうだったんだ?」


「ああ、今他の都市も色々も問題が起きているようだ」


「問題?」


「特に大阪と仙台が大変だ。大阪は内界外界共に上層部の何人かが殺されて混乱中。犯人は判明しているんだが、まだ捕まってないそうだ。仙台の方は大型の飛行寓話獣が襲来してきて都市が半壊状態になっていると聞いている」


 ちなみに復興第一都市が新宿として、復興第二都市『大阪』、復興第三都市『名古屋』、復興第四都市『仙台』、復興第五都市『札幌』、復興第六都市『徳島』、復興第七都市『鹿児島』である。


「大阪には風道家がいたはずだが。それに仙台を襲った寓話獣は討伐されたのか?」


「大阪の方は風道家も協力しているそうで近いうちに捕縛できるだろうと聞いている。仙台を襲った寓話獣は外見的特徴から饗庭あいば京介きょうすけが討伐したと分かったそうだ」


「っ!饗庭京介は寓話獣を討伐しただけなのか?」


 秀は饗庭京介の名を言うと烈火と雷華は途轍もない反応を示し、烈火は深刻な表情をしながら秀に仙台の被害状況を尋ねた。


「人を襲うことはなかったそうだが、彼が周りを考えずに戦ったからその余波で少なくない人が死んだそうだ。捕縛も出来なかったらしい」


「……そうか」


 秀もまた深刻な表情を浮かべていた。


 烈火は力を抜き椅子の背もたれに倒れながら彼について思考を巡らせていた。


 そんな二人とは対照的に雷華は嬉しそうに笑いながら好戦的な表情をしていた。


「日本での空想侵略最悪の裏切り者であり、都市を跨いでの連続殺人犯。その力がどれほどのものなのか。戦ってみてぇな」


 雷華にとってそれが誰であろうと強者であれば戦いたい。


 その想いはこの時も鈍ることはなかった。


「少し話が脱線したな。本題に戻ろう。それで橘さん。刻たちの様子はどうなんだ?制限解釈リミテッド拡大解釈エクステンドまでは会得したとはきいたが」


 烈火が先ほどの話から軌道修正するために雷華に話を振った。


 今日の集まりはあまり様子を見に行けてない刻たちの夢幻ヴィジョンの成長具合を聞くためである。


「まだ扱いは拙いがその二つは使えるようになっている。ただ剛身化の方は芳しくないな。今現在使えるのは獣創者ビースである凛と夢想アーツを会得していたヒカリだけだな」


「そうか」


 思ったよりも順調に伸びていっているメンバーに烈火は嬉しくなっていた。


 ここ最近忙しいためあまり訓練で教えることができなくなっていたため心配であったが雷華に頼んでよかったと烈火は安心した。


「一つ烈火に聞きたいことがある」


 不意に烈火にそう切り出した雷華。


 その表情はとても真剣であった。


「凛と刻、この二人について、お前はどこまで把握している」


「……刻に関しては薫さんの息子ってことと一年前に記憶喪失になったことくらいだ。凛に関してはほとんど知らないな」


「ならもっと調べろ。あいつらには何かがある」


「……どう言うことだ?」


 雷華の催促に烈火は怪訝そうな顔をした。


 対照的に秀は雷華と同様真剣な眼差しで話を聞いていた。


「まず凛。凛は白夜の夢デイドリーマーから『贄』と呼ばれて追いかけられてたんだろ。そいつらが夢幻の杜を襲撃してこないとは限らないんだぞ。何回が戦ったがあいつは実力を隠している。俺たちに言えないことがあるってことだ」


 雷華は凛と初めて戦った時に出した陣による夢幻ヴィジョン、そして終了間際に見せた何か躊躇う動きを見逃していなかった。


 以降の戦いでも凛は余力のある戦いをしていた。


 それに凛はヒカリたちと少し距離を置いている節がある。


 何か隠し事をしていると雷華は思っていた。


「それと刻。刻の夢幻ヴィジョンの存在力は一定なんだよ。体調が万全だろうが疲労困憊だろうが、恐ろしいほど一定なんだ。あり得ないんだよ。夢幻ヴィジョンってのは頭で想像したものを現実に生み出すものだが、その人の想いによって存在力が変わっていく。心、気持ちなんてものは流動的だ。だからどれだけ意識しても状況によって存在力にはムラが出るはずなんだ。だか刻にはそれがない。つまり、俺たちが知っている刻の心は作られたものだ」


 存在力はは現実にどれほど定着しているかの指標であり、その強さは夢創者クレアの気持ちや想いによって決まる。


 そして、想いなんてものは体調や環境によって刻々と変化するものだ。


 意図的に存在力を下げることも出来るがそれでもある程度波があるのが普通である。


「それは刻が記憶喪失だから……」


「それでも変なんだよ。記憶を無くしたとしてもそれ以降の記憶によって心は育まれる。なのにあいつの心は平坦そのものだ。…あいつ、心に仮面を被ってるぞ。それも無意識に。そうなるほどのなにかがあるはずだ」


 秀が横から口出ししようとしたがそれを遮るようにして雷華は否定した。


 雷華は存在力が一定であることから、刻が心に蓋をして偽っているのではないかと考えており、普段の態度から演技をしているようには見えなかったためおそらく無意識なのだろうと推測していた。


「烈火。お前、ある程度は分かってたんだろ。お前が見逃すはずがない」


「……察してはいたよ」


 烈火も雷華が指摘したことは以前から薄々と感じていた。


 だか、それでも彼はそれを放置していた。


「ならなんでもっとあいつらのことを詮索しない。最悪の場合、お前にとって敵になる可能性だってあるんだぞ」


「俺は人を疑うなんてことはしたくないんだよ。俺たちに話さないのも何かしらの事情があるはずだ」


 それは烈火が他の人を信じているからだ。


 言えない何かあるのならそれを詮索することはない。


 彼らが頼まれれば手を差し伸べればいい、それまでは見守るべきである。


 何があってもきっと良い方向に落ち着くと信じていた。


「それでお前の知り合いが全員死んだらどうするつもりだ」


 だか、雷華はそれを否定した。


「烈火。忠告しておく。あいつらの過去を調べた方がいい。俺の勘だが、かなりの闇があるぞ。その闇がこの都市を、そしてお前の仲間を殺してもお前は今の言葉を吐けるのかよ」


 そう言った雷華は怒りと嫌悪と呆れが混ざったような表情をしていた。


 その言葉に烈火も黙ってしまった。


 少し暗い話をしていたからか雰囲気が落ち込んでいた。


 そんな時、雷華はこの雰囲気をぶち壊すように声を出した。


「あ、そういえばこの前久しぶりに純にあったんだけどな。ヒカリたちに会いたいそんなんだ。そのついでに外での寓話獣フィクートクロの討伐を『招き猫』で手伝ってくれるってよ」

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